きみにサヨナラをして
またもや、『ほんの一瞬』の出来事です。笑
大好きな人がいる。
でもこのままずっと一緒にいられるかと思うと、何かが邪魔をする。
そんなまだ少し考え不足の20歳ごろの2人です。
恋は盲目だからねぇ。
昔、母が言っていた。
恋だの愛だのをまだ知らなかった当時の俺は、母の言葉に納得することができなかった。
今の俺なら、少し理解できるけど。
何たって今、俺はまさに恋の夢から覚めようとしているのだ。
「…ぅぅっ」
電話ごしに、大好きな彼女の泣き声がする。
「…由美?」
あまりに長い沈黙を破って俺は切り出す。
「なぁ…。じゃぁさ、今度約束してた映画は由美の見たいやつにしよう」
「……」
「由美が好きだって言ってた歌手のCDもそのときに貸して。俺、もっと由美が好きな曲覚えるよ」
不器用な男が大好きな彼女をつなぎとめる方法。
それはこんな形での譲歩。
由美に、歩み寄りたい。大好きなんだ。
しかし彼女は、小さな声で『違うの』と呟いた。
「あた…あたしが言いたいのは…そーいぅ事じゃ…うっ…違うの」
俺の胸はズキンと音を立てる。
「修ちゃん…。考え方がね…違う…の。好みも…趣味も」
由美は一言ずつ丁寧に言葉を押し出す。
こんな話をしてる今でさえ、彼女の声を愛しく感じる俺はおかしいだろうか。
由美と出会ったのは1年前。
俺は小遣い欲しさに大学の授業が早く終わる日にコンビニのバイトを入れた。
たまたま、そのコンビニはF商事からすぐ近くにあった。
そして偶然にも、そこは高卒ながらにOLの道を選んだ由美の行きつけのコンビニだったのだ。
毎日昼過ぎに少し遅めの昼食を買いに来るOLと、そこのレジに頻繁に入っているコンビニ店員。
俺達はそんな風に出会っていた。
俺からしたら、なんて『運命的』な出会いだったんだと思う。
「気持ちがどうとか…そういうのじゃなくてね。合わせて欲しいわけでもなくて、もっと…根っこの部分が違うと…思うの」
根っこが違う…。
由美の言いたいことは、なんとなく分かった。
俺たちは考え方も、趣味も好みも全く違う。
見たい映画の種類も正反対だし、聞く音楽の種類も正反対。
俺の大好きなスポーツに関しては由美は全く興味を示さない。
由美の話す仕事の愚痴にでさえ、俺はうまいこと言ってやれない。
何もかもがかみ合わない俺たちを、友達は『よく続くな』って不思議がった。
俺だってそう思ったこともあるさ。
でも、俺の知らない世界の話をする由美はすごくかっこよく見えたし、笑ったときなんてすごく愛しく思えた。
照れるしぐさも、一緒にいるときの空気も。
これがホントに『好き』って気持ちなんだと、由美に教えてもらったんだ。
そもそも、全くおんなじ考え方のやつなんていないだろう?
俺は由美に気持ちを伝えようと必死になった。
「今までだって…そうだったじゃないか。これからだって、きっと大丈夫だろ?」
「うん…今まで修ちゃんには…たくさん、我慢をさせたね」
「我慢?」
「ケンカした時も、意見が分かれたときも、いつも修ちゃんがあたしに合わせてくれた」
「それは…」
我慢だなんて、思ったことないのに…。
そう言おうとしたが、先に由美が続けた。
「今までは根っこの部分…価値観て言うのかな。合わないと思っても、気にならなかった」
「…うん」
「あたしの知らない世界を教えてもらってるようで、新鮮だったから」
「…俺もだよ?」
「でも…」
「…うん」
受話器の向こうの愛しい声は、震えだすのを必死にこらえて俺に告げる。
「最近なんか変なの。気になるの。かみ合わないあたしたちの…距離を感じてしまう」
俺は胸がヒリヒリしてくるのを感じたが、力いっぱい気づかないフリをした。
「好きなだけじゃ…済まなくなってて…」
少だけ残ってた可能性と期待が、もろくも崩れてゆく。
「………」
「………」
また、俺は沈黙を破る。
「…由美は、どうしたい?」
聞いてすぐに俺は怖くなった。言うな、言わないでくれ。
「…少し…、ね?距離を置いたほうがいいと思うの」
涙声だが確かに意思を持つその声に、俺の胸は殴られたように痛んだ。
うまく言葉が出てこない俺は、それでもどうにかしようと声を出す。
彼女つなぎとめるために。
「距離を置いて…何かが変わる?」
「…………」
「離れたって何も…変わらないじゃないか…」
それなら、一緒に…
「でも」
「このまま一緒に居ても…変わらない。…いつかまた、こうなるでしょう?」
そんなの、他にいくらでも方法が…
「離れる以外に、方法が…思いつかないの」
…皮肉にも、こんな時でさえ俺たちの思考は全く別の想いをめぐらせている。
恋は盲目というけれど、ふと目が覚めたとき、俺たちはそれぞれ全く違う世界を見ていた。
根っこが…違うからか…?
「修ちゃん…。ゴメン、別れよう」
震える声で、由美は俺に告げた。
まさか、そんな。
こんな日がくるなんて…思ってもみなかった。
…いや、思わないようにしていた…?
一緒に居る中で、確かに時々感じていた違和感。
好きだから、気にならなかった。
好きだから、気づきたくなかった。
そうやって積み重ねてきたものが、俺たちを引き返せなくさせた。
「………わかった」
ゴメンと泣きながら繰り返す由美に、今までありがとうと冷静にこたえる俺がいる。
違うのに。
今、言いたいのはこんなことじゃないのに。
たとえ根っこが違っても、俺は、由美を…
「もっと…ね、修ちゃんの好きなスポーツの話とかで盛り上がったりしたかったな。映画だって、音楽だって…」
好きだよ、由美。きみが大好きだ。
「…ありがとう。すぐには無理かもしれないけど…いつか、『ひさしぶり』ってまた声かけてよ。あのレジでさ」
俺は思ってもいない言葉を最後に由美におくった。
このまま俺といてもまた泣かせることになるのなら。
そう、言い聞かせて。
「うん…」
「それじゃぁ、また…」
最後に由美の大げさに泣き出す声がして、俺はすぐに電話を切った。
今すぐ飛んで会いに行けたら。
抱きしめて、キスをして、大丈夫だと言ってやれたら。
だけど、俺にそうする勇気はなかった。
うまく由美と付き合っていく自信もなかった。
大好きだから、これ以上泣かせるのは嫌だった。
さっき切ったケータイから、着信音が鳴る。
俺にはあまり興味のない、由美の大好きな歌手の曲。
画面に目をやると、由美からのメールだった。
見ようか消そうか。
悩んだが、すぐに俺はメールを開いた。
『大好きだったよ。 由美』
「…っ。なんだよ、ちくしょぅ…」
それは俺が、一番彼女に伝えたかった言葉。
話がかみ合わなくても、価値観が違ってても。
確かに俺たちはお互いを想っていた。
受話器の向こうで、同じように由美も待っていたのか?
少しだけ残っていた可能性と、希望をいだいて。
メールの画面は、溢れてくる涙にすぐに霞んで見えなくなった。
ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました。
俺と由美と母(極少/笑)のみというちょっと狭いお話でしたが…なんとなくでも伝わっていればいいなぁと思います。
表現不足で申し訳ないです…。
でも、どうしても今書きたくて書いてみました。
もし感想・評価などいただけると幸せです。