検察
「その・・・昨日から気になってたんですけど」
亜人検察庁へと向かう車中で、ユリナがハヤトの腕に着けられた端末を指差す。
「そこから声の出ている『チャンキー』さん?って何者なんですか?」
「ん?ああ・・・『チャンキー』はな・・・」
"ケケケッ!オレはコイツの専属AIサー!よろシくゥ!"
ハヤトが言いかけたところで、チャンキーが割って入る。
「おいっ!人が喋ってのに、被せてくんじゃねーよっ!全く・・・」
ハヤトが悪態をつく。
「・・・オレらは特別取締官だから、何でも一人でやらなきゃならんのでな。膨大なデータの検索や、記録の取得なんかをサポートしてくれるAIが必須なんだよ。『コイツ』の本体は『とある場所』にある大型のコンピュータで、そこからWEBでこの端末に音声を出してんだ」
「へぇ・・・でも・・・」
まじまじとユリナが腕の端末を見る。
「AIは私も学校で使ってますから知ってますが、こんなに『口が悪い』事は無いですよ?」
"ハッキリいうネー。そウさ、オレは口が悪いのが特徴ナのサー! "
「あ、いえ、そういう意味ではなくって・・・何か『人間みたいだな』って思ったものですから!」
機械に気を遣う、というのも可笑しな話かもしれないが、それでもユリナは慌てて訂正した。
「・・・コイツの口が悪りィのは、コードを書いたプログラマの性質なんだよ」
ハヤトが真顔で答える。
「コイツの生みの親は『チアキ』って名前で、オレの幼馴染だったんだ。頭ぁ良かったんだが、何しろ性格が『壊れている』ヤツでさ・・・付いたアダ名が『薬物中毒患者』ってんだよ」
「まぁっ!酷い言われようですこと」
「酷い・・・って言えばそうなんだが、本人は逆に甚く気に入っていてね。それで、自身が作ったAIに『チアキ』と『ジャンキー』を合わせた『チャンキー』って名付けたのさ」
「なるほど!『チャンキー』って、そういう意味だったんですね!」
ユリナは、それで納得がいったようだった。
亜人検察庁の建物は官庁街には無い。むしろ『そこ』は『田舎』と言って充分に差し支えないほどであり、広々とした田園風景の中にポツンと建っているのだ。
「・・・亜人検察庁って此処なんですか?」
ユリナが不思議そうな顔をしている。
「ああ。廃校になった中学の建物を転用してるんだよ。何しろ、亜人検察庁は敵が多いんでな・・・何かあると周りに巻き添えが出ちまうからよ。こういう処が良いんだ」
ハヤトは愛車を施設内に入れると、駐車場に止めた。
「敵?亜人検察庁がですか?」
ユリナには理解が難しいようだ、とハヤトは思う。もっとも、『そういう思想』の方が健全と呼ぶにふさわしいのかも知れないが・・・
「そうだ『敵』だよ。何しろ亜人検察庁ってぇ所は、亜人側からは『人間に利して亜人を迫害している連中』と敵視されてるし、人間側からは『亜人に与して亜人の権利を不当に保護している』と敵視されているんでな。どっちにしても『嫌われて』ンのさ」
「そんな・・・双方から嫌われるなんて」
ハヤトから一歩遅れてユリナが後を着いてくる。
「そういう仕事だからな、仕方ねーよ。ただ、オレらは『自分の意志』で采配しているワケじゃねぇ。ただ、人間と亜人の双方にとって公平であるように法律に従って執行しているだけなんでな。だから『それが不満』と言うんなら、オレらじゃなくって政治を動かして法律を変えるしかねぇんだが・・・『それ』を分かってくれねぇアホ共が『噛みついて来る』んだよ」
吐き捨てるように言うハヤトのやや後ろを、ユリナは何も返すことなく着いて行った。
「ようこそ、阿久里ユリナさん。こちらへどうぞ。私が亜人検察庁特捜部で責任者をしている大鷲です」
大鷲部長が、応接室にユリナを迎い入れる。
「・・・・はじめまして、阿久里ユリナです。今回は色々とご迷惑をお掛けしました」
ペコリ、とユリナが頭を下げる。
「いや・・・アナタ自身には何の罪も無い話です。反対に、アナタが勇気を持って行動してくれなれば重大な犯罪が見過ごされるところでしたから。特捜部を代表して大いにお礼を申し上げたい」
そう語ると、大鷲部長はユリナに着席を促した。
「どうぞ、そう堅っ苦しくなさらずとも結構です。何しろだいたいの事情は芳倉氏から聞いてますので。まぁ・・・事情聴取と言っても形式だけのものですから。それよりも・・・」
大鷲部長が言い難そうに言葉を切る。
「あの・・・父はどうなるのでしょうか?」
心配そうにユリナが尋ねる。
「阿久里氏ですかな?それは・・・今後の捜査次第でしょう。ただ、何れにしろ『無罪放免』とは行かんでしょうから、グループの代表を続けることは難しいようでしてね。私のところに入った情報では、主な株主と銀行団の間で『社長解任』で話が進んでるようです」
大鷲部長はユリナと目を合わせないようにしているようにも見える。
「・・・事件の責任を取らせる、という意味ですね」
「まぁ・・・当然『それ』もあまりますが、それよりも『業績』の方が問題のようで。お父上はワンマンな傾向があるようですが、それが上手く行ってないせいで業績が厳しいとか。失礼だが経営陣はお父上の御首を差し出すことで、銀行団から支援を受けたい意向のようです」
「・・・。」
ユリナは黙って聞いていた。
「ただ、そうなると問題があります。お父上はそれでも大株主でいらっしゃいますから、ヘタな後任をつけると『院政』を敷かれる危険がある。そうなると元の木阿弥ですから銀行団はそれを恐れています。なので、後任者はお父上に『実直な意見が言える人』である必要があります。現時点で『それ』が可能なのは・・・先程も申しましたが『勇気を持って』お父上を諌められた『ユリナ』さんだけかと・・・」
「それは・・・阿久里の経営陣から私への『伝言』なのでしょうか?」
突然に『大企業グループの後任になれ』と言われて実感があるワケもなく。淡々とユリナが問い直した。
「いえ。あくまで私の『私見』に過ぎないと申し上げておきます」
当然、そんなハズもなく。それはユリナにも理解出来ることだ。
「・・・そうですか」
無論、ここで「イヤです」と答えるのは簡単な話である。しかし、グループには数万の従業員が居て、それとその家族の生活が掛かっているのだ。どちらにしろ安易な事は言えないであろう事は、大鷲部長にも分かっていた。
「ま・・・一度、よくお考えになることですな。私から言えるのはそれだけです。ああ、調書は私の方で適当に合わせておきますから御心配なく」
そう言って、大鷲部長は頭を深く下げた。