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第3話:パラノ将軍

「こらっ! ミラン! 何を無駄口を叩いておる」

 野太い声が私たちの横から響いた。やたら低い成分が多い。振り向くと、そこには瘤のように目の上と頬と顎の部分が膨れ上がった、40代後半らしいやたら肥満体質の男が立っており、脂肪で膨れ上がった目の上と頬の肉の間の奥深く隠れるような目が顔全体との比でやたら小さく見え、その割にぎょろぎょろしている。膨れ上がった鼻の下に、端がピンと跳ね上がった鼻髭を生やしており、その脂肪で重くなった体をうまく支えるための工夫なのか、膝と腰のあたりで変にのけぞったような姿勢をしている。この砦の司令官、パラノ将軍だ。その体が単なる肥満体でなく、下に太い筋肉と剛力を隠して持っており、それをもって歴戦の戦いを潜り抜け、ここまでの地位に上り詰めた男だという事は私もここに来てからミランに聞いていた。今も、その重さから誰もが身に付けられるわけでない、ミランと同じ厚い甲冑を装備している。


 パラノはぎょろりとした目をこちらに向けると、ミランと話していた私の姿を認めた途端、大げさに――これまで以上に後ろに)のけぞって、両腕を大きく広げてみせた。

「――これはこれは! トーイス殿ではござりませんか」

 してみせた格好と同じく、やたら大仰で芝居がかったしゃべり方であり、わざとこちらを皮肉っているのは明らかだった。

「――我が国の誉れ! 幾度もの危難を救ったぺマ王国の大占い師の連なるトーイス家の後継者たるアース様が我が軍の若輩ミランと歓談なさっていたとは! これはこれは恐れ入りまして――申し訳ないことをいたしました」

 ぶんぶんと両腕を伸ばしたままお互い手を近づけ、手を叩くような――実際は触れる前に止めていたが――素振りをする。このパラノ将軍は私を見かけると、いつもこんな調子の態度を取った。初めに私がこの砦に到着し、報告と挨拶のために伺った時以来だが、その後ミランから聞いたところの、丸っきりの一兵卒の生え抜きから、その剛胆でここまで登ってきた身として、家名を頼りに役にも立たない――と、彼は思っていた事だろう――のにのこのことこんな砦まで来て、特別扱いで遇される――私のために特別性の専用の部屋まで用意されていた――ことに対するいら立ちを感じての事だろう。そして、その印象を私のおよそ肉体事に向いていない細い体が一層強めたようで、初めて彼が私の軟弱な体を見た時の、ふんと鼻を鳴らして嘲笑した時の様子を私はよく覚えている。今もパラノ将軍はぎょろついた目を上下に動かし、私の体を上から下までまじまじと眺めている(途中で私の左胸の、家名と地位を示す五芒星の紋章に目が行ったときはそこで目を止め、特に時間をかけた)。こんな男なのに女のようにひょろひょろした体のもやしのような奴がなぜこんな所にいるのだろう、という奇妙な物を見るような目つきだ。軍人にたまにいる、愛国の義のために身を捧げて戦う自分たちこそが人間社会において最も尊い存在である、という強烈な自意識を持った男だった。


 私は返す言葉を持たず、じっと黙っていた。パラノに好かれているミランが(その勇敢と、楽天性から、彼は軍の皆に好かれ、上からは目を掛けられていた)明るい調子で、

「すみません、パラノ将軍。私の隊はあらかた準備が終えましたので、せっかく来ている友人のこいつに夜襲の効用でも教えてやろうと思いまして」

とりなしかけたが、パラノは最後に上から下へと私の体に一瞥をくれ、その大きな豚のような鼻を動かしてふんと大きく音を立てると私たちに背を向け、

「そんな事より、あとしばらくで出陣だぞ! 最後の詰めを行え! 隊の点呼、隊列の準備も待っておる!」

大きく言い捨てて去って行った。直接私の方に叱る声を浴びせなかったのは、取るにも足らない雑魚として、私をあえて無視することによってその事をかえって強く伝えようとする意識のようだった。


 確かにもう暗くなりつつあった。ミランの話に気を取られていたが、夕陽の残照も消えかけ、辺りは濃い藍の闇が支配している。あちこちでぱちぱちと音を立てるかがり火の炎の大きな揺らぎが、存在感を増している。その与える光の、微かな明るさのある宵闇の下での相対的な強さが、完全なる夜闇の到来とともに、絶対的な強さとなるだろう。今夜は月も出ておらず、夜襲にはぴったりだった。


 ミランがぽんと軽く――今度は私を気遣って、本当に軽く、私もその体勢を崩すことはなかった――私の肩を叩き、声をかける。

「すまなかったな、アース。うちの大将いつもあんな感じで。でもあれでも一応すごい人なんだぜ? 昔から陣頭に立って敵陣に真っ先に突き進んで行ったりして。ただちょっとあれだ――こんなこというのはなんだけど――お前みたいに家柄がいい相手に変に卑屈で捻じ曲がった感情があってな――コンプレックスみたいなもんか。俺と同じ――俺以上かも知らんな――貧乏な家庭に生まれ育ったからそこら辺変に意識してしまうんだろうな。まああまり気にしないでやってくれ。――それはともかく、大将の言う通り、そろそろ行かないといけない。じゃっ、またな、‘麗しのトーイス殿’!」

 最後に当のパラノ将軍の私に対する大仰な呼び方を真似ると、ウインクし、手を振って陽気に去って行く。


 私は再び一人でポツンと取り残された。

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