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不幸せで楽しい日々

 その畑は、想像していたよりもずっと広かった。

「これこれ。この柵で囲まれるとこが、私の畑ね」

「でも、何も植わってませんね」

「そうね。私が育ててるのは、主に夏野菜なの。だから、これから植え付けの時期でね。ほら、こっちこっち」

 真理さんは畑の入口を開けて、手招きした。誘われるままに中に入る。東京で野菜を育ててる若い女の人なんて、この人以外にいるのかな、とふと思う。

 畑の土は、長細く盛り上がった所が何本かあって、いかにも畑らしく見えた。

 畑の隅には、背板の無い小さな棚があった。そこには、ポット苗がぎゅうぎゅうに並べられている。

「えっと、この段の苗が、みーんなミニトマトのやつね」

「え、めちゃくちゃ多いですね。これ全部私1人で植えるんですか」

「うん、だってミニトマト大臣だし。私はこっちの大玉トマト植えるから」

「はぁ」

 じゃあ真理さんの役職は何なんだろうか。大玉トマト大臣兼、総理大臣?

「土掘るのはこれ使って。終わったら元の場所に戻しといてね」

 しょうもない事を考えていると、真理さんからスコップを手渡された。農作業の為の道具は、棚の横の段ボールに入っているらしい。

「じゃ、さっちゃん初めてのトマト植え、いってみよー!」

「初めてじゃありませんよ……」




 そうして、私は真理さんに教えてもらいながら、着々とミニトマトの苗を植え続けた。

 少し湿り気のある、柔らかな土をさくさくと掘っていく感覚は、中々気持ちの良いものだった。畑仕事なんて泥臭いと思っていたけれど、案外悪くないのかも知れない。

 夢中になって植え続け、全ての苗を植えてしまった頃には、もう日が傾きかけていた。

「よく出来ました」

 真理さんはパチパチと手を叩いた。子供扱いされているみたいで、あまり気分は良くない。

 ま、気分の良い褒められ方なんてされない方が良いだろう。なんせ、不幸になる為にここにいるのだから。

「ありがとうございます」

「うんうん、初心者にしては結構な仕事の速さだよ。じゃ、そろそろ晩ご飯作ろっか」

「え、一緒にですか」

「うん、一緒に」




「さっちゃん、嫌いな食べ物ある?」

 水道で手を洗っていると、不意にそんな事を訊かれた。

「キノコですね」

「おっ、即答って事は相当嫌いなんだね」

「はい。生まれてこの方ずっと嫌いです」

「そっかぁ、キノコかぁ。丁度良かった」

「何でですか」

「だって、この前山で採ってきたばっかりだもん。ハルシメジ」

「…………」

 キュッ、と蛇口を捻って水を止める。真理さんはヘアゴムを口に咥えて、髪をまとめていた。

「でも絶対好きになっちゃうと思うなぁ、キノコ」

「それだけは無いです。安心して下さい」

 掛けてあったタオルで手を拭いてから顔を上げると、真理さんの髪型はポニーテールになっていた。首筋のラインが綺麗だ。

 再びジャー、という音がして水が流れ、真理さんが蛇口の下に手を差し出す。

「じゃあそうだな、グラタンとかは好き?」

「好きですね。チーズグラタンとか特に」

「おお。じゃあ、今日のメインディッシュ決まりっ。ハルシメジ入りチーズグラタンでぇす!」

「いえーい」

 嬉しいと嬉しくないの微妙なラインで、私は適当に歓声を上げておいた。

「あ、じゃあさ、一番好きな食べ物って何?」

「トマトです」

「即答だね」

「相当好きですから」

「それは良かった」

と言って、真理さんはにこりと笑った。




 料理の出来栄えは最高だった。

 真理さんはどうやら、とても料理を作るのが上手いらしかった。彼女は私に的確な指示を下し、自身もそれと同時進行で色んな作業をささっとこなしていた。

 料理出来る人ってポイント高いんだろうな、と密かに思う。何のポイントかは分からない。

 コホン、と目の前の真理さんが咳払いをした。私は椅子に深く腰掛け直して、少し背筋を伸ばした。

 テーブルの上には、色とりどりの料理達。

「ではでは……いただきます」

「いただきます」

 真理さんの後に続いて復唱したのち、スプーンを取った。

 まずはスープだ。そう思い、コーンスープの器の中をかき混ぜる。ほわほわと湯気の立ったそれは、とても美味しそうだった。

 スプーンで一口分すくって、口に入れる。

「美味しい……」

「あらっ、良かった。私もスープ飲もーっと」

 真理さんは何を思ったか、器に口を当てて一気飲みしようとした。

「あちっ」

 そして当然、やけどしたみたいだった。

「あーあ。馬鹿ですか?」

「そんな言い草ないじゃーん。こういう時に大丈夫ですかって言葉が出てこない辺り、性格の悪さが滲み出てるね」

「あ、本当ですね、すみません。でも、なんか真理さんって、そういう言葉が出てしまう相手かも知れません」

「親しみやすいって言って」

 彼女は舌を冷やす様にポテトサラダを口の中で転がしながら、不満そうに私を睨んでいた。私はちょっとだけ、頬を緩めた。

「あれ? さっちゃん、全然グラタン食べてない。こういうのは真っ先にいくもんなんじゃないの?」

「あ、はい。食べます」

 ついにこの時がやってきてしまった。もう何年振りになるんだろう。まさかこんなタイミングで、キノコを食べさせられるなんて。

 スプーンでグラタンをすくう。その中に、憎々しい形をした、あの、ハルシメジが入っている。

 落ち着け、私。たかが食べ物じゃないか、こんな物食べたところで死ぬ訳じゃない。

 ふと前を見ると、真理さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。そのいやらしい表情に、私は悔しくなって、頬を脹らませかけた。

 この位、平気なんだから!

 私は目をつぶって、勢い良くグラタンを口に放り込んだ。

 ……美味しい。

「美味しいでしょ」

「……ん、はい」

 何でこんなに美味しい物を、今まで嫌がってたんだろう。

 この歯切れの良い食感。最高だ。

「真理さん」

「はい?」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。何なら残ってるの全部食べていいよ」

「そうさせていただきます」

 もぐもぐもぐ。噛めば噛む程に、美味しい。

「真理さんって、料理お上手なんですね」

「ええ? そうかな」

「そうですよ。やっぱり独り暮らしだからですか」

「独りじゃないよ」

「え」

 …………。

「冗談冗談」

「な、何なんですか」

「うふふっ、ごめん。たまに冗談挿まないと死んじゃう病なの」

 そう言って彼女は美味しそうに白ご飯を頬張る。全く、何故か憎めない。

「でも、独り暮らしの方が腕なまると思うよ。独りだとやっぱり気が抜けちゃう」

「でも、家族と暮らしてたらお母さんが作りませんか?」

「いや、家族とかじゃなくて……もうっ、そういう事言わせないでよ」

「え? そういう事って? それに、家族じゃないってどういう事ですか?」

「やめときなさいって。意地悪い人になっちゃうよ」

 駄目だったか。純粋な娘を演じるのは得意な筈なのに。

 私に騙されないって事は、この人はひょっとしたら、信頼出来る人なのかも知れない。そんな思いが頭をかすめた、夕飯時であった。




 洗面所から廊下に出る。中より少し涼しい温度が心地良い。

 やはりお風呂というのは、入っている時も気持ち良いけれど、出た時の爽快感が何より楽しいものだ。

 真理さんに借りたパジャマは窮屈だったが、それ程気分を害する物でもなかった。

 ああ、良い気分だ。ちょっぴり感じる家族と彼への申し訳無さが、私を程良く不幸にしてくれている。

 ……ところで、寝室ってどこだっけ。

 晩ご飯を食べた後。しょうもないテレビ番組を数本見てから、真理さんは先にお風呂へ入り、上がってから寝室で待っていると言い残して去っていったのだ。

 四方を見回してみる。左側は廊下の突き当りで、扉が1つある。斜め向かいにも扉が1つあって、右側は玄関ホールと繋がっていた。

 玄関ホールの方にあったっけ。確か、向かい側はトイレだし。あ、でも左側の部屋は何の部屋なのかな。

 全く、独り暮らしのくせにやたら豪勢な家だ。人の家で迷子になったなんて、初めて。

 溜め息をついて、廊下の突き当りに向かって歩き出す。

 とその時、

「わっ!!」

「うわっ!?」

 後ろからいきなり大声が聞こえて、私は思わず身を竦ませた。

 慌てて振り返ると、真理さんが声も出せない位に笑っていた。

「っ……ふっ……あははははっ! さっちゃん、ビビりなんだー!」

 顔が思いっきり崩れている。なのに何故か可愛い。

「……いきなり驚かすなんて小学生のやる事です。この歳になると心臓に悪いから止めて下さい」

「ふふっ、年下のくせに生意気なんだから」

 艶っぽい口調で軽口を叩かれる。そっちこそ、年下みたいな顔して生意気だ。

「寝室、あっちだよ。行こう」

 彼女が指を差した先には、玄関ホールがあった。やっぱりそっちだったのか。

「うん」

「え? 今何て言った?」

「……はい、って言いました」

「もう、敬語抜けてました位素直に言いなよ。嘘つきは体に悪いよ」

「体ですか」

 真理さんの半歩後ろを歩きながら、会話を交わす。

 私が薄い素材のパジャマを着ているのに対し、彼女のはモコモコのファンシーなパジャマだった。こんなのを着ていたら、この人はますます子供っぽい。

「ね。敬語じゃなくていいんだよ?」

「でも、一応年上ですし」

「一応は余計。ま、好きにすればいいけどね」

 廊下からホールへと移る。前方の壁には扉があった。つまり、玄関入って右の位置。

 そういえばここが寝室だったと思い出すと同時に、今の今まで思い出せなかった自分の記憶力を情けなく思う。

「一緒に寝るよね?」

 ドアノブに手を掛けた真理さんが、不意に問い掛けた。

「えっと、おんなじベッドで?」

「うん。でも、客間も布団もあるから、どこで寝るかは選ばせてあげる」

 彼女は電灯のスイッチを点けながら、眠そうに、どうでもよさそうにそう言う。

 ぱちぱち、とちょっと瞬きした後に光り始めた照明を見つめて、私は一瞬だけ逡巡した。が、割とすぐに決断した。

「一緒に寝ます」

「了解」

 真理さんの手によって、照明が白から薄暗いオレンジになる。彼女が先にベッドに潜り込んで、その後私も隣に入った。

「……気持ち良いね」

「ですね」

 ベッドはかなり大きかったが、ダブルベッドではないので、2人の間に広い間隔を取る事は出来なかった。

 私はいつもの癖で横向きに寝た。真理さんの方を向いて。

 真理さんは仰向けだった。彼女の柔らかそうな栗色の髪の毛が、すぐ近くに放り出されている。シャンプーの良い匂いが鼻をくすぐった。

 彼女の横顔は、あどけない上に上品な大人っぽさもある様な、不思議な顔つきだった。

 初めて見た時はアイドルみたいな顔だと思ったけれど、よくよく見ると彼女はそんなタイプではない。ごく平凡で、現実味のある少女だった。

「視線を感じるなー」

 そう指摘されて初めて、私は自分が彼女を見つめていた事に気付く。赤面しそうになった。

「すみません」

 逆の方を向いた。彼女のシンプルな部屋が視界に入る。ここで彼女は一体、どういう生活をしているんだろう。

 長い時間を掛けて通学して。帰ってきて、畑の世話をして。それから、何をするんだろう。

 この人の事が凄く気になる。

 どうしてか分からないけど、もしかしたら。

 もしかしたら――。




「幸穂」と春樹が私の名を呼んだ。

「何?」

「お前、幸せなのか、それで」

「幸せじゃないよ。でも、これはこれでいいのかなぁって」

「俺達の事、恋しくないのか」

「そりゃ、ちょっとは寂しいよ。でも、しょうがないんだよ。そうじゃないと、私は私を辞めたくなっちゃうの」

「訳が分からない」

 拒絶された、と思った。当たり前だった。私は拒絶されて、誰にも受け入れてもらえなくて、不幸になるべきなんだと思う。

 ずっと前にそうだった様に。いじめられて、けなされて、誰にもその苦しみを分かってもらえなくて。それで当然なんだと思う。

「聞いて春樹。私は小学校の時にいじめにあった。それで、転校した」

「知ってるよ」

 うんざりした様な顔で、春樹は私の話を聞き流そうとする。

 これでいい。私の話なんて、真面目に聞いてもらえなくていい。

「それから私は毎日幸せで。でも、その幸せが怖くて。だから、私は」

 春樹は黙っていた。

「……私はあの時、逃げるべきじゃなかった」

 涙が頬を伝う。つらい。つらい。つらい。

「さっちゃん」

 春樹が言った。

「何でそんな呼び方するの?」

「さっちゃん」

「気持ち悪い」

「さっちゃん」

 春樹はなおも呼び続ける。気でも狂ったかの様に。

「さっちゃん」




「起きて、さっちゃん」

 目覚めた瞬間、春樹じゃない、と思った。

 ここにいるのは真理さん。今まで見てたのは夢で、春樹はあんなに意地の悪い人じゃない。春樹は、私を不幸にしない。

 それが理解出来た瞬間、心の底からほっとした。

「……おはようございます」

「おはよ。ね、お散歩行こうよ、お散歩」

「……急ですね」

「急じゃないよ。さっきからずっと思ってた」

 朝の真理さんは、夜の彼女よりずっと元気そうだった。ここで初めて目覚めた時と同じ様に、私の顔を覗き込んでいる。

「今、何時ですか」

「6時」

「早すぎます」

「私は5時から起きてたよ?」

 田舎の人はなんでこうも早起きなんだろう、と半ば呆れながら思う。

「ほらほら、朝ご飯出来てるから。早くしないと冷めちゃうよ?」

「分かりましたよ。起きます」

 うんざりした気持ちで私はそう言う。彼女は朗らかな微笑を浮かべた。




 7時頃になると、もう早朝とは呼べないのだろうか。

 だが兎も角、朝の空気は実に澄みきっていた。私も浄化されて、消えてなくなりそうだ。

 朝日の眩しさに目を細めながらも、空を見上げる。今日も良い天気になりそうだ。

「行こっか」

「はい」

 2人で肩を並べて、歩き出した。

 彼女の今日の服装は、落ち着いたモノトーンのワンピースだった。大人っぽい服装と子供っぽい彼女の体付きが、不思議とマッチしている。

 私はといえば、彼女が勝手に決めた縦縞ニットと膝丈スカート姿だった。私には子供っぽすぎる色合いなんじゃないかと思ったけれど、実際に着て鏡の前に立ってみると、ちゃんと可愛くまとまっていた。

 真理さんはファッションセンスまで良いみたいだった。全く、色んなところで彼女とのレベルの差を感じてしまうのだから、不愉快だ。

 でも、丁度良い具合に不幸。小鳥のさえずりを聞きながら、心地良い気持ちに包まれる。

「ねぇ」

「何ですか」

「一日でどの時間帯が一番好き?」

「今訊いたら勿論朝ですよ」

「じゃあ、お昼に訊いたら?」

「お昼です」

「夜に訊いたら?」

「夜です」

 ふっ、と彼女は頬を緩めた。

「周りに流されやすいタイプなんだ」

「ええ。環境によって人格が大きく変化します」

「そうなんだ。じゃあ、宮本真理っていう環境は、さっちゃんにどんな影響があった?」

 そう言われて初めて、真理さんと過ごすこの時間は、とてつもなく楽しいのだという事に気付く。

 でも、幸せじゃない。

「受けた影響は2つです」

「えっ、2つも?」

「1つめは、不幸という影響です」

「それは喜ぶべき事だよね」

「はい。2つめは、くだらなくて楽しいという影響です」

 彼女はちょっと顔を顰めた。

「……うーん、どういう反応をすればいいのやら」

「反応なんて要りません。正直な気持ちです」

「そっか」

 私は今、時を浪費しているのかも知れない。

 だって今日は学校だ。本来なら良い大学へ行く為の勉強をして、大好きな軽音部の部室でキーボードをいじくって、それからピアノ教室で心穏やかに演奏をする為の日だ。

 でも、この時間の為になら、沢山の事が無駄になっても構わないと思えるから。

 だから。

「……あ! ねぇさっちゃん見て、空にハルシメジが浮いてる!」

「え」

 真理さんが指差した方向を見てみる。そこには巨大なハルシメジが――という事は勿論無くて、ただ薄い雲が浮いているだけだった。

「何なんですか、ハルシメジなんて浮いてないじゃないですか」

「あれ? びっくりさせようと思ったのに、失敗?」

 眉をハの字に下げて、今にも泣きだしそうな表情をする真理さん。

「何ですかその顔」

 それが可愛らしくて、可笑しくて、つい吹き出してしまう。

 その瞬間、『カシャッ』とカメラのシャッターが切られた。

 眩しいライトの残像が消えた後に見えた真理さんの表情は、憎らしいものへと変化していた。

「おおー、良い写真とーれたっ」

「……隠し持ってたんですか、それ」

「うん。だってさっちゃんって、写真とか嫌がるタイプでしょ?」

「そうですけど。いきなり撮るなんて酷いです」

 私は眉間に皺を寄せて、なるべく怖い顔を作ろうとする。

「ごめんごめん、許してよ」

「……ちょっと、軽蔑しちゃいます」

「え……そ、そんなに?」

 私は黙って顔を背ける。真理さんが焦っているのが、気配で分かる。

 その間に私は、手に提げていた鞄の中を、こそこそと探った。

 鞄の中の物は、配置が色々と変わっていた。真理さんが私の縄を勝手に盗った時にそうなったのだろう。

 だが、ジッパー付き内ポケットの中までは見られていない様だった。

「ねぇ、そんな事で怒んないでよ。悪かったって。ね?」

 その瞬間、私は鞄からカメラを抜き出し、パシャリと彼女の顔を激写した。

「え! カメラ、持ってたの?」

「ふふっ、はい。折角山に行くんだから、写真撮ろうと思って」

 まさかこんな時に役に立つとは、予想だにしていなかったけれど。

「……ほんと、性格悪いね」

 上目遣いで睨みつけられる。尚更笑いが込み上げてきた。

「お互い様ですよ」

「生意気だな、このっ」

 また彼女のカメラが光る。

 私はそれに負けまいと、自分のカメラで彼女を撮った。

「あっ、待てっ!」

「ふふっ」

 逃げながら、追いかけながら、写真の撮り合いが始まった。広い広い山の中で、木立の間をぬって、駆け回る、駆け回る。


 空だったカメラのデータが、埋まっていく。




 それからの一週間は、あっという間に過ぎ去っていった。

 私達は畑の世話をしたり、散歩したり、読書したり、テレビを見たり、そうやってまったりと時を過ごしていた。

 2人で、本当に色々な事をした。

 山の頂の方まで登って、お弁当を食べた事もあった。

 川辺で水遊びした事もあった。

 街へドライブに出掛け、ついでに買い物へ行った事もあった。

 編み物をしながら、夜更けまで語り合った事もあった。

 その内、私は真理さんに敬語を使うのをやめた。よそよそしくて、気持ち悪く感じられたのだ。

 初めて私が真理さんにタメ口をきいた時、彼女は何故かとても喜んでいた。

 そして、『タメ口でさん付けって、あんまり仲良くない同級生みたいで気持ち悪いから』という理由で、さん付けもやめさせた。

 私は彼女を『真理』と呼んだ。そう呼べる事が、なんだか嬉しかった。

 喜ぶなんておかしな話なのだ。だって私は、彼女の事を嫌いな筈だったから。

 私を不幸にした彼女は憎らしくて、でも幸せが怖いから逆らえなくて、そういうもやもやした気持ちを抱えながら私は暮らしていく筈だった。

 なのに。

 なんで、こんなにも楽しいんだろう。

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