いま
「洞窟に行った話をね、お父様にしたのよ」
「げっ。なんでだよ」
「話のタネにしようと思ったのだけどね、また無茶して!って怒られたわ」
「そりゃそうだろ」
後でレオンも叱るから呼んでこいって言われたわ。と聞いて、勿論黙って叱られに行くような良い子ではない。
適当にはぐらかすことにしよう。
「昔からだよな。どっちが言い出しっぺでも、怒られるのは何故か二人まとめて」
「ふふ、そうね」
「あの時も、そうだったな」
確かめるようにエレナの方を見ると、彼女は少しだけ顔を曇らせいた。
当たり前だ、忘れる筈がないんだあんなこと。
「大怪我してるのに、目を覚ました途端ガミガミ叱られてたもんな」
「そうね、子供心ながらさすがにあれは酷いと思ったわ。」
「でもまあ、無事で良かったよ」
俺が笑い飛ばすと、エレナも同じように笑った。
「なあ、エレナ。お腹、もう痛くないの?」
「うん。全然平気」
「そっか」
「レオンはずっと私の心配してるわね」
エレナは困ったように眉根を寄せて、俺を見上げてくる。
「そりゃあどっかの誰かさんがぼーっとしてるから自然となー」
「あら。私、結構敏いつもりよ?」
くすりと頬を緩めて俺を見上げた双眼に、半分諦めにも似た感情がぐらりぐらりと煮えてくる。
「特に下心なんかは分かり易いもの」
「…一番身近な下心には気付かないくせに」
「え?」
「なんでもない」
態とらしかっただろうか。無理矢理不機嫌を繕って声を荒げれば、彼女は首を傾げて見せた。
君のわがままに付き合うのも、君が拾ってきた花の名がすぐに解るよう書物を散らかすのも、守りたいと思うのも
「レオンはやっぱり、優しい」
「そんなことない」
全部全部、
「あのな」
「なあに?」
「エレナのことが」
好きだからだよ、まで言うことは叶わなかった。
目の前の彼女が、悲しげな顔をして俺の口を両手で塞いだんだ。
「エレナ…?」
「駄目だよ。」
「なにが…」
「レオンは、優しいの」
俺を映すエレナの瞳が、切なそうに揺れた。
「私の怪我のことなんか、忘れていいんだよ」
「え…?」
「貴方に責任なんか、無いんだよ」
ドキドキする。
これは、エレナと見つめあってるからとか、エレナの掌が俺の唇に触れているからとか、そういうのじゃなくて。
嫌な雰囲気だ。
「俺は、」
「焦りは禁物だぞ若人よ」
ふっといつもの様子に戻ったエレナは俺の口から手を放し、またニコリと微笑んで見せた。




