つぎ
「そういや今日、親父さん帰ってくるって言ってなかったか?」
「うん。言ったわ」
「出迎えてやらなくていいの?」
「うん。逆に私がただいまって言ってやろうと思って」
「そりゃいいや」
二人揃ってケラケラ笑うと、削られた石の壁に跳ね返りエコーがかかった。
さっそく俺たちが足を踏み入れた薄暗い洞穴には湧き水が流れていて、なかなかに雰囲気がある。これは魔王出てきてもおかしくないんじゃないか?と思うほどに。
「私たちで倒しちゃおう。魔王」
「ボロカスの剣と犬ころ用の猟銃で勝てるか?」
「魔王が強いとは限らんぞ坊主」
「まじかよ。それ魔王じゃねえよたぶん」
ぴちゃんぴちゃんと水の滴りが常に聴こえるせいで、何者かに後をつけられているかのような気分になってくる。時折俺が背後を振り返って確認する度に、彼女は「やめてよ」と顔を顰めるのだった。
「怖いのか?」
「いや、急に振り返ること自体にびっくりするわ」
「可愛くねーのー」
「きゃーこわあい」
「きゃーそんな貴女みたことないわ!こわあい」
「きもちわる…わっ!」
「あ、おい!」
じゃれあいながらゴツゴツした道を歩いていたせいで躓いた彼女の手を掴んだものの、薄暗い洞窟の中脇道の存在に気がつかずそのまま二人で暗闇に言葉通り飲み込まれることになってしまった。
小さな体を抱きかかえるようにして足場に背中を打ち付けると、そこは思った以上に傾斜しており、おろし金に押し付けられた大根のように滑り落ちることになってしまった。痛いのなんの。
ようやく体が止まったそこでそっと目を開くと、そこに居たのは悪のモンスターや魔王なんかではなく、大きめのカエル一匹だった。
「大丈夫か?」
「え?生きてたの?」
「勝手に殺すなよ」
俺の上に寝ていた彼女は起き上がりカエルと俺を交互に見た後、がっかりしたような気が抜けたようなそんな風に笑い出した。
「私たちの冒険はカエルで終わったね」
「世知がれえなー」
「帰ろっか」
結果何の役にも立たなかった剣と猟銃をお互い抱え直してくるりとカエルに背を向けると、もちろん見えるのは長い長い岩の坂道で。
俺たちは顔を見合わせて、自嘲も含めてため息をついた。これ、登るのか。




