これから
「夜に抜け出すのは初めてかしら」
エレナは悪戯が成功した子供のようにウヒヒと笑いながら、安全用に設けられた木柵に手をかけた。
「そうだな」
「夜の街って、こんなに暗いのね」
俺たちは街灯も就寝した街の中、海が見渡せる高台へ月に照らされながら足を運んでいた。
切り立った崖の奥にぷっかりと浮かぶ月に優しい眼差しを向けているエレナの横へ並ぶと、ふいに彼女はその大きな瞳に俺を映した。
「どうした?」
「レオン、かっこ良くなったなって」
「…は!?」
突拍子もないことを口にしたエレナと目を合わせているのに耐えられず、勢い良く顔を背けた俺の目には、今度はあっちへこっちへ揺れている海が映った。
「何だよ急に」
「先に変なこと言い出したのはレオンじゃない。何よ下心って」
「…まあ、うん、そうだけど」
先ほどの自分の発言を思い出して、顔から火が出そうになった。
早く熱が退くように無心で波の満ち引きを数えているとエレナも同じように海を見つめ、再び口を開く。
「貴方に、幸せになって欲しかったの」
小さな小さなか細い声が、潮鳴りに混じって聴こえた。
「優しい貴方を独り占めしたくて、でも、その優しさに甘えて貴方を縛り付けてしまうのは、一生貴方を苦しめ続けることになるんじゃないかなって」
「うん」
「バカよね。こんな風に突き放す方が、貴方を傷つけてしまうのに」
人を愛するって、難しいのね。なんて他人事のように言い放ったエレナに、少しばかり呆れにも似た感情が滲んだ。
「おまえさ、肝心なとこで鈍いのな」
「失礼ね」
ぷくり、頬を張り俺を睨みつけるエレナ。
そんな彼女の髪の毛に手をかけると、それはするりするりと俺の手のひらから逃げて行った。
不思議そうに見上げたエレナと目が合って、なんだか酷くこっ恥ずかしい。
「俺の幸せを願ってくれるなら、隣に居させてくれよ」
恥ずかしさ紛れエレナの細い指に俺のそれを絡ませた。
声が小さすぎたかな。聴こえてなかっただろうか。ああ、やはり格好がつかない。なんて思考していると、エレナの指に心なしか力が入った。
「ねえ、レオン」
「なに」
「ずるいよ。ちょっとだけ、ドキドキしちゃった」
月灯りの下、恐らく俺と同じくらい火照った頬を隠そうともせずニッコリ微笑みを浮かべるエレナを見て、ああこいつには一生敵わないなと俺は確信した。ずるいのはどっちだ。
「…帰るぞ」
「レオン、顔真っ赤っか」
「おまえもな」
「レオン」
「ん?」
「ありがとう」
怒られるのは、いつだって二人一緒だったんだ。
辛い思い出も半分こしよう。
「一人で背負おうとするなよ。さみしいだろ」
「うん」




