プロローグ
ーーー物事には全て、始まりがある。
「ファーレ(女王陛下)、例の亜種が研究所から逃走しました」
「…なに?見張りの者はどうした」
「その場にいた見張りと実験体、いずれも何者かの手によって、全て銃殺されています」
激しい雷光が、暗い部屋全体に行き渡った。
そして一瞬、稲光に照らされた女の横顔が暗い部屋に浮き上がった。
恐ろしいほどに美しく、そして氷のように冷え冷えとした雰囲気を漂わせる女王の顔が…。心なしかその顔は、酷く疲れているようにも見えた。
「そうか…報告ご苦労。ただちに研究所の修復に務めよ。後継者の件は一からやり直すしかあるまい。…下がってよいぞ」
「は…しかし、逃走した亜種の捕獲、ひいてはその原因となった襲撃者を追わなくてもよろしいのですか?」
「…無駄だろう。先ほど研究所付近の境界壁が破壊されたのを感じた。アレが外に出てしまった以上、そこからは私の管轄外だ」
「そう…ですか。ならば、致し方ありませんね。失礼します」
扉が閉まると、女王は深々と溜め息をついた。急ぎしなければならないことは山ほどある。
自分の中の時間が、もうあまり残されていないことを女王は知っていた。
残された全てのことを片付けさえすれば、あとはこの国の先を見据え、このまま安らかな眠りにつくだけである。…かつての女王達のように。
それがこの国の主としての正しい務めであり、またそんな自分を誇らしく思う。
「だがな…私はお前を羨ましくも思うぞ」
雷と共に豪雨まで連れてきたか。
静かだった部屋が、いつの間にか降ってきた雨の音で僅かにうるさくなっていた。
窓から見る外は真っ暗で、女王のいる部屋も含めて全てが真っ暗な世界。
ひたり、と窓に添えられた手が雨に触れることはない。…これからもずっと。