07 はじめてのおつかい③(3/3)
「──ということがあってさ」
命からがら、という単語が帰って来た時の状況に合っているかは分からないが、とりあえず安心できる居場所に戻ってきた。
帰ってくるときに俺を助けてくれた猫耳ボクッ娘は、戦闘で体中が血だらけだったので、周りから引かれてしまっていた。道で血だらけの人がいたら怖がられるのは当たり前だよな。俺でも引く。けど、彼女は特に気にしてなかった。
まあ名前も知らない館なんだけどな、ここ。
中に入った時に誰も居なかったので、とりあえず前方に見える扉を開けたら見事当たった。というわけで、フロントの奥に広がる謎の部屋に俺達はいる。
「へぇ、そうなんですね。でも結局蕪は買ってきてると」
「そうなんだよ! ってか聞いてよルミア。こいつ、ボクに手間かけさせやがってさ!」
なんか此方に向けられる目つきが怖いんですけど。まだ何もしてないしこれからも何もしないけど。
「ほぅ……? それは内容によっては罰を受けないといけませんが……。 何したんです? 強姦?」
「いや違う! そんなこと絶対しないから!」
なんですぐそういう発想になるんだルミアは!
「本当! 本当だって! 変な噂が立てられないように何があったか事細かく説明するから!」
皆に変な目で見られるのは困る! そういう趣味は無い、無いから!
「あ、私、何か嫌な予感がしてきました……」
その後、事細かく説明しすぎてかなり長い時間話をしていたので、重要(だと自分で判断した)内容をもう一度思い返す
・先程出会った猫耳ボクっ娘の名前はネーフ。可愛い。
・蕪は無事購入出来た。あとついでにルミアにお土産を買ったが、これはまだ内緒。
・男たちの名前。初めに遭ったのはジャイナンという奴。うん、この時点で危ないよな。
あとの二人、着地を成功させた方がスネタ、もう一人がノビヤン、眼鏡はかけてません。
・男たちは降伏し、その後奪った金品その他諸々を置き去りにし、踵を返して逃げていった。
「まあ分かってたんですけど、説明長すぎませんかね……」
夜勤明けみたいな顔だった。まあ、その、何か、ごめん。
「同感。君さ、説明下手過ぎない?」
うお、ストレートに言いおった。まあ下手だと分かっているからこれに関しては何も言えない。
「そういう説明の仕方だと、今後カズヤさん困りますよ」
「って言っても、俺ロクに説明とかしてこなかったからなあ……」
「なら改善すればいいんですよ。これはネーフちゃんにも言えることなのでよく聞いていて下さいね」
「え、ボクも!?」
「新たな知識の引き出しが増える、と考えたら良いんですよ。分からないことより分かっていることが多いほうが人生楽しいですし」
中々深いことを言ってるところ悪いけど、たまに抜けてるというか、変な発言ばっかしだったから、ルミアがこんなことを言うなんて思ってもいなかった。正直、淫乱メイドとかだと思ってたんだけどな。いやまあ、そういうキャラに限って普段は大人しいというか、勉強が出来るとかキッチリしてるとかなんだけど。
「それで、関心の伝え方なんですけど、まず意識するのは「誰が何をしたか」を先に伝えることです。細かい説明はこの後で大丈夫です」
「なるほど。じゃあ、俺がさっき話してたように情報を一つ残らず話す必要はないのか」
「ええ。先程のカズヤさんの説明って、典型的な説明下手の部類に入るんですよ」
「うお……またも痛いところを」
「痛いんですかこれ。興奮するんでもう少し言葉責めしましょうかね」
「お腹一杯だから十分! 十分です!」
「そうですか、それは残念……って、まあ冗談なんですけどね」
「ふふっ、やっぱエルナってそういうところあるよね」
「あら? そういうネーフちゃんも目を凝らせば色んな所が見えてきますよ? まず胸が貧相……」
「うっさい! 体系の話にすり替えないで! ボクが小さいんじゃなくってルミアが大きいだけでしょ!」
うん。同感。エルナのそれは誰にも劣らない大きさだ。まあ、EかFってところだろう。詳細なんて知らないけど。
それに比べちゃネーフのは……って、比べちゃ駄目な気がしてきたぞ、これ。
「ちょっ、どこ見てんの。何、変態なの? もしや君変態なの?」
「あのな……今まで散々大変な目にはあったけど変態じゃないからな……?」
「あっれー? どこの誰でしたっけセシルのこと見ただけで股間パンパンに膨らました人って……」
「うわ、マジか。ごめん、流石にそれは引いたよ」
うん、二人とも目が死んでる。怖い。怖いから。しかしあれはどうやっても避けられないことの一つなんだけど、誰か分かってくれませんかね。
「こんにゃろう! ボク達のことを変な目で見やがって!」
うわ! いきなり飛びついてきたぞ!?
「ちょ、胸当たってるから!」
手と足を俺に絡めて、右手を上げては落とし、頭をポコポコ殴る。結構痛い。
うん、見方によれば俺が抱っこしてるように見えなくもない…… って待って倒れる!
「いっつう……」
思いっきり頭を打った。痛いっちゃあ痛いけど、何かいい香りも……
「ふっ……はぁ……♡」
ん?
「ちょ、顔、擦れて……」
んん?
視界いっぱいに広がる青。
顔がハーフパンツに被さるようになっている体制になっている。
何このラッキースケベ。心底嬉しいけど早く退かないと殺されそうだけど。
と思ったけど、どうもがいても駄目だ。彼女が感じてるのか変な声が出るからこっちも興奮して動けない。というか動きたくない。しかも血と混ざり合っているけどいい匂いするし。
「ふぅ……ここに居たのね。ただいま……っ!」
何だ今誰か帰ってきたよな……
「目を離したらすぐこういうことになるのよね貴方って……!」
うーん、恨まれてるようだけど今回は被害者側、っていうか無罪なんですけど。
「セシル……お邪魔してま── あ」
「はぁ……」
すぅ、と息を吸う音。
「どうして扉開けた瞬間馬乗りになって顔染めてるの!? そんでもってクズヤもクズヤで何ですぐ退かないの!?」
退かないじゃなくて退けないんだよ! てか名前変わってるし!
「よいしょ……っと」
やっと、やっと呼吸が満足に出来るようになった。
ああ、辛かった。というか、辛いって漢字の「辛」に横棒一本足せば幸せ…… って知るか。どうやって横棒手に入れるんだよ。
というかネーフの顔がまだ赤い気がする。もしかして、熱でもあるんじゃないか。そうじゃないと願いたい。いろんな意味で。
「ど……どうせまた「おっきく」してるんでしょ……!」
「ん、んなわけあるか!」
「あっらー? セシル、そんなこと言うようになったんですね。ふふっ、おっくれてるー」
「嬉しいのか弄りたいのかどっちなのよ……」
「弄れるネタが増えて嬉しいですね」
どっちもかよ!
あと、そのおっきくなってる事件については、物的証拠が無いため迷宮入りして下さい。
「はぁ……エルナに何か話すとロクなことにならないわね……」
「いや、もしかするともしかするとですよ」
「まあ、今はどうでもいいわ。……それよりルミア、あれはどういう状況だったのかしら?」
「いや、その、色々あって」
「貴方には聞いてない」
「お、おう…… ごめん」
「それで? さっきの卑猥な状況は何があってのことなのかしら」
「簡単に申すと、クズヤさんがネーフちゃんを襲いました。以上!」
「いや違うから!! しかも名前変わってる!!」
「……本当かしら?」
「あ、ああ。全くいい迷惑だっての。俺がそんなことするような奴に見えるか? あと俺の名前はクズヤじゃなくってカズヤだから」
「見える。見えすぎて困るわ」
「見えんのかよ! 見えなくていいわ!」
「貴方ね……口の利き方には気を付けたほうがいいわよ」
「お、おう……」
マズい、本音が口に出てしまった。
俺とセシルの身分の違いが分からない以上、口の利き方には気を付けるか。
「あ、クズヤさんクズヤさん」
「……もうその名前で生きてくわ」
「言質取りました。これからもよろしくお願いしますね、クズヤさん!」
「……やっぱり止めてもらっていいかな?」
「武士に二言はない、といいますけど」
「残念、俺ここではまだ何の役職も貰ってないから二言はある、はず。元の世界では学生だったから武士とは無縁だし。あ、もし貰えるなら勇者とかが良いです」
「んじゃあまた機会があればそう呼びますね」
「おう……って呼ぶのかよ!」
役職に関してはスルーされた!? まさかそんな夢見るなって話か!?
「そりゃあ、かの有名なカズ……クズヤさんですよ?」
「無名な気がするんですけど……てか言い直す意味あったけなあ!?」
「あ、話逸れちゃいました。で、さっき呼び止めた件の話なんですけど。もしもカズヤさんが、先程私が申した状況の説明が間違っている、というのなら、自分で説明してはいかがでしょうか?」
彼女が悪戯を思いついた子どものように笑う。
なるほど、言いたいことは分かった。今こそ教わったことを発揮しろってことな。
「えっとな……」
考えろ、肝心なのは「誰が何をしたか」を意識して話すこと。細かな説明は後でいい。
「エルナとネーフが自分の胸の話をしていた時、俺が二人の胸を勝手に見比べていたら案の定気付かれたんだよ。その後、ネーフが俺のその態度に立腹して飛びついてきて、咄嗟の出来事だったからバランス崩してああなった」
「ネーフ、本当?」
俺の話だけで信じない辺り、嫌われてるのかもしれない。
「うん! いやぁ、ボクの胸とエルナのとを比べるなんて重罪に値するよ、全く。でもまあ、セシルもボクとおな」
「──今何て言った?」
「何でもないよ……うん」
殺気の籠った目つき。
感情のままに爆発してるんじゃなくて、静かに怒りの炎が燃え上がっているのがまた怖い。
相当触れられたくないんだろうな。別に悪いってわけじゃないと思うけど。貧乳だってステータスだし。
「何でもないものね。それはそうと、貴方がコイツの意見を肯定するなら、話していたことは事実だと分かるわ」
うーん、遂に名前も呼ばれなくなったんだけど、俺何かしたっけ……?
「よし、ならこの話は終わり。──ここからはまた違う話よ」
「その話って?」
そういや、今朝からセシルの姿は見当たらなかったし、何かあったんじゃないか。
もしかして、妊娠しましたとかかな。そうすれば誰の子なんだろう。考えただけで気持ち悪い。
「貴方にとって重要な話よ。まあ、お昼でも食べながら話しましょうか」
「そ、んじゃボク帰るんで……」
「あら? せっかくですし、ネーフさんも一緒に食事しましょうよ。なんてったって、カズヤさんと共に汗水流して買った蕪も使いたいですし」
「んじゃお言葉に甘えて」
「じゃあ私は料理の支度をしますので、キッチン一緒に行きましょう」
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扉を開けて、右に曲がって進む。途中にあった階段には上らず、そのまま少し直進した後、また右へ曲がって足を前へ出す。
少しして、ルミアが「私はこれでてあん」と言って部屋に入っていった。多分、そこがキッチンなんだろう。
「ここよ」
キッチンと隣り合わせの部屋。
扉を開けると、アンティーク調の椅子と、白い布が敷かれたダイニングテーブル。床は茶のタイル。
おもむろにセシルが口を開いた。
「料理が出されたら話をするわ。それも、大切な」
「もったいぶらずに今話してくれてもいいんじゃ……」
「いいえ、確かに貴方にとって大切な話、とは言ったけど、今ここに居る全員、いや、もっと多くの者にとって大切な話よ。でも今、どうしても聞きたいっていうのなら少し話してあげるけど、一つだけ約束してくれるかしら?」
「約束って、一体何なんだ?」
「これから話すことが今後始まった時、貴方の私情を挟まないこと。いい?」
今後何かが起きるわけだ。俺の知らない、けど、とても重要な何かが。
けれど、俺の私情を挟まないって、どういう事なんだ?
「──石川 和奏を知っているかしら?」