王の間
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「お嬢さん、着いたみたいだぜ」
ソラがそう言って反射的に車窓から外を見た。確かに、白い城壁の向こう側にお城らしき建物が見える。私から見て後ろのそれほど遠くはない距離に、もう一つ城壁がある。
角度的にこれ以上見ることはできないが、お城は確か、敵に備えて何重も城壁を建て、入り組んだ造りにするのだと言う。
いつの間に、こんなところまで連れてこられるまでソラと話し込んでいたんだ。思わず眉間に皺を寄せた。まっとうにトンズラするなら門の位置くらい把握していて損はないのに。
「あれー? お嬢さん? もしもし? 聞いてる? 降りてくださいなー」
先に馬車を降りたソラが手招きする。そちら側の方が近道だと思ったので、降りようとしたときだ。
ソラが手を差し伸べた。
「つかまって?」
私はソラを無視して降りる。わざわざつかまる必要がないから。
「やっぱりお嬢は意地っ張りだなぁ……そこが素敵だけど」
「お前が褒めると気持ち悪いな」
「ひどっ、お嬢さん最近俺に対してひどくない? 毒舌全開にしないでよう」
「気持ち悪い」
王城に来るまでにすっかり日常と化しているこの光景だが、私としては傍迷惑極まりない。ヘラヘラ笑いながら人を陥れるあたり、たちが悪い。
懐かしいと思う、二年半前以前の記憶については、もしかしたらソラと知り合いだったかもと思ったりもしたが、どういう関係で、ソラについて私が知らなさすぎることが多いのだ。警戒するのも当然だ。
「あれが例の……」
案内の騎士について妙に幅の広い廊下を歩いているとき、ふとそんな会話が聞こえた。声の元を見ると、今歩いている建物の向かいに見える、三階の窓から廊下にそれなりな人数の騎士が群がっているのが見えた。
「それにしても身長たけぇな、ソラ様の頭のてっぺんが目の位置だ」
(……)
マリスの発育が悪いわけではない。人間の女性の平均身長の頭一つ分は高いだけ。体型は普通だし、魔女の特性として胸が小さい。いや、あまり気にしているわけではないが。
人間に比べて、正気の魔女は細くて身長が小さく、手足も割と短い。きっぱり言ってしまえば幼女体型。成人した後もずっとそのまま。魔女で男に生まれた場合、(魔法使いともよばれるが……)見た目は人間とさほど変わらない。
魔女としてみたらマリスの場合平均身長より頭三つ分は高く、魔女らしい見た目はしていない。
……生まれが特殊、というのもあるかもしれないけれど。
白を基調としたデザインで統一された城内綺麗に清掃されていて、汚れがない。壁に彫り込まれた凝った装飾なんてぶつかった拍子にポキッと折れそうだ。
しばらく歩き、騎士がひときわ大きな扉の前に立っていた。そこで案内の騎士は足を止めた。
重そうな扉を両側の騎士はゆっくりと開ける。
まず、視覚に入るのは最奥の正面に座る皇帝とその后。彼らに向かって真っすぐのびた道のわきに並ぶのは貴族。爵位はわからないが、かなりいる。
それらが一斉にマリスを見る。そして、息をのむ音がした。
そのとき、今見ている視界がぶれたように感じた。
ぐらりと体が傾いでしまいそうになるのを意地でも留めながら、体の中に感じる魔力の紐の一つ、自分の意図していないところにつながった紐を一本ぶった切る。
紐が繋がって魔法が発動してしまったのだ。今回は、感情を読む能力。大多数の感情を一気に読むとなると結構、しんどい。
魔女だとしても異常な魔力量を保持するにあたって不具合が起きている。魔力を操ることに長けていないのだ。細かい調節や、ふとしたタイミングで魔法が発動することがある。
「こちらへ来なさい」
高い声で命じる后は扇で口元を隠し、見下すような視線を向けてきた。
周りも多少耳障りだとしても無視した。
私の『不具合』にはどうしようもないものもある。それが老若男女関わらず魅了される魔力を発しているらしい。効き方は人それぞれ。『不具合』の一部だということは判明しているとはいえ、ある意味呪われている。
「此度、お前が魔女の群れを殲滅したと聞いた。その報奨として宮廷騎士団への配属を許可しよう」
マリスは内心首を傾げた。私が何時何処でどのように騎士になりたいだのと言ったのか。ありがた迷惑って知らないのか。
文化が違うのだろうか。いや、千年前の皇帝と同じ色彩の皇帝だからそれはないと思う。確実に子孫だ。金髪にアイスブルーの瞳。現皇帝はどちらもくすんでいる。威厳? 何それ、どこにあるんだ? という感じだ。
「辞退する」
はっきりきっぱり断ると、皇帝の片方の眉がつりあがった。他の貴族たちもざわざわと騒がしくなる。
「どういうつもりかね?」
「戦争利用されると分かっていて正直迷惑極まりない報奨とやらをもらう意味はない」
「貴様、態度がなっておらんぞ」
后が不満げに言い放つと傍にいた騎士数人がマリスを取り押さえに回る。
私は、魔女。
魔石によって動かされているこの世界。その魔石自身でもある。ひょんなことから魔石から分裂したけど、魔石も体の一部だ。魔力もそう。今やこの世界を形作るのに欠かせない。
大気に充満する魔力は空気のように動く。そして魔力の原型であるマリスはそれを扱える。マリスは騎士の持っていた槍をことごとく曲げた。手にも触れずに。
驚愕の空気に包まれる王の間。怪訝な顔つきでマリスを見る者、見下す視線、不愉快を隠しもしない視線。それぞれだ。
ただざわめくだけの空間に、ふわりと降り立った一柱の神がいた。神と言っても、それは最上級の精霊と何らかわらない。
だから、実力のある魔法騎士以外に見える者はいないのだ。
『いいのかしら。マリス? 貴女は魔女を殲滅するのが目的でしょう? 隣国は魔女が治めているみたいよ』
碧い双眸を細めて妖艶さを醸し出すフィーアに頷くと彼女は私の後ろへ回った。
それを聞いたマリスはほくそ笑んだ。千年前の皇帝――初代皇帝との約束は違うかも知れないが、私としてはその前提条件を整える必要があるのだ。
「……そうか」
突然醸し出す空気が変貌したマリスに、周りの人間は驚いた。しかし、王の間を警備する魔法騎士はまた違う意味を持つ顔をしていた。
「気が変わった。その報奨とやらをもらうことにするよ」
「……そうか」
皇帝は顔を顰めながらも頷いた。マリスのあまりの無礼ぶりもさることながら、堂々としたといえば聞こえはいい態度に感心していた。大抵は媚びへつらう者ばかり相手にしていたからかもしれないが。
「それで? 私はこれからどうすればいいんだ?」
「宮廷騎士団への配属、二週間の見習い期間を終えたのち、階級が与えられることになっている」
「ふぅん、まあ、いい」
何かわからないことがあればそこら辺の騎士を捕まえて聞けばいいだろうと考え、マリスは頷いた。
そしてぐるりと王の間を見渡し、貴族たちの顔を一瞥する。
「話は以上か?」
誰もが沈黙を守るので、マリスはそれを是と取った。
「では、失礼する」
艶やかな黒髪をなびかせ、マリスは王の間を去った。




