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朝食

いったい、何時からだろうか。徹夜(オール)が翌日に堪えるようになったのは。亜人絡みの事件が夜中にメインとなるのは仕方ない。だが、年齢(とし)のせいか年々に事件明けの朝が辛くなっているのは頂けなかった。

亜人検察庁特別取締官の桐生ハヤトは3時間の仮眠から起き上がり、冴えない頭を抱えながらリビングに姿を現した。

「あー・・・くそっ・・・身体が重てぇ・・・」

チラッと事務机の上を見ると、書類の山が散乱している。

「ふん・・・まぁ・・・片付けるのは後で良いか・・・」

リビングではテレビが事件を慌ただしく伝えている。

「・・・以上、現場からでした。えー、昨日発生した成本財閥の事件は大きなショックとして受け取られて、同時に世界的な株安をも引き起こしており・・・」

「やっているなぁ・・・」

ため息混じりにハヤトは(きびす)を返し、キッチンへと迎う。

お湯を沸かし、ポットとカップを用意する。食パンを切り分け、トースターを予熱させる。朝食をとるための、いつもの手順だ。

だが、今朝は『いつもの朝』とはひとつだけ事情が異なるのだ

「おい・・・お嬢ちゃんよ。アンタ、コーヒーは飲めるのか?それとも『お紅茶』とかか?」

ハヤトがリビングで熱心にテレビを見ている女性に声を掛ける。そう、テレビがヒスリックに伝えている緊急特番の『主役』阿久里ユリナだ。

彼女は自身が持つ『1/32の亜人混血』の血液を他の亜人から狙われるのを避けるため、事件が一段落した今日の早朝からハヤトの元に身を寄せているのだ。

「え?何ですか?あっ!コーヒーですか?ええ、大丈夫ですとも。私、コーヒー飲めます。あの・・・出来たらブラックが良いのですが」

食い入るようにテレビを見ていたユリナが、慌てて振り返った。

「お嬢ちゃんよ。アンタ、ちゃんと寝れたか?」

マグカップを2つ用意しながら、背中越しにハヤトが尋ねる。

「・・・いえ、あんまりは。・・・テレビ、凄いことになってますね」

ユリナの視線は再び、テレビに戻っていた。

「そら、そうだろうさ。亜人絡みとしちゃぁ、久しぶりの『大事件』だからな。世間が騒がしいのも仕方ねぇよ。つーかさ、アンタ『主役』なんだぜ?他人事みたいな事言ってるけど」

「・・・何か、実感無いです」

首を項垂(うなだ)れて、ユリナがボソリと呟く。

「・・・そうかもな。ま、しばらくはアレだ、大人しくしてんだな」

ピー・・・と高い音を出し、ケトルが湯が湧いた事を知らせている。

ハヤトがコーヒー豆の準備をしている。

「さっき、『株安』って言ってましたけど・・・株価にも影響が出てるんですか?」

やや心配そうに、ユリナがハヤトの背中を見つめる。

「別にアンタが『悪い』ワケじゃねーし、気にする必要はねぇさ。だが『悪いこと』をしてた企業の株は軒並み取引一時停止(サーキットブレーカー)だろうしな・・・今の株取引は、ほとんどAI判断だから『何かある』と全面的に下落すンのさ」

「そうですか・・・」

ユリナは何処か上の空のようだ。それはそうかも知れない。自分の行動が切っ掛けで世界に影響が波及していると聞いても、すぐに実感が湧くことはあるまい。

「さ・・・パンが焼けたぜ、食えるか?」

ハヤトがテーブルにパンとコーヒーを持ってくる。

「あ、ありがとうございます」

少し緊張しているのか、ユリナの背筋が伸びる。

「・・・このパン、美味しいですね。何処か有名店とかのですか?」

ほんの少しだけ、ハヤトの眼にはユリナに笑顔が戻ったような気がした。

「いや、近所で買った普通のパン屋だ。ただ、トースターがな。貰いもンなんだが上手く焼けるんで、気に入ってるんだ」

「コーヒーは・・・何かのブレンドですね。焙煎が浅くて酸味が残る・・・アメリカンがお好みなんですか?」

ユリナがカップの中をじっと見る。

「ん、コーヒー豆か?ああ、これもそのパン屋でついでに買うんだ。ブレンドは店主の趣味なんだろうな。とりあえず今日は『それ』しか無いからよ。アンタの口に合うと良いんだが、もしも『いまいち』ってンなら後で出かけるから、帰りに買ってくりゃぁいいさ」

「『好み』ですか・・・家ではモカマタリを使ってましたけど、今はイエメンも内戦が酷くて中々手に入らないそうですね。お父様がそう言って・・・あっ!」

何かを思い出したかのように、ユリナが言葉を切った。

「父は・・・結局、どうなるのでしょうか?」

両手を温めるようにマグカップを抱えたまま、心配そうにハヤトへ問いかける。

「どう・・・かな?それはオレにも分からん。罪の判断は職務範囲じゃないんでね。まぁ・・・要は『売血事業』に何処まで関与していたか、だろうな。関わりが深いようだと刑務所暮らしがその分だけ長くなるだろうが・・・」

ハヤトがコーヒーを啜る。

「そンなのは自業自得だからよ。アンタが心配しても始まらねぇことさ」

「・・・。」

ユリナは返事をせず、事務所の中を見渡していた。

「此処は、桐生様の事務所なんですよね?ご自宅は別にあるのですか」

「いや、『自宅兼事務所』だ。気楽な一人暮らしだからよ。大きな家とか在っても持て余すだけだから、此処を事務所として買ったときに一部を生活空間に改装したのさ・・・狭くてビックリしたか?」

少しお腹が落ち着いたからなのか、ユリナは興味深そうに眺めている。

「いえ・・・窓に入ってる格子とかが太かったり・・・玄関の扉も、分厚いなって・・・思ったものですから。厳重なんだなって」

良く見ているものだな、とハヤトは妙に感心した。

「ああ、そうだな。こういう仕事をしていると、どうしても『恨みを買う』事が多くてよ。それなりにしてないとオチオチ枕を高くして寝る事も出来んからさ・・・さて、メシ食ったら用意しな?出かけるぜ」

すっくと、ハヤトが立ち上がる。

「チャンキー、大鷲部長(わっしー)に『今からそっちに行く』と伝えてくれ。『来る前に連絡しろ』って言われてるからな」

ハヤトが腕に付けた端末に話しかける。この端末は常時、チャンキーと言う名前のAIに接続されているのだ。

"ケケケ!りょーかい、メールしとくゼー!オメーも『若くてキレーなネーチャン』がやって来て、気合入っテんなー?"

「うるせぇぞ!余計な事言ってねーで、さっさと仕事しやがれ!」

不機嫌そうにチャンキーに言い返す。

「あの・・・『出かける』って何処へですか?」

キョトンとした顔でユリナが尋ねる。

「何処・・・って。決まってるだろ?亜人検察庁だよ。アンタとオレには『事情聴取』があるからな」

「『事情聴取』?何ですか、それ」

「昨日の事件のだよっ!頼むぞ、アンタは主役なんだからさ。『オレの言動』は全てチャンキーを通じてログが残ってるけど、アンタは全部、説明してもらわなきゃぁならん」

「ああっ、昨日の件ですか!すっかり忘れてましたわ」

ユリナが照れ笑いを見せる。

「『忘れる』?何だよ、そりゃ!ウチは芸能事務所じゃねーんだから『ボケ担当』とか要らねーんだよ」

「まぁ!桐生様はお笑いがお好きなんですか?私も最近の芸人さんですと『スーパールーパー』とか・・・」

「ダメだ、こりゃ」

ハヤトは頭を抱えた。


前作、1/32の吸血鬼を書き終えたあと、Part2はもっと時間が掛かると思ってたのですが、思いの外に筆が進んだので思いきって公開を始めることにしました。

今回も『全8回』です。

ご愛顧を頂ければ幸いに思います。

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