実に愚かしい過去語り
レティの喫茶店には本棚があります。
収納されている本はどれも誰かが触ったとは思えないほど真新しそうでした。
少女は試しに本を一つ手に取ります。
開いてみると羊紙皮を使ってるかのように白茶色の紙にインクで書いた文字が広がっていました。
本のタイトルを見ようとすると、少女の脇腹近くに小さな手が本棚へ伸びているのに気がつきました。
「今日はどんな本を読もうかしら」
小さな手の主は少女よりも背が低い女の子でした。
人間かしら、と少女は振り返りました。
よく見るとその肌はカラスのように黒く目は光っているかのように赤いのでした。
「こらこらポポロ、人が立ってるのに横から本を取るなんて失礼ですよ」
ポポロと呼ばれる女の子の後ろには色は白いですが神父が着てそうな服を見に包んだ背の高い男性が立っています。
顔は包帯をぐるぐる巻きにしているので口や鼻は見えませんが片目がポポロのように赤く光っており、その見た目と彼の放つ枯れた声が合わさって少女は少しだけ表情が固まりました。
「あら、ヒトが居るわオルドー」
「ええ、ヒトが居ますよポポロ」
もう慣れたのですが珍しいものを見ているかのような眼差しを浴びている少女は何とか話そうとしますが声が出てきませんでした。
数秒間お互いが黙っていると、オルドーと呼ばれる男性はやっと声を出しました。
「ポポロ、本を選ぶのは後にして取り敢えず何か飲みましょうか」
* * *
「えっと、紅茶かブラッドオレンジジュース、どっちにしようかしら」
ポポロとオルドーはカウンターテーブルの方で飲み物を選んでいます。
少女もあのまま本棚の方に居るのもどこか気まずく感じ2人に着いて行きました。
「ねえ、オルドーはどっちが良いと思う?」
どうしても決められないのかナゾナゾの答えが分からないかのように悩んだ顔をしながらポポロはオルドーに話しかけました。
「前はブラッドオレンジジュースでしたから今回は紅茶の方が良いのではないでしょうか」
オルドーは酷く枯れた声ではありますが丁寧に答え、ポポロはたちまち笑顔になりました。
「そう、そうよね。紅茶の方が良いわよね。ヒトが横でコーヒー飲んでるのにジュース飲むなんて子供っぽいと思ってたのよ」
注文を受けたレティは「はいよ」、といつもの調子で紅茶を入れる作業にかかりました。
「ね、貴女お伽話は好き?」
「お伽話?」
突然ポポロに話をかけられた少女はオウムのように言葉を返しました。
「そう、憧れの黒馬の王子様、愛に生きて死んでいく少年少女、ずる賢くて暴力的な狼!」
暗い単語を次々と出しながらポポロの目はキラキラと星のように輝いていました。
「結構暗い話が好きなのね」
「周りからは変な子って呼ばれてた時もあったわ。暗いお話が好きなのは悪いことじゃないよね、オルドー」
再びポポロに声をかけられたオルドーは返答するまでに時間をかけずハッキリと答えました。
「ええ、悪くありませんよポポロ。みんなと違う趣味を持っていてもそれは悪いことではないしおかしくもありませんよ」
ポポロは笑顔になり、上を向きました。
「そうよね、みんなが同じものを好きになるのって退屈なだけですものね」
するとポポロは顔を素早くまっすぐに戻しました。
「ねえオルドー、話してたらまたあのお話聞きたくなったわ」
「人形師の少女とツギハギ人形のお話ですか?」
「そう、あのお話はとっても素敵なのよ」
「どう言うお話なの?」
2人の会話が気になった少女は聞きました。
オルドーはゆっくりと少女の方に顔を向けました。
「その昔、人間の友達がいない人形師の少女は願いを込めてツギハギな背が高い男性の人形を作ったのです。少女の願いは叶い人形は本物の人となるのです。それでですね」
「全部話されると楽しみが無くなっちゃうわよ」
全て話すまでにポポロがプクッと頰を膨らませながら話を止めました。
「そうでしたね、ではお話ししましょう。むかしむかし…」
* * *
「見事に寝てしまいましたね。しかもさっき軽く話したところで」
オルドーが語ってる途中でポポロは腕を枕にしながらスヤスヤ眠っていました。
「レティ、ポポロが寝てしまったので今日はもう帰りますね」
「そう、また来てね」
「ポポロノ好キソウナ本ヲ持ッテ帰ッタラドウダ?」
「いえ、また近いうちにここに来ますので」
では失礼、とオルドーはポポロを背負い店を出ようとしました。
「オルドーさん、人形師の少女とツギハギ人形ってその後どうなるの?」
どうしても話の続きが気になる少女はオルドーに声をかけ引き止めました。
「2人が仲良く遊んでいる姿を人々に知られ、人形に命を吹き込んだと誤解された少女は魔女扱いされ処刑されたのですよ」
ただですね、とオルドーは目だけを少女に向けました。
「その後少女は姿を消し人形も消えていたそうですよ」
不幸な話ですね、とオルドーはそのまま店を出て行きました。
「ここの人たちは自分だけの物語を持っているのよ」
「え?」
突然口を開いたレティに少女は驚いて振り返りました。
「面白いでしょ?」
レティは珍しく笑っていました。