第一話
颯太が弥太朗に出会ったのは、彼がまだ12歳の小学生だった時だ。
大学時代に家庭教師のアルバイトで派遣された先の教え子。やんちゃで、野球が好きで、明るい少年だった。勉強もそれなりに出来た。それでも落ち着いて机に向かわない彼の中学受験を心配した親が、家庭教師をオーダーした。
「お兄ちゃん、トランクスみたいじゃん」
いきなり下着の話か、と構えた颯太に、弥太朗は続けた。
「スーパーサイヤ人?」
「ドラゴンボールかよ」
それなら、颯太にもわかる。今も変えていないが、前髪まで同じ長さの肩につくくらいの長髪。少しつり目で、確かに彼のいうトランクスに似ていなくもない。
「違うよ。俺は闘わないからな」
「なーんだ」
彼はあははと明るく笑う。背は6年生にしては少し高い方ではないだろうか。声変わりもしている。
「ちょっと教科書とノート見せて」
「見んの?」
「家庭教師で来たんだからな。ほら」
「はーい」
案外素直に彼が差し出したそれらを見ると、落書きがないページがないくらいにめちゃくちゃだ。
「おいおい…」
「で? 何教えてくれんの?」
「全教科」
「じゃ、体育にしよ!」
「体育は教えない」
苦笑しながら、教科書のページをめくる。落書きが途切れたところが、学校で習った最後のページだろう。
「なーんだ。じゃ、音楽」
「ヘヴィメタルなら?」
「へびーめたる?」
あれから、5年が経った。