そして
暗がりの中。こっそり屋敷の裏に回り、二階にあるエレナの部屋の窓に草を巻いた石を投げつけた。コンと鈍い音がして、緑色の玉は再び俺の手の中に落ちてくる。
しばらく待ってもエレナの反応は無く、留守なのだろうかと疑いつつもう一度石を構えた時。内側にぶらさがったレースのカーテンがふわりと揺れた。
「よっ」
俺をその目に捉えて目をまん丸にしたエレナに片手を挙げて見せると、彼女はこの間と同じように淋しさを隠したような顔をして、ゆっくり窓を開けた。
「お久しゅうございます。エレナお嬢様」
「…ごきげんよう」
「待て待て!何拗ねてんだよ!」
むしろ折角勇気を出して思いを告げようとしたところをあんな風にはぐらかされて、本来拗ねたいのは俺だというのに。
窓を閉めようとしたエレナに制止をかけると、彼女は素直にガラスから手を放した。もともと本気で閉めるつもりは無かったのだろうか。
「…話くらいはきこうぜ」
「話によるわよ?」
「こないだエレナお嬢様に遮られた話」
「ごきげんよう」
「だからそれやめろって!」
こいつ、遊んでやがるな。
にこやかに天丼され突っ込む気力も吸い取られていく。
「レオン、言ったでしょ?貴方に責任は」
「無いってんだろ?わかったよ。」
「何が…」
「おまえこそ何がわかってんだよ」
少しだけ、怒声寄りになっていたかも知れない。エレナがどんな表情を浮かべているかも確認せず、俺はまた喉から言葉を押し出した。
「あの森での事は、忘れられない。時々胸が苦しくなって、俺が止めていれば、俺がもっと早く狼に気付いていればって後悔が押し寄せるんだ。」
「うん」
思えばこれが初めて、彼女に向けて吐いた弱音だ。
エレナがあの時のことを気にしているのはわかっていたからこそ、言えなかった本音でもある。
「俺の想いの中には、エレナの言うとおり責任感もある。けどそれだけじゃない。憧れと、一緒に居たいと思う気持ちと、」
「うん」
「それから、下心もあって」
「う…え!?」
顔が熱かった。本来こんなことは直接言うようなことではないのだろうが、弾数の少ない俺にはどんな些細なことでも装填されるべき武力だった。つまりまあ、半分自暴自棄ってやつだ。
エレナに想いが伝われば、なんでもよかった。
「だから俺は、何が一番に立っていようと、エレナが好きだ」
「レオン…」
「手放したくないんだ」
思い出も、あの白詰草の冠も、笑顔もお腹の傷も、全部全部、
「俺のものであって欲しいって、思うんだ」
熱に浮かされ声が震える。最早格好がつかない。
自分の先走る感情になかなか追いつけないでいると、ふいにエレナが「あのね」と声を鳴らした。
「レオン、ごめん」
「え」
一気に頭が冷えて、先ほどまで突っ走っていた感情がダッシュで帰ってきた。おかえり。
バッサリと切り捨てられたのか?
正直なところ、エレナも自分のことを想っているのだと驕っていた部分も否めない。過信だったのだろうか。
ショックが顔に出ていたのか、高台から見下ろすエレナの方から、クスクスと笑い声が聴こえる。傷心させた相手を笑うとか性格ねじ曲がってるんじゃないかとか、俺は俯き半ば八つ当たりにも似た考えをぐるぐるさせていた。
「違うのレオン、そんな顔しないで」
「何が」
「いま謝ったのは、こないだのこと」
「え?」
彼女が言うこないだとは、人の決死の告白をはぐらかしたことだろうか。
「私、いじわるしちゃった。」
「いじわる?」
「レオンが全部話してくれたんだもの、私も素直になる。」
このままじゃちょっと話し辛いわ。と何かを求めるように、頬杖ついて俺の方をじったりと見下ろしたエレナに両腕を広げて見せると、彼女は待ってましたと言わんばかりに窓に手をかけ、勢い良く飛び降りた。
「うわっと」
「ナイスキャッチ」
あの時は持ち上げることすら叶わなかった愛しい体を、今度はしっかりと抱きとめた。




