訓練場
前半マリス(主人公)目線
後半宮廷騎士団第三班班長目線です。
❄❄❄
王の間を出た所で捕まえた騎士に案内をさせて、マリスは城の中を歩いていた。どことなく目の前を歩く騎士の固いことといったらない。緊張してがちがちになっていた。
そうして暫く歩いた後、喧噪ともとれる、むさくるしい気配がした。――騎士たちの訓練場だ。
数が少ないな、と言うと受付らしき騎士に「今日の訓練は三班ですから」と答えられた。案内の騎士が受付と何やら話すと、すんなりと中に入れた。
円形の訓練場を取り囲むように作られた一段一段が大きい階段みたいなものがあった。そこに十数人が座っていて、中央で行われている戦いを見学していた。
模擬戦が行われているという説明を聞いた後、こちらに気づいたらしい男が近寄ってきた。
「どうした? あれ、この方は……?」
「今日から宮廷騎士団に配属されることになりましたマリスといいます。以後お見知りおきを」
無表情で淡々と言い切ったマリスに驚いた男は、まさか女性だとは……とも驚いている。そうして自己紹介――野獣のような見た目に反して綺麗な騎士の礼だった――をした。
「はっはっは。マリス殿も――」
「敬称も敬語も要りません」
「失礼、マリスも模擬戦に参加するといい。剣も魔法も使っていい」
そうして副班長は噂に違わぬ魔法騎士ならではの戦い方を知るといい、と笑った。実戦で技を見て学ばせようと考えた副班長だった。
「そうですか」
簡素に答えたマリスだったが、やる気があると思った副班長は全員に呼びかけた。無駄に周りを魅了する外見と、騎士団では普通見ない女性ということで皆気が散るだろうからという気づかいもあって。
というか班長はいないのだろうか。
「班長はもうすぐ帰ってくるだろうが、一応伝えておいてくれ」
「はい――王太子殿下の執務室ですよね」
ちょうど通りがかった年若い騎士を捕まえて副班長が話しているところに聞き耳を立てていた。なるほど。
――――この時、誰もが知り得もしない事実。宮廷騎士団の魔法騎士の創設者はマリスであり、その技術もマリスが伝えたものであることを――
「何だ、随分と静かだな」
金色の髪を風になびかせ、さっそうと現れた人物は王族の証である紫紺の瞳を訓練場に向けた。その後ろについているのは第三班の班長である。
なぜ彼らがそこに向かったのかというと、王太子の執務室にて仕事をしているとき、突然やってきた見習い騎士が興奮冷めやらぬ様子で第三班班長に報告したのだ。
「び、美女が――」
「美女?」
「え、あ、本日付けで宮廷騎士団に配属されたという者が第二訓練場でも模擬戦を行うとのことです」
「――ああ」
第三班長は納得した。先ほど王に無礼を働いたあの女か、と。それなりに薄くなった書 類の山をどかして何やら面白そうだと執務室から飛び出した殿下を追ってきたのだ。
そして入った訓練場は異様な空気に包まれていた。普段ならば声が響いているものだが、靴音さえも良く響きそうなくらい静まった訓練場で皆の視線がくぎ付けになっているのはマリスという女性に対してだった。
綺麗な女性に対する羨望や惚けるような眼差しではない。
畏怖と、畏敬。
この短時間で何があったのかと思ったが、部下たちは一様に「見ればわかる」というだけで何も有力な情報は得られない。
「――あ」
殿下がある一点を指してにやりと笑った。一人の騎士が中央へと入った。模擬戦が始まろうとしているのだ。
黒髪の女性はじっとたたずんでいた。それだけで絵になる。女性は練習用の木刀を構えもせずにいた。
「――始め!!」
審判の声が響いた。先制攻撃を仕掛けた――木刀で切りかかった騎士の攻撃を躱し、手刀で首の後ろをとん、と叩くと騎士は気絶した。
殿下も班長も瞠目した。そして、周りの反応からこれが一度目ではないことを悟る。
「これで五回目です」
剣すら使っていないんです。と、副班長は力なく笑う。
第三班は宮廷騎士団の中でも実力がある班だ。その自負があったからこそこの圧倒的な実力差に皆愕然としたのだろう。
「次、私が戦うことはできるか?」
「おっ、できますよ」
班長はただ好奇心があったというべきだろう。騎士団の中で五つの指には入るほどの実力を持っているという自信があったから、強者に出会えたことが殊の外面白いと思ったのかもしれない。
黒い髪が闇へと続くように見えた。自分へと向けられた眼差しは無頓着というのにふさわしいもので。しかし黒い宝石のような瞳は目が吸い寄せられるような気がした。いうなればこの世のものではないくらい綺麗な存在だと思うほどに。
審判の声が訓練場に響いた。
「宮廷騎士団第三班班長フェレクラディ・ドマネス。お初にお目にかかる」
「マリスだ」
お互いの簡素な自己紹介をしながら隙を伺っていた。いや、マリスにとってはそうではないのだと分かった。今までの戦いの中で絶対に先に動くことはしなかったのだという。それは先に動いてしまえばそこで試合が終わるほどの実力の持ち主だと周りは判断した。
――ならば
全力の氷魔法を使ってみるのはどうだろうか。構えた木刀を揺らし、考えた。この場合切り込んでみるかと攻撃を仕掛ける。
全力で打ち込んだソレは手ごたえ無く空を切る。相手が仕掛けてくるだろう攻撃は崩れた時を狙った手刀だ。打ち込んだ力をそのままに体を回転させて斜めに切り上げるがそれも呆気なく流されてしまう。
「……ッ!」
遊ばれている。完全に。ふざけるなと憤ると同時に氷魔法を放った。普段は使わない全力のやつを。
訓練場の見学席以外を凍らせた。飛沫が上がるように押し寄せた氷に突き刺さるという仕組みの魔法である。
死んでいないといいが、と顔をあげると――
氷の上に凛として立つ女性がいた。白磁の肌には傷一つなく、表情のない顔は何処までも美しい。
それからは早かった。型通りの動きで接近され、型通りに急所からそれた場所を狙って突かれた。あとは、意識を手放すだけ。
(……あんなに綺麗に型通りの動きをする人がいるなんて)
速く、なめらかで、美しい。未だ騎士団に入って一時間もしないうちに型を習得などできないだろう。ならば、もともと知っていたか。
フェレクラディはふと思った。マリスは一度も魔法を使っていない。名乗りを上げ、それなりな地位にいるのはこの中で自分だけだと。一切木刀を使わずに倒すと悪いから顔を立てたのだろうか。
微睡みの中、誰かに運ばれているような感覚がした。
出来るだけ名前を付けないで進もうとしていたのに……と、イレギュラーな班長は置いておいて、あまり名前を付けずに進んでいく予定です。




