アナザーゴースト 二月/如月 ①
2月1日 小雨の朝
「ちぇっ、やっぱり傘を持ってくればよかった。」
駅まであと数分、コンビニが左手に見える信号で自転車を止めてぼやく。
朝から降っているのか降っていないのか微妙な雨、家を出る時にはほとんど降ってなかったので大丈夫だと無理したのが失敗だ。
結構濡れた制服の肩の辺りは下のシャツまで染みつつある。
さっきから聞こえていたサイレンが大きくなって救急車が北、駅の方から走って来た。
朝の渋滞で混雑する道を車に通すようにスピーカーから音声が流れつつ目の前の交差点を曲がって走り抜けていく。
信号が変わって先に進めば次の交差点近くに2台ほどランプを点灯させて停まっているパトカーが見えた。
通学の学生や通勤のサラリーマンが野次馬になっていて傍らに派手に壊れた自動車。
救急車はどうやらここに停まっていたからずっとサイレンが聞こえていたのか。
普段ならその交差点を避けて裏道の路地に入るが少しは気になる。
珍しいことに今日は次の電車でもまだ学校に間に合う。
見物にとそちらへ向かえば道路周辺には砕けたガラス片が撒き散らされ雨に濡れた地面にはまだ血が見えていた。
横断歩道の白線に赤い血は目立ちすぎる。
近くの月極めの駐車場に停まっている自動車も見てもかなり大きく壊れていた。
自転車を押しながら人垣に近付けば少しは会話が耳に入る。
携帯で写真を撮っている学生連中も居るけどすでに他人事か。
野次馬しているから人の事は言えないな。
「おっ。高木じゃん。おはよ。」
人垣からこちらに気がついて出てきた同じ学校のセーラー服姿。
傘の中でいつものようにポニーテールが揺れている。
「赤羽。おはよう。」
事故現場を見てテンションが上がっているんだろうな。
そういう気分の赤羽利奈(あかばねりな)を無視したら余計に五月蝿いのが分かっている。
でも今ならありがたい。
「何があったんだ。」
「信号無視で追突よ。たまたま通っていた自転車が巻き込まれたって。」
「野次馬根性丸出しだな。」
「ここに居るあんたに言われたくないわよ。
私はね、女の子が轢かれたって聞いたから怖くて確認してたの。
飛鳥が携帯に出ないんだもん。」
赤羽とは別のクラスだが面識はあるしこうやって気軽にしゃべる程には仲が良い。
そして俺としてもそれなりに付き合いのあるのが話しに出た日向飛鳥(ひむかいあすか)。
確かにあいつなら轢かれていてもおかしくはないかもしれない。
朝はいつも眠そうにしている奴だからな。
どうせ携帯に出ないのも面倒だからかまだ寝ているって所じゃないのか。
「あいつなら大丈夫だろ。どうせ遅刻しそうで急いでいる所じゃないか。」
「飛鳥ならそんな所でしょうね。でも気になったのよ。
結局違ったけれどそれはそれで良いのよ。不謹慎だけど話のネタを拾ったんだから。
けど轢かれた子は重傷みたいよ。学園の生徒で1年。無事だといいんだけどね。」
「そうだな。」
助かってくれればいい。同じ学生としても素直に無事を祈る。
このまま亡くなって幽霊になったりはしないで欲しい。
ちょっとしんみりとした空気。
赤羽は騒がしい奴だがこういう時は弁えているから嫌われないんだよな。
噂話やニュース、ゴシップ好きでおしゃべりな奴だけどな。
SNSもやっている筈だがこの事故も結局記事にしたりはしないだろう。
「俺はもう行くからな。遅刻はしたくない。」
「そう。私は飛鳥を待つから。じゃあね。」
微妙な空気を振り切るようにまた少し強くなって来た雨の中、野次馬の人込みを避けて駅へと自転車を走らせた。
2月3日 寒い日
「今日は風、強い・・・」
はためくスカートを押さえるでもなく、改札口へと続く階段を登る。
「飛鳥、帰るの?」
「バイト。」
声をかけてきたのは赤羽利奈、中学も一緒の友達。
同じ電車だったのだろう。
ポニーテールを揺らしながら階段を駆け登って私の隣に並ぶ。
背が私よりは10cmほど高くて羨ましい。
結構良いプロポーションはやっぱり運動が得意だから?
明るく騒がしくお調子者だけど面倒見が良い。
それなりに社交的でクラスでも友達は多い子。
好き嫌いをはっきりしているから嫌われる事も多いけれどね。
「飛鳥のバイトしているお店ってチョコケーキとかってある?
あるなら見に行きたいんだけど・・・」
「最近できた。」
「そういう事はもっと早くに言ってよ。バレンタインがもうすぐでしょ。」
「私・・関係ない。おかげでバイトは忙しいし。」
「もう!飛鳥も誰かにあげたら?」
誰かと言われて思い浮かぶ人も居ない訳で・・・だから関係ないんだけどな。
「今年はあげない。」
と答えるしかない。
「そっか。見てて今年の私は勝負するわよ。」
あー・・・・
こういうテンションの時の利奈は元気だ。
アミホシ駅の改札を通って外の階段降りて自転車預かり所の入口を通るまで狙っている本命さんについてすごーーーくハイテンションでしゃべり続けていた。
半分くらい聞き流していたけど。
多分その人は私もちょっとだけ知っている。
おなじミツホシ学園の高等部1年で軽音楽部。学園じゃ結構人気の人。
でも・・・利奈じゃ相手にはしてもらえないと思う。
あの人、騒がしいのは苦手そう。まあいいけどね。
私は鞄を自転車の籠に放り込んでひっぱり出す。
「がんばれ、利奈。私は時間ないから行くね。」
片手で謝って自転車を漕ぎ出す。
テンションの高い時の利奈の話は長い。まあ逆に低い時はしゃべらないけど。
悪いけど切り上げてバイトに向かう事にする。
どうせ学校か電話で聞かされるだろうしバイトには遅れたくない。
「暇があったら行くね。」
という利奈の声を背中に聞いて来なくていいよと思う。仕事増えるし。
けど、来るんだろうな。まあいいけど・・。
自転車で走っていく地元のアミホシ。
快速電車の始発駅ということで最近はベッドタウンとして住宅地も増えてきた。
海が近くて大きな河もある。そんなに悪くない場所。
南へ南へと寒い北風を背中に受けて走っていく。
コンビニが右手にある交差点、信号は赤。
止まった私へと道路向こうのコンビニから大きく手を振りながら走ってくるブレザー姿。
よく見る姿を放っておくと五月蝿いのでしぶしぶ道路を渡ってコンビニへ。
それは同じミツホシ学園の3年生、私の姉で梓(あずさ)姉だ。
ショートカットの髪は少し染めててそれなりにお洒落。
卒業間近の3年はお気楽で羨ましい。
白いマフラーは実は梓姉のお手製、私よりもよっぽど家事は得意。
梓姉の着ている学園のブレザー制服は暖かそう。
私たちの学年からセーラー服になっていてちょっと寒い。
マフラーがあっても寒い。コートが欲しいけど学園では採用してない。
「飛鳥、もう帰るんでしょ。」
「今日はバイト。」
「待ちなさいって。」
走らせようとする自転車の前に梓姉は両手を広げて立ち塞がる。
制服って事はたまの登校日なんだろう。
そんな時くらいおとなしくしていればいいのに・・・。
「なに?」
「鞄、持って帰ってよ。私はこれから遊びに行くから。」
にっこりと右手の鞄を上げて見せてさっさと籠へと積めこむ。
それくらい自分で持って帰ってよ。と思うけど口にはしない。
どうせあれこれ言い返されて結局持って帰ることになる。
姉の強み、妹の弱さ。
「じゃあね~。」
梓姉は待っている友達の所へと手を振ってさっさと走っていく。
いつも梓姉はこんな感じで勝手。
そう言うとあなたは自分の道しか行かないって言われる。
私のはマイペースなんだと思うな。
信号が青のうちに走りだすとここからバイト先までは自転車で10分ほど。
そこは地元にあるデザートカフェ。喫茶店というよりはケーキ屋さん。
座席は少なくてほとんどが持ち帰り。
ケーキ屋の空き場所で喫茶店をやっている感じ。
忙しくもなく暇でもなくのんびり。私にはいい感じのバイト。
まあこの辺りアミホシは地元なので知り合いに会う事も多いけど。まあそれもいい。
さて寒いのはあとちょっと。でも残念な事にお店までもうすぐだけど再び信号待ち。
黄色に変わって歩行者信号も点滅。
飛ばしてもいいけれど寒いのも疲れるのも嫌。
この交差点を渡ったらバイト先はすぐだしおとなしく止まる。
ここは中学校の通学路の途中。
わたしの出身中学校で左を見れば校舎が見えるような距離。
目の前を通り過ぎていく制服姿は見慣れていて寒そうにしながら帰途を急ぐ者。
他愛無い会話をしつつ何人かと連れ立って歩く中学生達は去年までの私と同じ。
少し変則的な交差点で信号待ちが長いから吹く風の寒さを感じながらぼけっーと眺めてる。
左右の信号が変わってももうひとつ信号が変わるのを待たないといけない。
横断歩道の向こう側、正面で中学生が3人くらい立ち止まり話をしている。
黄色信号で交差点に入って曲がっていく車。
青に変わった信号。
中学生の少年が友達に別れの挨拶をして横断歩道をこちらへと歩き出す。
私も自転車のペダルに足を乗せて走り出そうとする。
私の目の前、左側から止まらずに『車道の中央を』走り抜けた車。
ドンという音と目の前で跳ね飛んだ少年。
吹き抜ける風を感じた後で派手な車の衝突音が聞こえた。
「・・・あ・・・。」
遠く交差点の先に倒れている少年。建物にぶつかっている車。
残された中学生たちが駆け寄るだけでなく騒がしくなっていく周囲の状況。
でもじっと横断歩道を見つめている私。
左側の道路の信号は赤だった。
車は止まるはずの道路。
横断歩道で立ち止まり左右を見渡している少年。
ミエテしまった。
不思議そうに騒いでいる友達の方を見て倒れている自分を見て、凝視する。
私のほんの少し前、横断歩道に立っている交差点を渡っていた少年。
「見えている・・・。」
冬の寒さとは違う寒気が身体に走る。
私が見える事なんて滅多にないのだけど・・・・
まだしっかりと実体を持って生前の姿をしている少年。
幽霊、霊体、霊魂、『アラザルモノ』そう呼ばれる事もある。
生まれたばかりの幽霊はそう呼ぶ事もないだろう。
すぐに消えていく、成仏できるはず。
少年はあまりにも突然過ぎて自分の状況がわからなかったんだろう。
だから霊魂がそこにいる。
その幽霊はまだ新しくて強い魂を持っているから私なんかでも見えている。
私はそういう存在『アラザルモノ』を知っているし関わってもいる。
でも見えたりするのはほとんど無い。
見たり感じたりするのは苦手らしい。
少年は自分の身体を見つめて何が起きているのか理解出来ているのだろうか。
彷徨わずに成仏してほしい。
「うそ・・・」
少年の霊魂に足元から這い登りうっすらとまとわりつく黒い影。
その不気味さに身体にもっと冷たい悪寒が走る。
黒い影をミテしまい身体は動かない。
少年の足元に伸びている影を視線で追うと壊れて停まった車にたどり着く。
何かがそこに居る。
居るから事故になったのかもしれない。
少年の幽霊へとまとわりつき絡みつき少しずつ黒く染めていく存在。
歪んだ幽霊、悪霊それが『アラザルモノ』
幽霊、霊体は普通に見えるならば色としては白く存在する。
それが一般に言われている幽霊というものなんだって。
でもそれが歪んでいくにつれて黒く濁っていく。
そうなると悪霊と呼ばれるモノになる。
簡単に言えば害を成す幽霊、それが『アラザルモノ』
少年の霊魂はまだ幽霊で無害なんだけれど黒い影はそれを黒く染めていく。
おそらく取り込んでいる。
足元だけでなく全身に絡みつき完全に覆いかぶさり真っ黒に染め上げて少年の存在が薄れていく。
むしろ少年の魂を喰っていると言えるのかも。
私も身体を動かせない。
自転車のペダルに足を乗せている姿勢のままじっと目の前の出来事。
他の人には見えていない光景を見たまま動けない。
私には黒い影が見えている。
霊が見えるということは霊からも見られやすいということ。
向こう、黒い影は気がついていないけれど気付いていても止めないのかもしれないけれど・・・
少年の幽霊を見ていた私の魂も同じように吸われていく。
禍々しく冷たく淀んだモノ。
それが今は私に触れているのが判る。
少年の魂は横断歩道の上で黒く染められてそこから私に黒い影が伸びて来ている。
必死になって視線を地面に向ける。
今の私では少年の魂を救う事は出来ない。
このままだと私も魂を奪われる。
一定のリズムでの呼吸、意識を集中して地面、アスファルトと横断歩道の白線に集中する。
身体の悪寒を抑えて黒い影と少年の姿を頭から消していく。
自分の意識から消して切り離して感じないようにして『アラザルモノ』から離れる。
こちらから見ない、自分を隔離して自分の肉体を実感することでアラザルモノの接触を断ち切る。
でもその存在アラザルモノの黒い影が私の魂に触っていてどうしても意識から消せない。
黒い影から悲鳴を上げて苦しむ少年の霊も感じられてしまう。
だめ・・・、止めないと断ち切らないと・・・。
道路の白線に意識を集中してその白さを思考全体に広げるイメージ。
白だけを考え続けてその思考に没頭し自身を遮断、閉じようとする。
そこを蛇のように這いずって巻きついてくる黒い影。
「日向・・」
でもこういうのは苦手。
実践しようとすればするほど少年が浮かんで途切れる。
こんな事なんて人に聞ける事でもないしどうすれば上手にできるのだろう。
余計な事を考えた瞬間に嫌な感じ、黒い影が深く入り込み苦しみが溢れていく。
息苦しい感じ、溺れている感じ、痛くて身体が動かず消えていく。
苦しみ、絶望、恨み、遺恨、繋がった影のアラザルモノの苦しみが伝わっている。
「おい、日向。」
きっとこの霊はやりたい事がやれなくてそれを悔しがっている。
一番大きく感じたのはそういう事。
他にも色々と感じるのは黒い影が沢山の霊を取り込んでいるから。
車の事故を引き起こしたのもそのせいだ。もっと魂を、力を欲している。
やりたい事をする為に。
「ひ・む・か・い・あ・す・か!」
呼ばれる声と揺らされた自転車と腕を掴まれた感触。
強く掴まれた腕、掴んでいる手の先を見たらそれはカッコいい美少年じゃなかった。
まあそういう期待はしないけれど見知った顔だったのは安心出来た。
「・・・・離して。」
その男を睨んでそう告げる。
人に触れられるのはあんまり好きじゃない。
「あっ・・と、わるい。」
そいつは慌てて手を離す。
「離してからでなんだが倒れないよな。」
「倒れてない。」
そいつはじっとこっちを見ている。
私はあんまりこいつが得意じゃない。でも感謝はしてる。
片手に犬を抱いているこいつは高木明弘(たかぎあきひろ)。
ぱっとしない外見。そんなに高くない身長。
人懐っこい犬っぽい顔は一見すると無害そう。
髪は最近伸ばし始めているけれど短い中学時代の方が良かったかも。
中学3年の時から同じクラスで結構おせっかいな奴。
そのせいか何回も助けられている。
さっきみたいな事があった時に倒れて介抱してもらったのが知り合うきっかけ。
だから幽霊が見えたりする私の事情も少しは知っている。
こいつも似たような者。
「大丈夫か?日向。」
「多分、大丈夫。」
ちらりと横断歩道を見るけれど霊はもういない。
サイレンが聞こえて来ているからパトカーや救急車がやって来るのだろう。
結構人も集まって来ている。
そんな状況がようやく判る。
壊れている事故を起こした車を見ても黒い影はもう見えない。
高木のおかげで助かった。うん、助かった。ありがとう。
ちょっと悔しいから私の心の中だけで感謝はしておこう。
私は時々、強い力とか思念を持つ霊体にこうやって引き寄せられる。
幽霊の方が悪い訳ではなく私の体質と能力のせい。
霊への抵抗力がひどく弱い、そう言われた。
今みたいに私の力の無い時は特に弱くなる。
「信号が青なのにずっと止まっていたからな。倒れそうになるしよ。
事故を見てショックなのはわかるけどしっかりしろよ。」
「大丈夫。ちょっと今からっぽで変なモノ、見えていただけ。」
「事故を見たショックとかじゃなくてそっちかよ。」
「私だって衝撃だったんだよ。多分・・。」
高木が私をじっと見つめて来た。
自転車に乗った私、立っている高木。
視線の高さがいつもと違うしこんなに近くで異性といる事なんて無い。
こういう経験は無いんです、私。
ちょっとした緊張感。
「日向、本当に大丈夫か?」
「うん。」
じっと見ていたのは私の体調?を確認したんだろう。
「俺の家は近いしなんなら送っていくけど?」
「いい。」
何か言いたそうにして言葉を捜している感じな高木。
「まあいいか。気をつけて帰れよな。気分が悪いならさっさと休んだ方がいいぞ。
あと腕、強く握って悪かったな。」
高木は停めていた自転車にまたがって振り返りもせずにすごい勢いで走り出す。
なんだかすごく飛ばしているけれど家がすぐそこなのは知っている。
へんな奴。
野次馬が集まり騒がしくなっている交差点。
腕が痛いって事はない。謝られたけど。
触られるのがちょっと嫌だっただけ。
でも他の人と比べると高木はちょっとだけ平気かも・・。
何度かこういう事があって慣れただけかもしれない。
高木の顔とさっきの視線を思い出す。
見つめられて緊張するなんて言うのはあんまり経験したくないかも。
残念な事に助けられたのは確か。
気が向いたらちょっとだけお礼をしよう。
私も走り出そうとしてハンドルを持つ。
高木に帰れと言われたけど私はまだ帰れない。
「これからバイトなんだよ。」
もう見えない遠い高木の背中に呟いてそれを追いかけるように私も走りだす。
遅刻は嫌だし。間に合うかなあ。
「お疲れさまでした。」
裏口というものがないのでお店、ロイヤルドリームの自動ドアから外に出る。
時間は20:00、外は当然寒い。
今日は利奈がやっぱり来店してちょっと騒がしかった。
バレイタインのチョコレート・・・。
「!!!きゃあぁぁ・・」
「待った!!」
歩いて行った自転車置き場、突然の人影に叫んだ。
よく見たら聞いたことある声は高木覚博。
ちょっと叫んだけど他の人には聞かれてないし問題ない。問題ある?
「・・・・・結構、可愛い悲鳴なんだな。」
こちらの悲鳴を制止するように片手を突き出したまま高木にそう言われた。
不覚、失敗、考え事をしてはいたけどとにかく失敗。
驚いたのは突然出てきた高木が悪い。全部悪い。
顔が赤いだろうし微妙な表情だし俯く。
あ、ぁ…、あ~、あーーっと・・・まったく頭が回らない。
「すまん。驚かせるつもりも悲鳴を上げさせるつもりもなかったんだ。
そんなにびっくりするとは思わなくて・・・。」
片方の腕に抱いていた犬を地面に置きながら謝ってくる。
衝撃は別の所にあるんだけど・・・大丈夫。深呼吸ひとつ。
ついでにしゃがみこんで犬の頭を撫でてみる。
大丈夫。ちょっと驚いただけ。落ち着く、落ち着く。
可愛いとか言われて驚いていたのもあって照れているなんて高木には知られたくない。
犬の頭を撫でて撫でて撫でてちょっとは落ち着いてきた。
ずっと撫でているのにこの犬あんまり反応がないし動きもしない。
ちょっと私っぽい犬かも。
「なにか用事?」
その犬を抱いて立ち上がる。
「用はないけどそいつの散歩させていたら日向がバイトしているのが見えてな。
夕方の件もあるし、危ないようなら送っていくけど・・・。」
きっと高木だからずいぶん待っていたかこの時間に合わせて散歩をしていたんだろう。
私のバイト時間は知っているから。
高木の家はここから徒歩5分らしいし。
相変わらずおせっかい。
「高木みたいな変質者には気をつけるから大丈夫。」
ちょっとだけ仕返し。
「今のは謝っただろうが。驚かせるつもりじゃなかったんだって。」
「そういう事にしておく。」
「赤羽とかには言うなよな。だいたい危ないっていうのはまた倒れないかって事だよ。
詳しくは聞かなかったけど夕方のは霊関係なんだろ。」
確かに霊関係。で、高木は霊が見える人。
「大丈夫。家までなら安全な所を通るから。」
「そうか。」
それだけ言って私はその犬を渡してポケットから自転車の鍵を取り出す。
「じゃ。」
「おう。」
自転車で走りだす私。犬を抱いて歩き出した高木。
身を切る寒い風の中ちょっとは平常心に戻れる。
まったくやっぱりおせっかいな高木。
いつも困っている人は助けてる。
学園でも他でも何かあったら何も言わずに手伝っているみたい。
まあ倒れていた私を家を探してまで送ってくれたくらいだからね。
めんどくさがりの私とは違うから今日も心配して待っていたんだろう。
高木の家はすぐ近くだし。
それにしても・・・失敗だ。
あんな悲鳴を驚いて出してしまうなんて。
でも高木も悪い。急に出てくるから。
思い出したくないけど、”結構、可愛い悲鳴なんだな”って・・
まあ私も意外だったけど高木には似合わない言葉。
笑うのは悪いけど慌てているのと照れているのとが合わさった高木の顔は面白かった。
あんまりそういう顔は見て無い。仏頂面が高木にはお似合い。
そっか。
そんな顔が思い浮かぶ。よく覚えているもの。
珍しく私はにこやかな顔で自転車を飛ばして帰る。
鞄ふたつ分の重さも今は気にならなかった。