苦しい、開けて
事実は小説より奇なりというけれど…。
暑い日が続き、熱帯夜とも呼べる寝苦しい日が続く。
今日もそうだ。明日は友達と出かけるのに、暑さでなかなか寝付けない。
気が付けば、すでに夜中の2時を回っている。本当にまずい。
『………』
ふと、誰かの声が聞こえてきた気がした。
周りを見てみるが、もちろん誰も居ない。部屋の中には僕一人だ。きっと気のせいだろう。
『………』
やっぱり気のせいじゃない?
もしかして、隣の部屋にいる父さんが誰かと電話をしているのかもしれない。でも、こんな時間に?
そう思いながら、そっと隣の部屋とつながる壁に耳を当ててみる。…何も聞こえてこない。
やっぱり気のせいか。
『…しぃ』
やっぱり気のせいじゃない!
どこから?隣の部屋じゃないのはたしか。じゃあ、この部屋から?でも、なんで?
『…しい。…て』
なんて言ってるんだろう?もう少しでちゃんと聞こえる気がする。
『苦しい。開けて』
今度ははっきりと聞こえた。『苦しい。開けて』?一体どこを開ければいいの?
それ以降、その声は聞こえなくなった。
気になりすぎて、もはや寝るどころではなくなった。
窓の外が、いつの間にか白くなり始めていた。
―――――――――――――
「郁也ー。彰君と出かけるんだろー?そろそろ起きないと遅れるぞー」
ふと聞こえてきたその声に、ハッとする。父さんの声だ。
壁にある時計を見ると、すでに10時を過ぎている。ヤバい。待ち合わせは11時なのに。
「おはよう。郁也」
「おはよう。父さん」
急いでリビングに行くと、父さんが朝ごはんを作ってくれていた。
「珍しいな。郁也が待ち合わせの日に寝坊なんて」
「うん。昨日変な声が聞こえてきて。それが気になって眠れなかったんだ」
「変な声?」
「うん。苦しい。開けてって……。父さん、どうしたの?」
途中まで話したら、父さんがものすごく微妙な顔をしていた。もしかして、話さないほうがよかったかな?自分でも変な話だと思うし。
きっと寝ぼけていたんだ、と言われたらどうしよう。
「郁也、本当にそう聞こえたのかい?」
「うん……」
「苦しい。開けてって?」
「うん。そう聞こえたよ」
「そっか」
父さんは少し考えると、壁の時計を見た。
「この時間なら、まだ家にいるな」
そう呟いて、どこかに電話をかけ始めた。
「送っていくから、早く準備をしなさい」
そうだ。待ち合わせの約束があるんだった。
父さんの話も気になるが、今は準備をしないといけない。
支度を終えてリビングに戻ると、父さんの電話も終わるようだった。
「ああ、今日は郁也に来たみたいだ。ちゃんと説明はしておく。佳代さんにもよろしく伝えておいてくれ。じゃあ」
どうやら、伯父さんにかけていたみたいだ。でも、あのへんな声と伯父さんと、どういう関係があるんだろう?
「郁也、話は車の中でしようか。時間もないだろ?」
車の中で話してもらったのは、こういう事だった。
「郁也に聞こえてきた声は、郁也の曾おじいちゃんの声だよ。昔、父さんが子供の頃にもあったんだ。おばあちゃん、郁也の曾おばあちゃんが、掃除をする時に埃が入らないようにって、仏壇の戸を閉めてそのままにしてしまった時があるんだ。その日の夜だよ。郁也のおばあちゃん、父さんの母さんの所にも似たような声が聞こえたんだ。まあ、おばあちゃんの場合は夢枕で聞こえたそうだけどな」
「その声が、あの声と同じ声なの?」
「ああ。さっき、中谷のおじさんの所に電話で聞いてみたよ。昨日仏間を掃除したか?ってな」
「どうだったの?」
大体予想はつく。
「もちろん、掃除してたよ。そして、仏壇の戸は閉まったままだったそうだ。まあ、最近はすごく暑いからな。息苦しくなっても不思議じゃないさ」
「なんで僕のところに来たの?父さんの所でもいいじゃない」
そう聞くと、父さんは困ったような顔をした。
「そんなこと言われてもなぁ。父さんはあんまりそういったことには縁がないし、出会ったのは大体が動物関係だったからなぁ」
そんな話をしていたら、待ち合わせの場所についていた。
「ほら、着いた。じゃあ、あんまり遅くならないようにな」
僕は思った。幽霊とかそういったものよりも、こうやって何でもない事のように受け入れている僕たちのほうが、ものすごくおかしなことなんじゃないかって。
特に落ちがあるわけではないのでした。閲覧ありがとうございます。