それから
儀礼服に半ば無理やり腕を通され、いつもは放っておかれる髪の毛にも櫛がいれられる。自分ですることなど言われた通りに体を動かすことくらいで、久々に「あー、俺おぼっちゃまだなあ」と謎の再確認をした。
「ぼっちゃん」
「え、あ、なに」
「よかったですねえ」
メイドの一人に茶化されて、目の下が熱くなるのを感じた。何とは言われていないが、エレナとのことだろう。
照れ臭くて「あー」としか言えずにいると、メイド達がニヤニヤ笑い始めた。くそ、思い切りからかわれてる。
「ふふ、ぼっちゃん一途でしたものねえ」
うちのメイドはフレンドリーで楽しい人達だが、こうして質が悪い時があるので若干困り者だ。
笑いながらも準備を済ませてくれた彼女らは、最後に「その熟れたリンゴのようなお顔はどうにかしてくださいませね」と爆笑で見送ってくれた。
あとで覚えてろ。心の中で毒づきながら、踏みつけるようにドシドシと廊下を渡り、父上達の待つ談話室の扉を開けた。
「終わりました」
「おお、レオ…ン…ふ、似合わんなおまえ」
「貴方ほどではございませんことよ父上」
おほほ。と変な笑いも付けてやった。
父上と微妙に睨み合っていると、ケラケラ笑いながらそれを見ていたエレナの父上殿が立ち上がり、うんうんと頷いた。
「じゃじゃ馬だが、ひとつよろしく頼むよ。なあ、レオン」
「え!?あ、いや、はい…」
楽しそうな声色で感傷に浸るような事を呟きながら歩み寄ってきた彼は、俺の肩に手を置いて「可愛げだけは保証しよう」と囁いた。なんの話だよ。
「しかしまさか悪ガキ二人がくっつくとはなあ」
「まだまだ子供だと思っていたけれど、そうも言ってられませんな」
はっはっは!とフランクに笑いあって好き放題言いたい放題な父上達に殺意の念が浮き上がってきて、ぐぬぬと拳を握りしめていると、俺が背を向けていた出入口の扉がまた開かれた。
振り向くとそこには俺とエレナ両方の母上と、
「似合う?」
綺麗なドレスをふわりと翻して微笑む、愛しい愛しい女の子の姿があった。
「あ、あー。うん」
「微妙な返答ね」
「レオンったら、照れてるのよ」
訝しげな顔をするエレナにどう返して良いものかと戸惑っていると、さらに母上が追い打ちをかけてきた。ええい笑うな。
「さあ、準備も調ったことだし、始めるとしようか」
我が父の声に、母上が、エレナの両親が賛同し頷きあう。
窓から見える広場を覗けば、もうそこには人がわやわやと集まっていた。町のみんなもお貴族様達も、催し物だとか祭事だとか、大好きだもんなあ。
そう。今日は、婚約披露儀の日。




