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拉致なんかしてないから!




 気を失ったミカイラは普段なら洞窟の外というかもっと雪原の端っこに捨てて放置するのだが、ヒマワリのことを知っているとなると追い出すわけにはいかない。

 俺ののんびり雪原ライフのためにもヒマワリを連れていって貰わなければならないからだ。

 だから今はミカイラを洞窟に運んだところだ。ヒマワリが余っていた衣服を地面に敷いて、そこにミカイラを寝かせた。上からも毛布を掛けるあたり、この二人は知り合いなのだろうか。

 そんな光景をじー、と見ていたら不意にヒマワリがこちらに向き直って笑顔を浮かべた。


「もー大丈夫ですよお父さん。私はここにいますから! 出て行かないから安心してください!」


「ガウ……(お前のそのポジティブ思考はどこから来るんだよ)」


 前向きな意見過ぎて思わずため息が出た。いやもう慣れたけどね?

 こいつ、結構ヘラヘラとしてるけどやたら賢そうだし、ほんと、なにがしたいんだろう。


「まあ私もこの人まったく知らないけどね!」


「ガウ(偉そうに言うことか?)」


 えっへんと胸を反らしてふんぞり返るヒマワリは随分と偉そうだった。

 ……っておい。鼻先にくっついてくるな。抱きついて頬ずりしてくるな。

 噛むぞ。あ? 噛むぞおい。


「う……」


「あ、起きましたね」


 目を覚ましたミカイラが上体を起こしてあたりを見渡すと、俺とヒマワリを見つけてすぐに意識を覚醒させる。

 がば! と勢いよく立ち上がったと思ったらすぐにヒマワリを抱きしめて俺から距離を取った。


「こ、このフェンリルめ! ヒマワリちゃんを食べる気だったな!?」


「ガウ(そんな肉付きの悪いガキ食べても不味いわ)」


 俺はもうちょっと肉がついてて引き締まってる方が好みだ。

 それにヒマワリなんて小さなガキ、食べても少しも満たされないわ。


「えーと、ミカイラさん?」


「よく我慢してたねヒマワリちゃん! 私がしっかり保護するから待ってて!」


「話を聞いて?」


「さあフェンリル! ヒマワリちゃんは返して貰うわよ!」


「ガァ」


「ひぃっ!?」


 そっと前足を振り上げたらすぐに怯んだ。いやこいつの勇ましさすげーなおい。

 さっきあんな一撃で沈んだくせによくもまあ俺に喧嘩売れるよ。

 買うけど。次は手加減しないけど?


 すっ、と前足を下ろすとミカイラもほっとため息を吐いた。


「ねえミカイラさん。あなたはどうして私を探していたの?」


「え? あなたのお父さんが『娘を探してくれ!』って冒険者ギルドに依頼を出していたけど……」


「……そう。私を捨てたくせに。まだそんなことを言うのね」


 どういうこと? 捨てられたのに探されてるの?

 人間のすることはわからない。自分にとって必要ないから捨てたのに、それをなかったことにしようとしてる?

 ますますわけがわからない。


「ミカイラさん。お父様に伝えてください。あなたの娘は死にました、って」


「だ、駄目よ!」


「私の服の一部でも持って帰れば証拠になるよ?」


「駄目。どんな事情があるかは知らないけれど、家族と別れてフェンリルに食べられるてのだけは、駄目!」


 ……あー。こいつまだ俺がヒマワリを食べると思ってるな?


「お父さんはそんなことしないよ!」


「お、お父さん!?」


 誰がお父さんだ。相も変わらずヒマワリは俺に異様に懐いている。

 ミカイラさんよー。早くヒマワリを引き取ってくれませんかねー。


「おのれフェンリル! ヒマワリちゃんを誑かしたな!?」


「ゴウッ!(何故そうなる!)」


 むしろ俺の住処に勝手に居着いたのはこいつだぞ。お父さんとか言いだしたのもこいつからだし、俺は巻き込まれたからだ!

 と主張したいところだが生憎と言葉は通じない。咆えることしか出来ない俺の思いはミカイラには伝わらない。


「今度こそ私が成敗してくれる!」


 剣を引き抜くミカイラ。

 ……本気か? お前がこっちを殺すつもりで来るなら、俺も本気で応えるぞ。


 一触即発の空気だ。ミカイラが少しでも不穏な動きを見せれば、俺はすぐにミカイラを殺す。

 勇気と無謀は違う。ミカイラはそれをはき違えている。

 ヒマワリを助けるために無茶をして、自分が死ぬ可能性を考えていない。


「お父さんも、ミカイラさんも、だめーっ!」


「ヒマワリちゃん!?」


 そんな俺たちの間にヒマワリが割って入ると、緊張していた空気は一瞬で霧散した。

 ミカイラを睨むヒマワリは、瞳から大粒の涙を零しながら叫ぶ。


「私はもうお父さんのところになんか帰らない! あの人は私を捨てて、探す自分に酔ってるだけ! あの人は私を捨てることを躊躇わない。その度に私は何度も寒くて寂しい思いをしなくちゃいけない!」


 虐待じゃねえか。うん、俺も虐待って単語は知っているぞ。

 あれだろ? ライオンが子供を谷に突き落とす奴だろ?

 うんうん、虐待ダメ、絶対。


 ……だが、ヒマワリの言葉を聞けばそれがどれほど辛いかはわかる。

 生まれてこの方寒い思いはしたことはないが、守って貰える存在に守って貰えないのは辛いのだろう。

 この子は、守ってくれる存在を求めている。


 べろん。


「きゃっ。お、お父さん!?」


 ヒマワリを落ち着かせるために、舐める。


「ガウッ(ここにいろ)」


 俺はフェンリルだ。お父さんではない。人間でもない。

 でも少なくとも、ヒマワリに危害を加えはしない。……いやまあ、ヒマワリが俺に不都合なことをすれば、わからないが。

 それでもヒマワリにとってはこの洞窟で暮らす方がまだいいだろう。


 前足でヒマワリをミカイラから奪うように、遮る。

 俺はミカイラを睨み付ける。それだけで足が竦んだのだろう。

 ミカイラは身体を震わせながら、構えた剣を下ろさない。


「ミカイラさん。あなたの気持ちはありがたいです。でも私は、あの人のところに帰りたくないの」


「ヒマワリちゃん。だからってフェンリルなんかと――」


「なんかじゃないわ。お父さんよ!」


「う、う……」


 じりじりと後退るミカイラ。剣は下ろさないが、もう戦うつもりもないだろう。

 ヒマワリのおかげで俺もすっかりミカイラを殺す気が削がれてしまった。


「ガウッ」


 ヒマワリを巻き込むように身体を丸める。

 気まぐれだ。これは俺のほんの気まぐれだ。

 ただ家族に恵まれなかった幼女を気まぐれで放任してやるだけだ。


「お父さん……えへへ」


 俺の毛皮に包まれて幸せそうに微笑むヒマワリ。

 それを見たミカイラは、悔しげに洞窟から飛び出していった。


「必ず、必ず助けますからね! フェンリルなんかに操られないでくださいね!」


 ……お前はこの後に及んでまだなにか勘違いをしているんだ?

 まあ見た目が革の装備な以上、そこまで実力のある冒険者ではないことは明白だ。

 もっと世界というかフェンリルについて調べてこい。


 毛皮の中でぬくぬくしているヒマワリは、ミカイラが去って行くことなどお構いなしにゴロゴロしている。

 幸せそうにしちゃって。もー。

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