視界の壁
「………うーん」
鏡の中の自分を覗きながら前髪の一部をつまむ。
伸びたなぁと思う。
目が隠れるくらい長く厚くなった前髪。
邪魔じゃないかと問われればイエス。
切ればいいと言われればノー。
長い前髪は視界不良になりがちなのだが、私本人としてはその方が落ち着く。
人と人との壁みたいな。
視線と視線の先に壁がある。そんな感じで落ち着くんだよ。
「鬱陶しい」
友人にバッサリと言い切られた前髪だけど、私としては何ら問題ない。
問題点を挙げるとするならば視力低下だろうね。
人と人との壁は私にとって心の距離を測るためのもの。
普段から前髪を下ろして行動するため、周りからしたら鬱陶しいだろう。
でも私は真っ直ぐ何かを見れるほど聡明じゃないの、純粋じゃないの単純になれないの。
綺麗な世界も汚い世界もこの目で見なくてはいけないのならば、少しでも見にくくして壁を作り上げる。
前髪を上げる時はきっと心を開いた時。
正面から真っ直ぐに見える時。
「………ねぇねぇ、れーたん」
隣で読書をしている友人の肩を揺する。
すると邪魔するなとでも言いたげな目で睨まれてしまった。
じっとれーたんを見つめる。
透き通る肌に涼やかな瞳、前髪はいつだって横わけで視界良好だ。
きっと彼女の見える世界は綺麗だ。
そんな綺麗な彼女の綺麗な世界に私は存在しているのだろうか。
「いつか、もっと、ちゃんと、れーたんを見たいなぁ」
そう言うと彼女は訝しむように眉を寄せた。
見てるじゃないと言う彼女に対して私は曖昧に笑う。
見てるけど見てないんだよなぁ。
前髪を整える様に指先で弄ると彼女は私の腕を掴んだ。
読みかけの本はいつの間にか閉じられている。
近付いてくるれーたんの不機嫌そうな顔に驚き、僅かに身を反らす。
椅子の硬い背もたれが当たる。
ギュッと目をつぶるとシャキッなんて軽い音。
「………えっ」
シャキシャキシャキッという音。
はい、なんてれーたんの声に嫌な予感しかしなくてゆっくり目を開けると、視界良好の世界。
体を元の位置に戻したれーたんの右手には、青い持ち手のハサミが握られている。
伸ばされていた前髪が、サッパリ目もと程までに切りそろえられているのだ。
流石にこれは酷い。
ちょっと涙が滲む。
れーたんはスッキリとした表情で私の顔を覗き込む。
「これで見えるでしょ?」
強行手段って言葉をれーたんは知っているのかな。
短くなった前髪を撫でながられーたんを見つめる。
楽しそうなれーたん。
夕日が差し込む教室で笑うれーたん。
「まぁ、うん、程々に綺麗だよ」
彼女と私の前の壁が取り払われた。