亜人
「・・・よぉっ!さっきから随分と静かじゃねぇか。大鷲部長から虐められたか?」
亜人検察庁からの帰り道、ハヤトが助手席で塞ぎ込むユリナにジョークを飛ばす。
「虐められてません!」
ユリナがむくれる。
「言葉遣いなんか、桐生様よりずっと丁寧でしたし!」
「・・・そりゃ、悪かったな」
この様子では、ガチで不機嫌だな・・・
ハヤトは冗談を言った事を少し後悔していた。
「・・・何でなんでしょうね」
ポツリ、とユリナが切り出す。
「え?何の話だ?」
「ですから!『亜人』がこの世に生まれた理由ですよ!」
多分、ユリナの頭の中では会話が成立しているのであろう。だが、ユリナの脳内会話に着いていけない以上、ハヤトにはお手上げ状態である。
「あ、ああ・・・亜人の存在する理由ね。・・・そうだなぁ。というか人類自体、ホモ=サピエンスしか居なかったワケじゃないしよ。ネアンデルタールとか、クロマニヨン人とか・・・何やかんやで20種類以上の『人類』が居たみてーだしさ。だから、その途中で『亜人』が枝分かれしていたとしても別段、不思議じゃないのかもな」
「・・・それくらいは私だって知ってます。一応、医学生ですし」
・・・だったら聞くなよ、と言いたくなるのをハヤトは喉元で飲み込んだ。
「さっき、大鷲部長に言われたんです。『阿久里財閥を継ぎなさい』って。何でそんな話を亜人検察庁の方がしたんでしょうか?」
また話が変わった・・・とハヤトは内心溜息をつく。
さきほど、ユリナと大鷲部長が話をてしている際にハヤトは特捜部のメンバーと雑談をしていた。その時に『阿久里お嬢様はどうなんだ?』と聞かれて『頭は良いし、カンも悪くないが、何しろイキナリ話が飛ぶから大変だ。別の意味でチャンキーよりも手が掛かる』と評していたのだが、まさに『それ』を味わう気分だった。
「大鷲部長が、か?まぁなぁ・・・大鷲部長にも『立場』ってモンがあるからな」
ハヤトの愛車は街中を目指していた。
「立場?」
「ああ。ただし『亜人検察庁』としての立場じゃなくって『亜人』としての立場だな。それも『大多数を占める善良な亜人』としての立場だよ」
「『善良な亜人』ですか・・・」
ユリナは窓の外を眺めている。
「そうだ。元々、人口あたりの犯罪率そのものは人間よりも亜人の方が低いくらいだからよ。だが、亜人が『犯罪す』と目立つからな。これで、阿久里財閥が事件の余波を受けて傾くような事になれば世間の『亜人に対する眼』は更に厳しくなるし、争いのネタにもなりかねん。だから、どうにかして影響を小さくしたいっつぅ・・・思惑があるんじゃぁねーかな?・・・さて、着いたぞ」
ハヤトが車を止める。
「・・・?何処ですか、此処は?」
「ほら、アレだ。今朝言ってたパン屋だよ。『コーヒー豆を探しに行く』って言ってたろーが」
「え?あっ・・・、そうでしたね」
今回はユリナも今朝の記憶を取り戻してくれたようで、話が噛み合った。
「あ・・・何か、いい香りがしますね。パンを焼く匂いが・・・」
何かを言い掛けてユリナが喋るのを止める。
「・・・あの人、お知り合いですか?」
ユリナの視線の10mほど先に、ボロボロの服を来た男がヒョコヒョコと歩いていた。
男はこちらに『気付かない振り』をしているようだが、ユリナには明らかに意識しているように映ったのであろう。確かに、その男はハヤトにとって古くからの『知り合い』だった。
「『知り合い』?ああ、よーく知ってるよ・・・おいっ・・・!『権兵衛』っ!」
ハヤトが大声で男を呼び止める。
「へっ?誰ですかい?アッシを呼ぶのは・・・おっと!こいつぁ奇遇だ、桐生の旦那じゃぁござんせんか・・・いや、これはこれはお久しぶりで。へへ・・・」
少々『芝居がかった』感はあるが、頭を低く屈めて権兵衛がハヤトに挨拶をする。
「やかましいわ。わざとらしいヤツめ。何が『偶然』だよ。どうせ此処にオレが立ち寄る事を予測して待ち伏せしてたんじゃぁねぇのか?」
「いやぁ・・・へへ、どうも旦那にゃぁ敵いませんで・・・」
ヘコヘコと権兵衛が頭を下げる。
「紹介・・・する必要も無いんだがよ。この男は『権兵衛』って言う亜人なんだ。コイツ、スリの常習犯で何度かオレが捕縛ってんだよ」
「へへ、こりゃどうもお恥ずかしい話で・・・旦那にゃぁ随分とその、お世話になってやす。ところで、そちらのベッピンさんは旦那のアレで?」
権兵衛が小指を突き立てて見せる。
「アホな事を言うんじゃねぇ!」
気色ばんでハヤトが否定する。
「まぁまぁ・・・冗談ですぜ、冗談。えー・・・それよりも・・・」
権兵衛がモジモジと手を擦る仕草をする。
「ちっ・・・!何かっつーと、お前はすぐに『それ』だ。まったく・・・」
ハヤトがデニムのポケットに手を入れる。
「へっ!いや、これはっ!どーも、お世話になりやすんで!」
「うるせぇ、困った野郎だぜ・・・コイツはな、こうしてオレに遭う度に銭を無心して来やがるんだ」
ユリナはポカンとした様子でこの遣り取りを眺めている。
「いやね、お嬢さん。この旦那ぁ、出来たお人でさぁ。こうしてアッシのように貧乏な亜人を見つけちゃぁ『つまらん金で犯罪に走るな』って、こうして『小銭』を世話してくれるんで」
「喧しいぞ、コラっ!『小銭』だけ余分なんだよ。それと、善意で恵んでんじゃねーよ。つまらん小銭で犯罪を起こされると、それだけしょーもない仕事が増えるから『それ』が鬱陶しいだけだ・・・ホラっ!」
ハヤトが権兵衛に数枚の硬貨を渡す。
「いやぁ・・・こりゃ、どうも。またどうぞご贔屓に・・・おや?その手に持ってるのは何でして?」
権兵衛がハヤトの右手に何か握られているのを見つけた。
「眼の早いヤツだな、これか?ポケットの中に入ってたんだよ」
ハヤトが権兵衛の前に『採血管』を差し出す。
「えっ・・・!こ、これは・・・?」
「期待させてアレだが『これ』は実験用の『猿の血液』だ。このお嬢さんから貰ったんだよ」
ハヤトはブスっとした顔をしている。
「へ・・・・猿の血?また、何でそんなモノをお持ちで?」
「知らねーよ!『宿代』だとさっ!」
横でユリナが顔を背けながら肩を震わせ笑っている。
「へへへへっ!旦那もついに『そっちの道』へ?好きだねぇ」
「喧しいっ!さっさと行きやがれっ!」
シッシッと、ハヤトが追い払うような仕草をした時だった。
「・・・・っ!」
急に、ハヤトの顔が仕事モードに突入した。
「貴様・・・・それ・・・」
ニヤリ、と権兵衛がイヤらしく笑う。そして、クイクイっと自身の背中を指差した。
パン屋のショーウインドウの鏡に、権兵衛の背中が反射して映っている。
その背中には紙が貼ってあり、次の文字が書かれていたのだ。
『何も言うな。腕から端末を外し、車を使わず、そのまま娘と一緒にこの男の後を着いて来い。遠距離からお前達をライフルが狙っている』
脅迫文だ。
ハヤトがチラリと周囲にあるビルの屋上付近を見渡す。
1・・・2・・・3、少なくとも3箇所からか・・・オレが逃げれてもユリナが無事では済むまいな・・・
ギリッと歯を噛みしめるハヤトに背中を向け、権兵衛が歩きだす。
「どうもすいませんねぇ、旦那。では・・・ご案内いたしやすんで・・・」