つぎのつぎ
「ごめんねー」
「気にしなさんなお姫様」
「嫌味っぽいなあ」
長い長い岩の坂道を登り上げ明るみに出た時、猟銃ぶら下げた物騒なお嬢様がびっこひいて歩いていることにやっと気がついた。そのまま歩かせておくわけにはいかなかったからおんぶして、今に至る。
「重い?」
「昔よりは随分重いなー」
「そうかー」
背中に乗せた彼女の呼吸が、俺のうなじにぶつかって鼓動が少しアクセルを踏み込んだのは内緒だ。
ああ、昔もこんなことがあったなあ。いつも通り森で遊んでいて、こいつが大怪我しちまって、それを俺が引きずって帰ったんだったっけ。本当はお姫様抱っこでも出来ればカッコついたんだけど、当時の非力な子供だった俺には同じくらいの体格の人間一人を支えるような力なんかなくて。
「あの時は、抱き上げることすらできなかったのにな」
「ん?」
「なんでもない。力持ちの王子様に感謝してくれ」
「感謝感激雨あられ~」
感謝のかの字も感じられない胡散臭いセリフを吐いた彼女は、肩にかけているだけだった腕をするりと俺の首に回してピッタリくっついてきた。柔らかな体を背中に感じて、いつもふざけあってはいるがやはりこいつは女の子であると再認識した。そして、やっぱり俺はこのお嬢様に関して何よりも心臓が弱いということも再認識した。というか単純に肩甲骨の下あたりにふにゃりとくっつく弾力が気になって仕方が無い。
「なあ…」
「ねえ」
「お、え、なに?」
「…貴方は、優しいわね」
声のトーンを下げてくるもんだから、何事かと思った。
足を止めた途端彼女はゆっくりと着陸し、俺の目の前に回ってくる。
「とっても、優しい」
その寂しそうな声に影縫われてしまい、俺は動けなかった。ひらひらと手を振って逃げるように踵を返したびっこひきのお嬢様が屋敷に消えて行くのを、ただただじっと眺めていることしかできなかった。
「…」
背中に直接触れた夕暮れの風が冷たくて、身震いをした。
彼女はまだ、あの時のことを覚えているだろうか。




