ヒマワリ、ピンチ!
「ほらほらお父さん、見てみて!」
「ガウ(あーはいはい見てるよ)」
すっかり洞窟での生活に慣れたヒマワリは今日も今日とて洞窟の外で遊んでいた。
雪原にはそこそこ強力な魔物(もちろん俺に敵いはしないが)も多々いるが、俺が住んでいる洞窟の傍に好き好んで現れるほど命知らずはいない。
この雪原の中で遊ぶのならこの洞窟付近が最も安全だろう。
それがわかっているのか知らないのか、ヒマワリはとにかく毎日無邪気にはしゃいでいる。
ヒマワリは雪だるまの形を弄って犬の雪だるまを作っている。
「はい、お父さんだよ!」
いやいや似てないだろ。どっからどう見ても愛らしい大型犬じゃねーか。
俺はもっと凄いぞ? 牙も尖っているし爪もキラーンって感じだ。
毛並みはとにかくもふもふしているし、真っ赤な瞳はその気になれば雪原のかなり向こうまで見えるほどだ。
「ガウッ」
「あーっ!」
べし、と犬の雪だるまを潰す。
やりなおし。
「うー。似てるのにー」
「ガウゥ……!」
どこがだ。申し訳ないが俺は厳しいぞ。
「うー……」
だんだんと言葉尻が小さくなっていく。
そ、そんなに落ち込むのか? 俺そんなに悪いことしたのか?
俯いてじーっと地面を見つめている。
え、泣いてる? 泣かせた?
「……おとーさん」
「バウッ?(ど、どうした?)」
「あたま、いたい……」
顔を上げたヒマワリは頬を真っ赤にしている。目もとろーんとしていて、こほ、こほと急に咳き込みだした。
「ぼーっと、するぅ……」
ばたり。
いきなりヒマワリの身体から力が抜けて倒れてしまった。
「バウッ!?(お、おいヒマワリ!?)」
雪の地面に頭から突っ込んでしまったヒマワリをとにかくひっくり返す。
「こほ、こほ……!」
何度も咳き込み、真っ赤な顔は非常に苦しそうだ。
「お父さん」とうわごとを呟き、助けを求めるように手を伸ばしている。
な、なんだ。一体なにが起きたんだ。
やたら咳き込んでいて喉が痛そうだ。
意識ももうろうとしているのか、先ほどから焦点が合っていない。
触ろうとしても不意に触れば俺じゃヒマワリを殺してしまう。
ど、どうしよう。
「ガウッ!(そ、そうだ。こういう時は同じ人間に見せるのが一番だっ!)」
今にも死んでしまいそうなヒマワリを爪に引っ掛けて、背中に乗せる。
壊れないように慎重に。慎重に……。
ぼふん、と背中に感じる小さな重み。どうやら無事に乗れたようだが、焦ってしまうとぽろりと落っことしてしまう。
慎重に。でも急いで。
雪原には人間が住む集落は存在しない。そりゃもう俺が昔っから暴れていたからな。こんなところに人間は住めないだろう。
その代わりだが、人間の住む集落は確か雪原を抜けたすぐ場所にあったはずだ。
川を境界として広がる草原地帯に、小さな集落が記憶の底にある。
よし、とにかくそこを目指そう。
+
「ガウ……っ」
ヒマワリを乗せてできるだけ早く雪原を抜けた。あとは川を越えれば村に辿り着けるはずなのだが。
いかんせん村の様子が騒がしい。そして川も異様に騒がしい。
つーか、普段より流れてる水が多くないか?
上流の方へ視線を向け、ぐい、と目に力を込める。
……あー。鉄砲水か? ここら辺は少し暖かくなるとよく起きると聞いたことはあるが。
恐らくそれで村もざわついてるのだろう。
人間は脆い。
今のヒマワリのように、簡単に死んでしまう。
鉄砲水に襲われれば、すぐに死んでしまうだろう。
いやー、人間って不便だよなー。簡単に死んじゃうし。暮らしているところも簡単に壊れちゃうし。
もっと気楽に洞窟とかで暮らせばいいのに。
……っとと。呆けていても仕方がない。
とにかくヒマワリを看てもらうにはあの村が無事でなければならない。
水鉄砲ももうすぐ到達してしまうだろうし。
待ってろよ、ヒマワリ。
「ウォォォォォォォォォォンッ!!!」
俺の力ならば、水鉄砲くらい簡単に吹き飛ばせる。
灼熱のブレスを一気に吐き出し、窄め、ビームへと収束させる。
首を捻って、ビームで川を薙ぎ払う。川から分岐するように新しい川をビームで作る!
すぐに押し寄せた鉄砲水は新しく出来上がった川へ流れていく。
しかもそっちは雪原だ。少し力を込めすぎてしまったから、恐らく洞窟の近くにまで川が出来上がっているだろう。
「ふ、フェンリルが村を守った……?」
「あれは雪原のフェンリルか!?」
「と、とにかく俺たちは助かったんだ。ばんざーい!」
様子を見ていた村の人間たちが飛び出してくる。
……ふん。お前たちを助けたわけじゃない。こうでもしなければヒマワリを看てもらうことが出来ないからな。
「救世主だ!」
「救世主様だ!」
「おい、はやく救世主様に何か供物を!」
いやいやそんなこといいから早くヒマワリを看てくれ。
俺は伏せて、背中で眠っているヒマワリを村人に預けることにした。
あぁヒマワリ、眠っているからってそのまま転がるな危ないぞー!?