06 はじめてのおつかい②(2/3)
一時、茫然としていた。
「ヤバいヤバイやばい……」
口から漏れ出した言葉は、現状を単純に、だが一番分かりにくい方法を指していた。
明らかな誤算だ。異世界を甘く見ていた。
ほら、他に異世界転移や転生やら召喚されてるのって、もっと悠々自適で、可愛い女の子達に囲まれたり、もしくは初めは散々な目に遭うけど、その内チートとか使えるようになって民衆が自分の事を特別に扱ったりして、最終的には「英雄」とか言われたり…… 色々あるじゃん?
なのにこの世界ときたら、おつかいに来ただけで窃盗されてんの。しかも自分の目の前で、堂々と。
これ帰ったら絶対怒られるわ…… あ、失望かもしれない。 もしくは母性で包み込んでくれるかもしれない……
って、流石に最後のは無いだろうな……。
まあ、どちらにしろテンション下がるわこれ……。
…………いや、待てよ?
これ、今から追いかけて、お金を盗んだ奴を打ちのめして、そのままお金を返してもらえば、今後英雄だとか変態だとか崇められるまでの道のりの第一歩となるんじゃないか?
そうと決まれば行動あるのみ。
幸い、ここにいる人数は多くない。今必死に走っている人を探せば、自然と見つかる。
取り敢えず、逃げた方向は自分の後ろ、ということは分かっている。
なら、そっち方面で探すことは確実。
体を回転させ、スタンディングスタートの構え。
といっても、本格的な構えではないよ。だって陸上は得意科目ではないからね、仕方ないね。
上手くいけばだが、俺の新たな人生はここから始まる。
初めにあったこと? ああ、あれはプロローグってことで。
いける。今の自分なら、主人公補正がかかってもおかしくない…… はず。
いいぜ、見せてやるよ。
高校生活で一度も、と言っていいほど運動をしてこなかった俺の走りで、華麗に窃盗犯を捕まえる姿をな……!
と、思った矢先。
「きゃああああああぁぁぁぁああああ!!!!!」
まるで頃合いを図っていたかのように感じられる悲鳴。
聞こえた場所は………… 当然真っ直ぐ。
来た来た、これぞイベント「窃盗犯を捕まえろ」ってやつだろ?
悲鳴から、おおよその場所は分かった。なら、行くっきゃない!
足が一定のリズムで地面に打ちつけられる。
上がる息をバックミュージックに、ただひたすら前進。
目の前に見えるのは…… 待ち焦がれた窃盗犯。
なんか、待ち焦がれたって聞くと運命の人とか想像しちゃうよな。
そういや、皆「運命の人」なんてのはいるんだろうか。
その人は今も、生き続けているんだろうか。
てか、すっげぇ疲れた。でも休憩はナシだ。こんなところで休むなんて有り得ない。
でも、足が縺れて…… しかも顔が汗で濡れて力が出な……
って! こんなところで諦めんな!
「ああっ…… クソッ!!」
追いつけ追いつけ追いつけ走れ走れ走れ曲がった曲がった曲が……
曲がった!?
うお、ここで曲がるの? 体力的に厳しいって。やめてそういうの。
「はぁ…… はぁ……」
駄目だ、限界だ。
その思いからか、足が、体が、止まった。
だが、それはどうやら相手も同じらしい。
もう地面を駆ける音は聞こえない。ほぼ同じ場所に2人、体力を浪費した状態で立ちすくんでいる。
路地裏、というのだろうか。だとすれば道幅は広いほうだ。
住居に囲まれた道。奥は行き止まり。左右にも並ぶ家。てかこれ家なのか分かんない。まあいいや。
「ちょ…… お金…… 返せって……」
なんとか声を絞り出す。
ここら辺に水無いですかね。
……うん、見たら分かるけど無いわ。
「はっ…… お前のものだったものは残念ながら俺のものになったんだよバーカ……」
…………何それ、ジャイ○ン? もしやこいつ、ジャ○アンなのか?
性格はジャイア○に似てるかもしれないが、他は違う…… 気がする。
睨みつけられたら足が竦みそうな三白眼、短髪で体系は太め。巨漢という言葉がまさに似合う。
服装は、俺とほぼ同じ、Tシャツと短パン。上着は紺、下は茶という、何とも言い難い感じだ。
他のもので表すなら…… なんだろ、ゴリラ? しかもイケメンとか話題のやつ。
「んだよそれ…… 意味分かんねぇ……」
「知らなくてもいいんだよ。てか邪魔なんだが、そこ」
「……お金と、あと他にも奪ったものあるだろ? それ返してくれれば退いてやるけど、どうする?」
「てめぇ…… ここらでは見ない顔だな。 何処から来た?」
あ、これあれ? よくある「お前どこ高なの?」とかいうあれ?
というか質問に答えて無くないですか?
「名乗るほどのもんじゃねぇよ」
「お前の名前は聞いてねぇよバーカ」
なんですか、語尾に罵倒する語句入れなきゃ死ぬ病気でもかかってるんですかね。
というか、自分でツッコミ入れるの疲れた。これがツッコミかどうかは分からないけど、多分ツッコミのはず。
「邪魔。早く、一秒でも早くどけって」
「だ、か、ら! 返してくれたらって言ってんだろ。……あまり俺を甘く見んなよ」
最後に吐き捨てたセリフ。これ、ただカッコつけた訳ではない。
ほら、よくあるじゃん。異世界に来たらさ。定番のあれよ、あれ。
初めは自分が”それ”使えることを知らないが、いざとなれば力を発揮できる————
「能力」ってやつ!
異世界に来てこんなのが無いわけない! 戦闘系じゃなければラッキースケベが起こる能力とか!
ラッキースケベはただの願望なんだけど、まあ、異世界に来たのに能力を一つも貰ってないとか初心者に厳しすぎる。起訴。
考えたら、何だか元気出てきた。別に顔の交換とかしてないし、まして「元気百倍!」とか高らかに宣言してないけど。
「何言ってるかちょっと分かんないんだが」
「そっちが意地でも返さないんなら、こっちにだって考えがある」
「……うるせぇな、餓鬼が」
彼が俺の元へ、一歩、また一歩近づいてくる。
腕を伸ばせば届く距離。
そしてそのまま、彼は右腕を奥に引き————
彼はそのまま俺を殴った。
頭から床に激突した。
殴った、というのを理解するまで時間がかかった。床に激突したのは自分。寝そべった状態で頭がクラクラする。
「…………は?」
動けない、動きたくない。働いたら負けでござる。
気付けば、鼻からも血が出ていた。床にぶつかる前に顔殴られたからかな……。それとも変なこと考えたっけ。
いやいや、俺に限ってそんなことはない。
「へへっ、意外と効くもんだな……」
何言ってんのこいつ。こんな感じのを喰らっている眼鏡かけた銃の腕が達人レベルの子の気持ちが少しだけど分かる気がする。野比のび○太っていうんですけど。
「いっつう……」
頭おかしくなるんじゃないかってほど痛い。てか、普通に殴られるよりも俺の着地点が奥にいってる気がする。そりゃ痛いわな。
「おいおい……この美貌を傷つけるとかないわ……」
「さっきからブツブツうっせえんだよ。 おい! お前らも来いって」
お前ら?
待て待て、そんなの聞いてないって。
あ、あれ? 架空の友達? 想像上にしかいない子? 所謂「可哀想な子」ですか貴方は。同類、同類だよ。仲間が増えるね、やったねカズちゃん!
自分でも失笑したくなるようなことを考えていた、次の瞬間だった。
────”何か”が降ってきた。
………………は?
落ちてきたのは、人。それも2人。ルミアのような綺麗な着地だった。
ただ、1人を除いて、だが。
空中から降りてきた、というのは分かる。
それだとすれば、重力に逆らえずに、抵抗など空しく下へ落ちる、のが普通だが。
違う。誰一人怪我をしていない。一人は落ちた際に尻餅をついていたが、ただ、ドゴンという鈍い音が聞こえただけだ。いやそれ大丈夫なのか。
「いっつう……」
先程打ったであろう箇所を擦る。これ、今の内に逃げれませんかね。逃げれますよね。逃げよ────
「お……おい……」
俺と追いかけっこをしていた暴力沙汰マンが無気力な声を発する。
何ですか、仲間の心配でもしてるんですか。 ……今劇場版か何かか?
もういい、さっさと逃げるに徹しよう。
あ、勿論お金は返してもらうよ。奪ってから死ぬ気で逃げる。体力は──── まあ、何とかなるさ。
行こう、今すぐ。
そうと決まれば実行あるのみ。サササッと回収して帰ろう。
滴り落ちる鼻血を抑えながら、重い体を持ち上げる。
と、次の瞬間。
「そこの君、止まって」
「……はい?」
俺のことかは分からないが、止まってみる。
明らかに聞いたことの無い声だ。でも、逆らうことはしない。
……いや、出来ない。声音だけで俺を圧倒している。有無を言わせぬその命令に、従うしか出来なかった。
それから、興味本位で後ろを振り向く。
「おぉ…………!」
感嘆の声を上げた。
黄味がかったショートは太陽をそのまま溶かし込んだように透き通っていて、羽織った緑のマントと中に着ている黒のタンクトップから少しばかり浮き彫りになった胸。青のハーフパンツから見える健康的な足。
そしてなんといっても…………
猫耳!!!(髪と同色!!!)
いやぁ、まだ生きてて良かった……! ありがとう神様。ありがとう異世界。
「君、セシルと関わっている例の人間様だろ? 偶然だね、ボク、彼女とは知り合いなんだ」
ん? ちょっと待て? 今「ボク」って言ったよな? な!?
男…… ではない。少しばかり突き出している悪魔の果実がそれを示している。
だとすれば、彼女はまさしく────
ボクっ娘だあああああああ!!!!!!!!!!
駄目だ、これ鼻血収まるところか止まんないわ。
というか何か溢れだしてきた気がするんですけどもしやこれって。
「えっと…… 話聞いてる?」
「聞いてます聞きすぎて耳にタコです聞いてます」
「……じゃあ、さっきボクが何と言ったのか。一字一句間違えずに答えて?」
「おっけ、今から言うわ。………君、セシルと関わっている例の人間様だろ? 偶然だね、ボク、彼女とは知り合いなんだ。てかキミ、結構イケてんじゃん。もしよかっ」
「ストップストーーーーップ!!!!!!」
手をぶんぶん振り回しながら話を遮る。何だ何だ、今いいとこなのに。
「あのさぁ…… まあ、合ってるけど、最後、余分だよね?」
「そうか?」
「そう! そうに決まって……ふっ」
ふっ?
何の音? まさかあれ? 小学生で1人はいたデュクシの使い手?
「いったあああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
叫び声。それも一際大きい。
この声、さっきも聞いた気が……
まさか。
嫌な予感がして、すぐさま後ろを向く。
するとそこには、左手を抑えたジャイア○ン、またの名を暴力沙汰マン。窃盗犯。呼び名がいっぱい。おっぱ…… やめておこう。
よくよく見ると、しっかりとナイフが刺さっている。そして流れる血。いや待て待て。あの間に何が起こったんだ。
「えっと、キミ。……まだ名前知らないんだけど。取り敢えず、彼らを倒してから話したいことがあるんだけど。時間、いいかな?」
「どうぞお構いなく。ただ、少しだけお願いしていいか?」
「お願いって?」
「まずあいつ等全員の名前の把握をしておきたい。それと、お金奪われたし、他の人からも色々奪ってるから、それを取り返してほしい。出来るか?」
「うーん、非常に面倒だな……まあいいや。オーケー、やるだけやってみるよ」
「ありがとな」
「いやいや、最近運動してないし、手慣らしぐらいには丁度だよ」
そういって彼女は少し口角を上げ、地を駆けだした。