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招待状

作者: 坂津 遊

「ねぇ、次終わったらやらせてくれる?」

 胸の高鳴りが抑えきれない、最初の邂逅。


 午後八時、ある地方都市の寂れた総合スーパー。俺はいつものように、スーパーの三階に位置するゲームセンターを訪れた。

 小さな子供向けの前後に揺れ動くパンダの乗り物や、ゲームセンター定番のUFOキャッチャーやスロットマシンが並ぶ一角に俺の聖域がある。

 それはアーケードゲーム。最近女子小学生の間で人気沸騰中の『アイ☆レジ』のゲームだ。財布から百円を取り出し、ピンク色の筐体に投入する。しばらくして現れた赤髪の少女は微笑みながら、普段通りの言葉をかけた。

「ようこそ、『アイ☆レジ』へ!」

 美奈たん、また来ちゃった。今日はフルコンボしてみせるから。心の中で返事をする。

 ここで俺の日課を述べるにあたって、『アイ☆レジ』の説明をしよう。『アイ☆レジ』は元々アーケードゲームだが、人気に火がつき漫画、アニメさらには映画とメディアミックスを拡大しているコンテンツのことだ。アイドルのレジスタンスを略した名前がタイトルとして使用されている『アイ☆レジ』は、その名の通り、アイドル達がレジスタンスとなって芸能界の破壊を企む時の権力に立ち向かう話である。立ち向かうとは言っても現実世界におけるレジスタンスのように戦闘を繰り広げるのではなく、歌とダンスを駆使してエナジーをチャージし、バトルを行うのだ。ビームが飛び交ったり建物が爆発したりする描写はあるものの、その辺りは「元々の」対象年齢層の女子小学生達に配慮した作りになっている。

 ……もう少しご清聴願いたい。興味が無い人にとっては苦痛だということは重々承知しているが、説明しないことには話が進まないのだ。

 話を戻そう。公権力に目の敵にされたアイドル達は、秘密裏に活動を行う必要があった。そこで、アイドルとしての秘めたる才能、そして純真なる正義の心を持った少女をスカウトする手段として「招待状」が使われたのだ。その「招待状」を受け取った少女達は、レジスタンス集団『アイ☆レジ』に加入し、アイドルへの階段を駆け上がっていく……と、まあ、これが大まかな話の筋だ。

 それを踏まえた上で、コーディネートゲームやダンスゲームを経て、時の権力とバトルを繰り広げるのがアーケードゲーム版『アイ☆レジ』の一通りの流れである。俺はこのアーケードゲームをするために毎日、午後八時に総合スーパーの三階へ行くという訳だ。

 美奈による『アイ☆レジ』の世界観の説明(スキップすることも可能だが俺のジャスティスに反する)が終わった後、キャラクターの選択画面に移った。もちろん美奈一択。その後のコーディネートゲームで、白のブラウスと紺のショートパンツを美奈に着せた。

 完璧だ。ここが公共的な場でなかったら、ドヤ顔で両手をガッツポーズ――俗に言う「コロンビア」のポーズ――をしただろう。美奈のハツラツとした印象を損なうことなく、清楚な雰囲気を醸し出すことに成功している。俺の手腕が遺憾なく発揮された当然の結果だと言うこともできるが、その表現では不十分だ。

 美奈たんが「ぐうかわ」だから、何を着ても似合うんだよ。

 心の中で、言い足りなかった言葉を美奈に囁く。これが次のダンスゲームをする前に行うおまじないだ。

 ダンスゲームが始まった。いつも通り序盤はノーミス。問題はラストのサビにかけての部分だ。

 対象年齢が女子小学生のゲームなのに意外と難しい。某太鼓ゲームのように難易度が選べるため、当然ながら俺はハードモードでプレイしているのだが、恐らく小学生にはまともにプレイすることすらできない難しさなのだ。大きなお友達向けに設計されたモードだともっぱらの噂である。

 間奏部分のダンスもノーミス。いよいよラストのサビだ。俺のコンディションは今までのプレイの中で最高だった。今日はフルコンボできそうだ。そう確信した瞬間だった。


「ねぇ、次終わったらやらせてくれる?」


 思わず振り返ってしまった。フルコンボならず。俺の操作を受けなくなった美奈はアーケードゲームの液晶の中で棒立ちになっている。だが振り返った瞬間、現実世界の俺も棒立ちになってしまった。

「美奈……たん?」

 意図せず口から漏れ出た言葉。そう、目の前に立っていたのは、美奈を二次元世界から現実世界に引きずり出したかのような少女、俺の理想が具現化した少女だったのだ。



 ダンスゲームはいつの間にか終わっていた。画面には俺史上最低スコアが表示されている。画面内で美奈が「ざんね~ん☆」と可愛い仕草をしてもスルーしてしまうほど、目の前の少女に気をとられていた。

 目の前にいる少女は髪こそ茶色に近い黒色だったものの、他の特徴は美奈そっくりだった。肩先まで伸ばした髪。あどけなさを感じさせる丸顔。大きめの瞳に可愛らしさを醸し出すまつげ。健康的なスレンダー体型。どこを取っても美奈の特徴がよく表れている。美奈は小学五年生という設定だが、少女もその辺りの年齢だろう。

「あ……ゲーム、終わっちゃったみたいだね……」

 かろうじて出てきた言葉は、さっきまでゲームに勤しんでいた者に相応しくないものだった。それほどまでに動揺していた。アーケードゲームの前から離れる足取りも、自分の足を動かしている感覚ではなかった。

「じゃあ次は美香の番だね」

 そう言うと少女はアーケードゲームの前に立ち、慣れた手つきで操作していく。少女は俺と同じく美奈を選択した。……さっき、この少女は自分のことを何と言った?

「美香だよ、お兄さん」

 俺の疑問を先取りする形で少女が答えた。

「さっきお兄さん、美香のこと美奈って呼んだでしょ。なんか美奈に似てるみたいだから皆に言われちゃうんだ~」

 そう言うと少女は操作の手を一旦止め、俺の方に振り向いた。

「よろしく、お兄さん」

 美香という少女の微笑みは、美奈そのものだった。


 美香のダンスゲームの実力は「ぱないの」の一言に尽きる。俺が選択した楽曲をハードモードでプレイし、見事ノーミス。しかもプレイ中の横顔からは余裕さえ窺えた。

「よっしゃー!フルコンボ達成~!」

 ゲームを終え、美香が微笑みながら言った。笑顔が眩しいとはこのことを言うのか。

「ごめんね、お兄さん。ゲームの途中で声かけちゃったりして」

「あ……あのこと?いいよいいよ、達人級のプレイ見せてもらったし」

「良かったぁ~、お兄さん怒ってるんじゃないかって心配だったんだ」

 美香はまた笑った。つくづく笑顔が似合う。笑顔を絶やさない点も美奈とそっくりだ。

「『アイ☆レジ』はいつから始めたの?かなりの腕前みたいだけど」

「うーん、二年くらい前かな」

 なるほど、そういう訳か。『アイ☆レジ』は約二年前にアーケードゲームが稼働し、その一年後にアニメがスタートした。美香はアニメが始まる前からゲームを嗜んでいたヘビーユーザーだということか。

「もともとアーケードゲームが好きだったの?」

「ううん、『アイ☆レジ』が初めて。ずっと『アイ☆レジ』ばっかりやってるの」

 ほう、これは筋金入りだ。俺なんかが太刀打ちできないのも頷ける。

「お兄さんはいつからやってるの?」

「アニメが面白くてゲームの方も始めたんだ」

「もしかして美奈が可愛くて?」

「そうだよ」

 美香は小さくジャンプしてアーケードゲームから降りると、俺の目を見つめて言った。

「ねぇ、『アイ☆レジ』のこと、美奈のことをもっと話そうよ!」


 人と話すのは何ヶ月ぶりか。コンビニや外食チェーン店の店員とは言葉を交わすことはあったが、会話らしい会話は久しくしていなかった。

 恐らく母との電話が最後だろう。今でも最悪な会話だったと思う。

「これまでちゃんと大学行ってたの?もう四年生でしょ、就職活動してるの?たまには連絡よこしなさいよ」

 ここまでは何度も耳にしている言葉だった。

「その……あんたかハマってるアイドルなんたら、アイマジ?だっけ、そればっかりやってたらその世界に取り込まれるわよ!」

 この一言に俺は激昂した。確かに大学には真面目に行ってなかった。コマを限界まで埋めてやっと卒業できるレベルだ。就職活動もしてない。というか、大学卒業を優先するなら就職活動はできるはずがない。しかし、就職活動を優先すれば大学を卒業することはできず、結局無残な結果となる。この二点は耳が痛くなるほど聞いてきた。俺はこれらに関しては何ら怒っていない。むしろ諦めている。

 問題なのは最後の『アイ☆レジ』に関する発言だ。アイマジって何だよ。そもそも、『アイ☆レジ』の世界に取り込まれるって何だよ。二次元に行けるなら土下座してでも行ってやるよ。

 俺のことを非難するのは構わないが、『アイ☆レジ』を侮辱するような態度が気に食わなかった。母に罵詈雑言を浴びせ、一方的に電話を切った。今でも母のむせび泣きが頭から離れない。反省するつもりはないが、後味は悪かった。

「……だと思わない?ねぇ、お兄さん?」

「ん……ああ、ごめん」

「さっきからぼーっとしてたでしょ、顔も暗かったよ」

「何でもないよ、話の続きは?」

 俺はゲームセンターのそばにあるベンチに座って美香と話をしていた。美香は俺の前で手を後ろに組んで立っている。俺の顔を覗き込む美香の表情からは不満の色が窺えた。

 いつの間にか上の空で美香の話を聞いていたようだ。頭を切り替えて美香の話に集中する。

「だから、三十四話で美奈の衣装がまだ完成してなくて大ピンチの時に……」

 ここから先は割愛させてもらおう。なにせ、美奈オタクを自負する俺ですら会話についていくのがやっとな内容だったからだ。俺よりも美奈について詳しい美香。この少女に対して次第に引き込まれていった。

 会話は進み、ある場面における美奈の心情についての話題になった。

「あー、あの時の美奈の表情はそういう心情を表しているという解釈もできるのか」

「そういう解釈『も』じゃなくて、そういう解釈しかないんだよ」

「……ん?」

「美奈はそういう気持ちだったの、絶対」

 美香が断言するかのように話したのは違和感があった。まるで美奈のことを直接知っているかのようだ。

「あ、もう九時五十分だよ。このスーパー閉まっちゃうよ」

 美香が時計を指差す。スーパーの閉店時間は午後十時だ。

「あ、ホントだ……。そろそろ帰らなきゃね。そういや美香ちゃんはどうやってここに来たの?親御さんは?」

 美香との甘い時間から現実に引き戻され、重大な事実に気づく。俺と美香が出会ってから二時間近く経っているものの、一向に親が現れる気配はない。

 その疑問に美香が答えた。

「大丈夫だよ、お母さんが一階の駐車場で待ってくれてるもん」

「そうなの?」

「うん、いつも仕事帰りに駐車場で待ち合わせてるんだ」

 もしかしたら美香は育児放棄されているのではと心配したが、どうやら杞憂だったようだ。

「そういうことなら家まで送り届けなくても大丈夫そうだね、気をつけて帰ってね」

「お兄さんもね」

 美香がウインクをした。現実世界でこんなに自然なウインクを見たのは初めてだ。成長したら一流女優として名を馳せてもおかしくない。いや、天才子役としても申し分ない。

「ねぇ、また明日も会えるよね?八時に会おうね!」

 俺がゲームセンターを離れる際、美香が背後から声をかけた。もちろん、とだけ返事をした。それ以上話すと涙が出ているのがバレそうだったからだ。

 なぜ、人と心を交わす楽しさを忘れてしまっていたのだろうか。その問いには答えられなかった。


 美香と出会ってからの日々は彩りが添えられた。午後八時が近づくにつれ胸が高鳴る。アーケードゲームを交代で数ゲームした後、美香と『アイ☆レジ』談義に花を咲かせる。閉店までの二時間が一日の中で最も幸せな時間だった。

 不思議なことに、美香と一緒に過ごす幸せな時間は誰にも邪魔されることはなかった。以前は一人でプレイしていると不良高校生に「ロリコン」だの「変態」だのありきたりの中傷を受けることがあったが、今では何も言われない。まるで俺のことが視界に入っていないかのように。

 不思議な点は他にもある。男子大学生が少女と一緒にいるという奇異な状況であるにもかかわらず、好奇の視線を向けられることがないのだ。以前は、運悪く子供を連れた親に遭遇すると冷たい視線が俺に向けられた。スーパーに来る親子連れが減る午後八時という時間帯であっても、そうしたことは何度かあったのだ(ちなみに、『アイ☆レジ』の本来の対象者がゲームをプレイする時間帯を回避するために、俺は午後八時を選んでいた。)

 どちらも俺には好都合だった。一目を気にすることなく、大好きな『アイ☆レジ』を味わえる。美香との会話を楽しめる。いつしか不審に思う気持ちよりも高揚感の方が勝っていった。


 初めての出会いから一ヶ月が経とうとしていた。

「……美香も美奈みたいなアイドルの服着てみたいな」

 美香が発した何気ない一言が気にかかった。

「ああいう衣装を着てみたいの?」

「もちろん!」

 美香が笑顔を返す。

「でもいつもの美香の着こなしも可愛いと思うけど。とっくに美奈並だよ」

「そうじゃないの、アイドルみたいな服を着てみたいってこと。アイドルになってみたいの」

 アイドルの美奈になってみたい。その言葉に俺の心は揺さぶられた。

 閃いた。美香に「招待状」を届けよう。


 全く便利な時代になった。少女向けのコスチュームもネット通販を使えば人目を気にせず買える。もちろん買ったのは『アイ☆レジ』の美奈の衣装だ。他にもこれまで美香が着ておらず、なおかつ似合いそうな服を数点買った。かなりの出費になったが今の俺には関係ない。ほとんど服がかかっていないクローゼットに少女向けの服が並べられた。本当は自分の手でコスチュームを完成させたかったのだが、あいにく俺には裁縫の技術がほとんどない。それでもオリジナリティを出したかった。そこで、劇中で美奈がハマっているネコのキャラクターのアップリケを胸元に縫い付けた。気に入ってくれるだろうか。

 衣装は揃った。あとは「招待状」だ。ここで、『アイ☆レジ』を毎週欠かさず録画していることが生かされた。第三十八話「新たなメンバー!」、開始七分三十秒。アイドル勧誘の招待状が大きく映し出された。一時停止ボタンを押して、招待状を観察する。招待状の柄、色、筆跡までそっくりに真似るためだ。慣れない作業に四苦八苦した。デスノートを一晩で手書きコピーしたジェバンニをここまで羨ましく思う人は俺以外にいないだろう。何度も試行錯誤して、とうとう完成させた。美奈の可愛らしさ溢れる丸字を再現できた。完璧だ。準備は全て整った。


 午後八時。俺は物陰に隠れ、美香がアーケードゲームに向かうのを観察する。美香は異変に気づいたようだ。アーケードゲームに招待状が置かれている。美香は招待状を手に取り、封を開けた。ここまでは順調だ。美香が招待状を一通り読んだのを確認し、俺はアーケードゲームの方へ向かった。

「美香、何読んでるの?」

 あくまで平静を装う。疑われないよう、慎重に。

「これって、もしかして……」

 振り向いた美香の顔は明らかに高揚していた。嬉しさを隠しきれていない。

「それは……招待状?」

 俺はまるで初めて知ったかのような反応を装った。美香から招待状を受け取り、演技を続ける。

「この招待状、『アイ☆レジ』のアジトの場所も書かれてるのか。スーパーから歩いて行ける距離にあるみたいだね」

「美香……『アイ☆レジ』に招待された!なりたい、アイドルになりたい!美奈みたいになってみたい!」

「地図通りに行けばアジトに行けるんだな……良かったら連れて行こうか?」

 美香は目を輝かせて言った。

「本当?行きたい!」

 計画通り。


 招待状に示されていたのは『アイ☆レジ』のアジトではなく俺のアパートだ。そこまで美香を連れて行く。出来るだけ人目を避けて、暗く細い路地を歩く。時折現れる電灯が俺たち二人の影を照らし出した。

 アパートに着いた。開け慣れた扉に目を向ける。

「ここがアジトみたいだね。入ってみようか」

 美香は全く疑っていないようだ。何もかも上手くいっている。

 扉を開けた。ワンルームの部屋に所狭しと並べられた美奈グッズ。クローゼットには美香のための衣装。テレビには録画した『アイ☆レジ』がエンドレスで流れている。

 俺は自信に溢れた表情で美香を見やった。美香は驚嘆の色を浮かべている。


 ……はずだった。だが、美香の様子は全く違った。

「あーあ、せっかく上手く騙されたのに。何これ?アジトもちゃんと再現してほしかったな」

 美香の態度が豹変した。言葉が出てこない。その一方、美香は言葉を続ける。

「結局詰めが甘いんだよなあ。普通なら警察が声かけそうな事案なんだよ?まあ、周りの人からしたら『お兄さん』がニヤニヤしながらスーパーのベンチで独り言を呟いているようにしか見えなかっただろうけど。それすら気持ち悪かったから美奈の力でなんとか誤魔化してたんだよ……。それとさ、道中に何度もにやけてたの、普通の神経した少女なら気味悪くて逃げ出しちゃうよ、『お兄さん』」

 美香は土足で部屋に上がる。

「『お兄さん』の家なんでしょ、入りなよ」

 美香の言葉に抗えぬまま土足で部屋に入った。美香は一方的に話し続ける。

「随分とグッズ集めてるね。まあ結局、美奈の金になるから良いか。美奈の財布係にぴったりだね」

「毎回毎回、美奈のシーンばっかり再生してたよね。あれホントに気持ち悪かったんだよ、『お兄さん』。アイドルやってるこっちの身になってよ」

「衣装まで丁寧に揃えちゃって……あ、でもこの服良いなあ。『お兄さん』のセンスにしてはマシなんじゃない?来週はこれ着てみようかなー。ありがたく思ってね」

「うわ……何でアイドルの衣装にアップリケつけてるの……気持ち悪い。やっぱ着るのやーめた」

「あーあ、今回もどうしようもない『お兄さん』だったなあ。美奈のファンって皆頭がいかれてるんだもん。嫌だなー、まあでも仕方ないか」

「ねぇ、美奈の話ちゃんと聞いてる?毎週欠かさず観てる『お兄さん』なら知ってるよね?先週の放送で、極秘ライブ中に政府の犬が乱入してきた場面」

「あれ、尺とかグロさとかの都合でカットされたシーンがあって……。実は観客の何人かが戦闘に巻き込まれて死んじゃってるんだ」

「そこでエキストラの観客を補充しなきゃならなくて……。あとは……言いたいこと分かるよね?二次元に行きたいってあんなに呟いてた『お兄さん』なら」

 先程からの怒涛の展開についていくのがやっとだった。美香は偽りの姿、俺の目の前にいるのは……本物の美奈。美奈たん。

「ほら、二次元に行きたいんでしょ?美奈からの『招待状』、受け取って」

美奈たんが手を伸ばす。二次元に行ける。俺は迷わず手を取った。

「さぁて、『お前』は何週生きていられるかな?」



 昼夜戦闘が繰り広げられる『アイ☆レジ』の世界で、俺は何とか辛うじて生き延びている。今のところ、極秘ライブにも全部参加している。三次元であれだけ『アイ☆レジ』に身を費やしてきたのだ、本場の二次元で家業を疎かにする訳にはいかない。

 俺と似た境遇の人にも何人か会ってきた。だが、先週の大規模な戦闘でほとんど全員死んでしまった。あんな爆撃をくらったら誰でも一瞬で灰と化してしまう。俺も何度か死の淵をさまよったが、その都度美奈たんのことを思い出して持ちこたえてきた。

 このまま最終回まで逃げ切れるだろうか。アニメの人気具合からして二年目に突入するのは間違いない。そうなると、あと一年は公権力から逃げ続けなければならない。果たしてそこまで気力が持つかどうか。

 他にも脅威はある。『アイ☆レジ』のファンは、アイドル達の憂さ晴らしとしてサンドバッグにされるのだ。少女達は毎週バトルを繰り広げるのだ、精神が病んでもおかしくない。テレビで放映される表の顔を維持する為に、画面外ではストレスを発散させる。その対象が俺達という訳だ。

 さすがにそろそろ限界かもしれない。アニメ一周年まであと二回。この回までが当面の生きる目標だ。

 もしも願いが叶うのなら、無事に生き抜いて、もう一度母と話したい。


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