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育ててください。




 銀の魔狼・フェンリルとその名を聞けば知らぬものはいないほどだった。

 口から灼熱を吐き、鋭利な牙と爪が敵を裂き、巨体に見合わぬ俊敏さで獲物は逃げぬ間もなく命を落とす。

 まさに雪原の殺戮者。

 俺の姿を見れば獣は逃げ失せ、冒険者すらこの雪原に踏み入ることを躊躇うほどだ。

 雪原の絶対的な支配者となった俺は、一人ゆっくりと狼生(じんせい)を満喫している――のだが、今は非常に困惑している。




 ……いや、なんというか。


 ここは草木も埋もれた極寒の凍土だ。もちろん視界を埋め尽くすほどの猛吹雪は当たり前だし、とてもじゃないが普通の生物は暮らすことなど出来ない不毛の大地だ。


 だがそいつは、この雪原の中にいた。たまたま俺の通り道を防ぐように置かれていた、木箱の中にちょこんと座っていた。


 目の前にいるのはちっぽけな人間。


 俺のもふもふとした毛並みと同じ、銀色の髪。

 そしてアメジストの瞳が俺を見上げている。

 その瞳には期待が込められており、首からぶら下げられている看板をこれ見よがしに見せつけてくる。


『そだててください』


 そんな文句が書かれている看板を、少女は持ち上げている。

 くりくりっとした丸い瞳が俺を見つめていると思ったら、楽しそうににぱー、と向日葵のような笑顔を花咲かせた。

 どう見ても四、五歳くらいの小さな少女だ。

 可愛らしく、愛らしいとは思うが、所詮はちっぽけな人間だ。


「育ててください!」


 ……だが突然、この幼女はそんなことを言いだしてきた。

 ご丁寧に看板を持ち上げて強調するかのように。

 思わず周囲を見渡してしまう。

 え、まさかまじで俺に言ってるの?

 フェンリルだぞ、俺?

 人間ですらないぞ?


「グル……(なぜそうなる)」


「いやーあのですね。私両親に捨てられちゃいまして!」


「グルル……(聞いてもないのに説明を始めるな)」


「それでですね! だったら人間じゃない方に育てて貰おうかなって思いまして!」


 どうしてそういう結論になるのか。


「グルルルルッ(俺の話を聞け!)」


「そしたらちょうど貴方を見掛けまして! だから、育ててください!」


 え、なに。フェンリル見掛けたら育てて貰えるとかマジで思ってんの?


「ガゥー!?(話を聞けぇー!?)」


「そーだーてーてー!」


「ガァーッ!(足にしがみつくなぁー!)」


 なんだこの幼女は! いきなり足にしがみついてくるし、振り払うには小さすぎてすぐに壊れそうだし!

 ……いやまて。むしろ壊れてもいいのでは? 俺とは無関係の幼女なわけだし。

 そうだ。そうすればいいだけではないか。俺は雪原の殺戮者。

 こんな幼女に、手心を加える必要はない――!


「グルッ!?(あれ、何処に消えた!?)」


 と、思ったのも束の間。幼女はいつの間にか俺の視界から消え去っていた。

 先ほどまで幼女が入っていた木箱はもぬけの殻。きょろきょろと周囲を見渡しても、幼女の姿は何処にも無く。


「えっへへー! 登山成功なのー!」


「グワゥッ!?(上、だと!?)」


 声は俺の頭の上から聞こえてきた。目で確認することは出来ないけれど、恐らく幼女は俺の頭の上に登ったのだろう。

 ……いつの間に?


「た、助けてくれぇー!」


 幼女の姿を確認する間もなく、遠い場所から悲鳴が聞こえてきた。それと同時に俺の耳に届いてくるのは、荒々しいワイバーンの雄叫び。


 ぐぅ、と腹が鳴る。


 あーそういえば昼飯を探してたら幼女を見つけてそのままだったんだ。

 よし。


「ガウッ!(今日の昼飯はワイバーンだな!)」


 ワイバーンは普段ならこの雪原にはいない飛龍だ。そんな奴の声が聞こえてくるということは、悲鳴をあげた奴を追って雪原近くにまで来ているってことなのだろう。

 ならちょうどいい。ワイバーンの肉はここ最近食ってなかったしな!

 あの荒々しい油滴るワイバーンの肉を思い出すと、ついつい涎が出てしまう。


「きゃー!」


 悲鳴が聞こえた方角へ向けて地面を蹴ると、頭の上から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 ……ああ、そういえば頭に幼女を乗っけたままだったな。


 まあいい。それよりもワイバーンだ。肉だ、肉ぅ!

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