おわり
広場に出ると、さっそく町のみんなに冷やかしの洗礼をうけた。メイド達同じく、昔から悪さをしまくっていた分こういうかしこまった事になるとなんだかこそばゆい。
「お集まりいただきありがとうございます」
父上の声に皆の視線が集まり、つまらない挨拶が始まる。
難しい言葉をつらつら並べたテンプレセリフにあくびを噛み殺していると、隣に立っているエレナが俺のパキパキ卸したて儀礼服の袖をちょんと摘まんだ。
「どうした?」
「ヒマねえ」
「そうだな」
うすら笑いの浮かんだエレナの声は、明らかに何かを訴えかけてきている。
ちらりと目線を動かせば、幸いなことに親やお貴族様達は父上のありがたいお言葉に夢中だ。
「逃げるなら、今だよな」
「そうよね」
顔は動かさず、お互いのボリュームを抑えた声だけで作戦会議をしていると、ふいに街住人の一人がこっそり手招きをして見せた。
意図がわからずにちいさく首を傾げると、手招きをしたおじさんの隣にいる八百屋の店主が今度はそっと裏の森に続く獣道を指差した。
「あそこから行けってことかしら」
「みんなお節介だからなあ…。でも今回ばかりは助かったな」
お偉方の視線を掻い潜り、俺たちはこっそり街の人や使用人達の人混みの中を縫い歩いた。途中小声で「いってらっしゃい」だとか「怪我しないようにね」とか、それから「焦り過ぎるんじゃないぞ」とまで聴こえた。大きなお世話だ。
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広場を抜け出し夢中で走り、辿り着いたのは、あの日以来遠ざけていた白詰草の咲く開けた丘。
風に絡めとられた深緑がざわめく幹の下、腰を下ろしたエレナに続き、俺も胡座をかいた。
「ここ、こんなに狭かったっけ?」
「それだけ俺たちが成長したってことなんだろ?」
「本当に成長したかしら?」
「そう聞かれると微妙だな」
体がでかくなっただけだと誰かしらに言われたらきっと反論はできない。
そもそもこうして催し事を抜け出して遊びに来ている時点でまだまだガキだと言われて当たり前のような気もする。
「懐かしいね」
「ここで辛いこともあったけど」
「ん、けど?」
「俺が、恋に落ちたのも、ここだよ」
エレナに向き直りそっと手を握ると、彼女もまた握り返し、照れ臭そうに微笑む。しかし、その次にエレナがとった行動にドクンと心臓が、肩が跳ねた。
あろうことかお嬢様はその大きな瞳をまぶたで隠して見せたのだ。きゅっと結んだ唇を見せつけるかのように少しだけ顎を持ち上げて、彼女は「ん」と一言。
ああ、そうか。エレナは待っている。ここは男を見せないといけないところだ。
「エレナ…」
優しく名前を呼び顔を寄せようとしたその瞬間、街の方から怒声とざわめきが響いてきた。
はたと目を開けたエレナとしばらく近距離で見つめ合い、遠くから聴こえる木々を掻き分ける音と怒鳴り声に笑いが零れた。
甘い雰囲気などどこかへ羽ばたいていってしまった俺たちは、あーあとため息を一つ二つ、白詰草の上に寝転がったのだった。
「また怒られるな」
「これも、半分こでしょう?」
「もちろん」




