案内
亜人の権兵衛は、ハヤト達の数m先を歩きながら時折、チラチラと後ろを振り返って『着いてきているか』確認をしている。
「・・・あの方、『権兵衛』さんと言うんでしたっけ?『ヘンな名前』と言ったら失礼でしょうけど・・・」
ヒソヒソ声でユリナがハヤトに尋ねる。
「アイツはな、ホントかどうか定かじゃぁないが『江戸時代から生きている』って話だからな・・・当時としたら『普通』なんだろうさ」
ハヤトの眼は、じっと権兵衛の背中を見つめている。
「えっ!江戸時代からなんですかっ!」
ユリナが眼を丸くした。
「凄いじゃないですか!だったら明治維新とかの『生き証人』が出来ますよね?!」
「あのなぁ・・・お前、自分が『危ない』っつーのに、何を能天気な事を言ってんだよ・・・。それに権兵衛は、一族で山中深くに隠れて暮らしてたらしくてさ。『ある日、山を降りたら髷を結ってる人間が誰も居なくてビックリした』とか、そんな感じで何も知らねぇって言ってたよ」
呆れた様子でハヤトが答える。
「ええ・・・そうなんですかぁ・・・」
ユリナは不服そうだ。
「仕方ねぇよ。アイツらは『獣化』とかするから、麓の人間達からは『妖怪』扱いされてたみたいだしよ・・・ヘタに騒ぐと人間から鉛玉で追われるんで、つい最近までヒッソリと隠れたってさ」
「何だ・・・つまらないこと!」
ぷうっと、ユリナがふくれて見せる。
「そんな事より、だ。事態は思ってたよりも急展開なようだな・・・権兵衛がオレたちを連れて行く先ってのは、どうやら亜人組織の溜まり場みたいだぜ?」
ハヤトは周囲を警戒しながら、権兵衛の後を着いていく。
「どうしてそんな事が分かるんですの?」
「さっき、ビルの屋上からオレらを狙ってるヤツらが数人居たからな。なら『個人』って事ぁない。『組織』だ。亜人たちの組織ってのは、有名どころが幾つかあってよ・・・オレもそうした連中とは、大抵顔見知りなんだ」
「まぁ・・・じゃぁ、今回も『その中のひとつ』でしょうか?」
ユリナが眉を潜める。
「いや・・・多分、メジャーな処は『1/32』の為に一致団結してるみてーだな。でないと、こんなでゆっくりと『徒歩』で移動なんか出来ないからな。抜け駆けを企んでるンなら、他の組織に見つからないように、てっとり早く車か何かに押し込んで移動だろうぜ」
「そう言えばそうですね・・・でも何で『徒歩』なんでしょうか?車を使えば早いでしょうに」
怪訝な顔で、ユリナがハヤトの顔を伺う。
「車はな、意外と『足がつくのが早い』んだよ。交差点とかに付いてる監視カメラは全て警察のAIに連動しているって知ってたか?ナンバーを指定して検索されたらアッという間に行き先を特定されちまうんだ」
「なるほど・・・警察って凄いんですね・・・。でも、どうして権兵衛さんは『1/32』の私だけでなくって桐生様まで同行させてるんでしょうか?」
「そりゃ、オレを置き去りにしたら直ぐに通報が入って厳戒態勢を敷かれるからじゃねーか。当たり前だろーが」
ホントにこの娘は事態を理解しているんだろうか?と、ハヤトは心配になってくる。
「え・・・でもだったら、サッサとライフル?で桐生様を撃ち殺すとかして・・・」
サラッとユリナが怖い事を言ってのける。
「勝手にオレを殺すんじゃねぇ!まったく・・・そんな簡単な話じゃねぇよ。街中でドンパチ始まったら通行人に騒がれて大変だろうがっ!ヤツらにしたって銃撃戦は『最後の手段』なんだよ」
銃撃、という言葉を使ったことでハヤトは自身の愛銃の事を思い出していた。
自分の愛銃であるM29は脇の下のホルスターに収まっている。だが、弾倉に弾は6発しか入ってないし、その内の4発は再生阻止弾などの『威嚇・牽制目的弾』だ。亜人にトドメをさせる『銀弾』は2発しかない。
もしも大勢の亜人によって一斉に囲まれれば『まず、勝ち目はない』と考えていた。
「くそ・・・歩かせやがるぜ・・・!オレはそこまで『健康オタク』じゃねーつぅんだよ・・・」
小声でボヤきながら、尚もハヤトたちは権兵衛の後を着いて歩く。
「ところで・・・もうひとつ、私に分からない事がありますわ」
ユリナがハヤトに顔を寄せる。
「・・・何だよ?」
「権兵衛さんはどうして私達が『パン屋』に現れる事を知ってたんでしょうか?」
「それは・・・多分『偶然』だろうな」
二人の会話が聞こえているのか、いないのか。権兵衛は無言のままだ。
「偶然?」
「ああ。さっき権兵衛が言ってたろ?『銭のねぇ亜人にオレが小銭を渡してる』って。アレはな、『哀れみ』とかじゃなくってチャンと意味があンだよ。ああして『関わっておく』事で、情報を仕入れるんだ。ネットは疎か、ダークネットにも出てこねぇ、いわゆる『裏情報』ってヤツだな」
一般のWEBブラウザでは『当たり障りのない情報』しか出てこない。だが、裏社会専用のブラウザや、亜人専用のブラウザを使えば『拳銃の売買』などの危険な情報がネットから取り出せる。だが、それより更に『ヤバい』ネタは口コミでしか出回らないのだ。
「で・・・だ。組織の連中がそうした『権兵衛みたいなオレの子飼い』を何人かピックアップして、オレの立ち寄りそうな所に待機させてあったんだろうよ」
「なるほど・・・で、今回はたまたま権兵衛さんが?」
「権兵衛とは長い付き合いだからな。ピンと来るモンがあったかのかもな・・・」
「さ・・・旦那方、着きやしたぜ」
権兵衛の足がボロい建物の前で止まった。
「此処でごぜえます。さ・・・どうぞ、皆さんお待ちかねでごぜえますだ・・・」