結束
「此処・・・何なんですの?」
案内された場所は、だだっ広い廃墟の1階だった。
「此処かい?お嬢さん。此処は昔、ボーリング場だったんだよ。まぁ・・・アンタが生まれるよりも遥か前に潰れたがね・・・」
闇の中から声が聞こえて来る。
「・・・ふん。やっぱし、テメーらかよ」
ユリナを庇うように、ハヤトが前に出る。
暗さに眼が慣れるにつれ、闇の中に多くの人影があることが分かってきた。
「よぉ・・・桐生の旦那・・・久しぶりだねぇ・・・」
凄みのある声が響く。
「・・・その声は血竜会の若井だな?何時、出所したんだ?何だったら、ずっと『向こう側』に居た方が行き来する面倒がなくって便利なんじゃねぇのかよ?」
「はっ・・・!相変わらず威勢の良いこったぜ・・・。だが、今回ばかりは如何にアンタでも勝ち目ぁ無いぜ・・・よっく見てみな?」
若井が周りを指差す。
「おやおや・・・血竜会の鉄砲玉連中だけかと思ったら、老舗の亜人連合から新興勢力のブラッディ・ファイヤーズまで居るじゃねーか。・・・他にも知らねぇ顔が居るな・・・よくもまぁ、これだけ顔を揃えたもんだぜ。お前ら、何時からそんなに仲良しになったんだ?」
広い空間には照明が何も点いていないから、正確な人数は把握しづらい。だがそれでも20~30人は居るような気配がする。
「『仲良し』?・・・今回ばかりは、な。何しろ伝説の『1/32』の血液だからよ。ソイツが手に入ったとなりゃぁ、その組織は絶対の力と富を手に入れることになる・・・すると、勢力バランスが崩れて大多数の組織が窮地に追い込まれるんでな・・・亜人裏社会全体の繁栄を考えれば『何処かひとつの組織』が『1/32』を独占することは望ましくないという結論に達したのだよ」
話は若井だけがしている。他の亜人は何も言わないところを見ると、血竜会が『幹事』の役割を果たしているのだろう。
「勝手なことを・・・人間様はモノじゃねぇ。『所有』とか決めてんじゃねぇよ!」
ユリナはハヤトの左腕をギュッと握っている。
「旦那の都合は知らんよ。だが『その娘』は純粋では無いとしても『亜人の仲間』なんだろ?だったらソイツぁ旦那よりも『オレらの仲間』じゃねぇか。・・・分かったら、とっとと『その娘』をこっちに寄越しな。要求はそれだけだ」
各組織とも幹部クラスが顔を出して居ないとは言え、この『場』に面々が顔を揃えている理由はひとつだろう。すなわち『抜け駆けの防止』だ。『一緒にやろう』と声を掛けておいて、ユリナの独占を図られるのを警戒しているのだ。逆に言えばそれだけ『脆い』結束であり、全員が全員を監視しているとも言える。
「都合?都合の良い事を言ってるのは『そっち』だろうが。お前ら普段は法で定める『1/4』どころか『1/2』ですら『亜人間』とか言って差別して仲間外れにしてるクセによ・・・こんな時だけ『仲間扱い』か?勝手を言いやがって。お前ら・・・こんな真似をして、唯で済むと思ってねぇよな?知ってるだろ『誘拐』はその場で射殺されても不思議のねぇ『重罪』だってな。亜人特別法では・・・」
「黙れッッ!」
若井が大声でハヤトを遮る。
「何が・・・何が『亜人特別法』だよ・・・このクソ野郎が・・・。何で亜人だけが人間よりも簡単に『殺されていい』んだよっ!」
先程までの余裕が無くなり、声に怒気を孕んでいる。
「・・・いいか、桐生・・・『オカシイ』だろうがよ・・・これが人間だったら殺人の現行犯ですら、その場で撃ち殺されることぁねぇ。裁判で何年も争った末に刑が確定して、更にその中でも死刑になるヤツぁ少数だ。だが、オレら亜人は『獣化した』というだけで、射殺されても文句が言えねぇんだぜ!こんな不公平が許されて堪るかってぇんだ!」
若井の声に刺激されたのか、亜人達が発する殺気がヒートアップしたようにも思える。
「不公平・・・だと?そんな事をオレに言われても『知らん』としか言えねぇな・・・遠い昔に人間と亜人の代表者同士で決めた『合意事項』だからよ・・・オレは『それ』を忠実に実行するだけだ」
ハヤトは、さっきユリナが言っていた事を思い出していた。『何故、サッサとハヤトを銃殺しないのか』だ。
この場合、数の上では圧倒的に亜人側が有利である。
対して、ハヤトにも得物のM29が脇の下に収まってはいるが、何しろM29は反動のデカい大型ハンドガンであり、連射には不向きだ。一斉に飛びかかってこられたら間違いなく勝ち目は無い。
だが、それでもハヤトは『あえて』強気を保ち、挑発を止めなかった。
『激高して獣化でもしたら、その瞬間に射殺してやるぞ』という言外の意思表明なのだ。
一斉に獣化して襲い掛かければ『最終的には』亜人側が勝つだろうが、獣化に時間が掛かる以上、『何人かは撃ち殺される』ことになるだろう。これが鉄の結束で出来た単一組織なら話は別だが、各人の思惑がバラバラの集団であれば『誰か犠牲になるとしたら、それは自分でなくていい』と考えるのが自然というものだ。
そのため、この場の全員が『誰かが先陣を切る』のを待って牽制しあうだろう・・・とハヤトは読んでいるのだ。
「・・・桐生の旦那ぁ・・・・もしかして『時間稼ぎ』をしなさるつもりかい?警察が此処を嗅ぎつけるまでのよぉ・・・」
若井が痺れを切らしてきたようだ。
「こっちにも、我慢の限界ってぇモンがあるんだぜ・・・」
じりっ・・・とハヤトが足を引く。
イザとなれば、ある程度の怪我を覚悟で退却するか・・・
その時、それまで黙って事の成り行きを見守っていたユリナが突如としてハヤトの前に出た。
「待ってください!私に提案があります!」