ぜんまい仕掛けの都市 2
旅する騎士風の少女、ヘリルは風変わりな旅人のマミヤといつも腹ペコな女の子クル・クルに出会い共に旅をすることになった。
彼らが辿りついたのは機械仕掛けの人形がうごめく街だった。
しかし、その街には人間が見当たらず……
何処かから声が聞こえる。
『DNA登録、完了しました』
ざわざわと複数の音が重なって単語が作られる。
『戸籍作成、完了しました』
それはきっと、都市自体が紡ぐ声なのかもしれない。
『永住権を、獲得しました』
目が覚めて食堂へ向かおうとするヘリル達を出迎えたのは、ズラリと並んだ機械人形達だった。
「――――あの、これは……?」
『おはようございます、ヘリル・イスラード様及びマミヤ様及びクル・クル様。そしておめでとうございます。ヘリル・イスラード様及びマミヤ様及びクル・クル様はこの都市の永住権を獲得されました」
昨日と変わらず無機質ながらも何処か愛嬌のあるセリフ。ただし言ってることが全く意味不明。
「永、住権……? いったい―――」
『食事が終わり次第、アプロ・フェスサー市長自らご説明致します。それまでの間ゆっくりとお食事をお楽しみくださいませ』
そそくさと立ち去る機械人形。と同時に周囲に居た機械人形達も元の持ち場に帰っていく。
呆然と見送るしかなかったヘリル達が動きを始めたのは彼らの発言を理解した1分後。
「どういうことですかこれ?」
「俺に聞くな……」
マミヤは顎に手を添えしばし動きを止める。
そして何かを決めたように顔を上げてヘリルとクル・クルに言い放った。
「―――少し出てくる。お前らは朝メシ食って待ってろ」
「……でしたら私も」
「……全員居なくなったら連中が勘ぐるからな、コイツも居るし何かと危ないだろ」
「……」
くきゅー、とクル・クルの腹の虫が鳴いた。思惑とか陰謀とかこのちびっこにとって食べられなければどうでもいいのだ。
「それに、この手合いには慣れてる。一人の方が都合が良いんだよ」
元医者なのに潜入捜査が得意なのに強い疑問を覚えるが、今は彼の謎スキルは役に立つ。一人より2人で調べる方がいい。いざとなればクル・クルを連れて逃げればなんとかなる。
「……わかりました。でしたら、私は市長に話を聞いてみます。市長自身が呼び出してきてるわけですし」
「……下手こくなよ」
そしてヘリルは市長に会うまで腹ごしらえを、マミヤは一人情報を得るために分かれた。
クル・クルとの朝食が終わった直後に例の機械人形が近づいてくる。ヘリルは警戒を露わにして機械人形に向き直りクル・クルの盾になるように構えた。先ほどの謎めいた発言が今になっても耳に残っていて、無表情ながらも人間味のある人形が腹に一物持っている悪人に見えて仕方がなかった。
『お迎えに上がりましたヘリル・イスラード様及びクル・クル様。―――マミヤ様はどちらへ?』
「……旅支度の準備をしに」
『必要性を感じません。この街に住む以上、外に出ることに意味はありません』
本当に同じ個体なのだろうか、と勘ぐってしまう。いや、印象が変わったからヘリルの機械人形を見る目が変わっただけだろう。
どの道この機械人形から詳しく問い詰めねばならない。まずは市長とやらに話を聞きにいかないと物事が進まない。
一方単独行動を行っているマミヤはというと、機械人形の目を掻い潜り、重要そうな施設への侵入に成功していた。そしてその奥に設置されていた巨大な統括機械部の前でうんうん唸っていた。
「だーめだ全くわからん」
マミヤはヘリルと違いこの手の機械には精通していない。こんな壊れやすそうなものを扱うのは苦手だ。
辺りを見回して何かヒントになるものを探すが、そんな都合の良いものなど用意されているわけがない。
「……あん?」
ふと、一台の機械がマミヤの目に飛び込んでくる。
黒光りで大きさは手のひらサイズ、丸いメガネのような眼がこちらをジッと見つめていた。
「何だありゃ?」
そう呟いた次の瞬間、
がしゃああああん!!!! とマミヤの周りに鉄格子が降り注ぐ。
突然の事態に頭が着いて来ず、立ち往生して周りにくべられた檻に閉じ込められてしまったマミヤ。自身に起こったことを理解した時には檻の周囲に複数の四足単眼の機械人形が規則正しく並べられていた。それらの胴体部には小型の銃口が備え付けられており、全ての機体の銃口がマミヤに向けられている。
しかし、絶体絶命の状態にあるにも関わらず、マミヤは落ち着いた様子で四足単眼を眺め、
「いち、にぃ、さん……16かめんどくせぇ」
けだるけにそう呟く。
キュィィィーンと駆動音を響かせ、明らかにマミヤを殺す準備を終えてるというのに。
「こちとらケガ人だぜ? ま、テメェらの仕事なんだろうけどよぉ」
はらりとヘリルにちょんぱされた右腕の包帯が外れる。未だに継ぎ目が消えていない右手が露わになり、包帯と一緒に巻かれていた剣を落としそうになったのをふらつきながらも左手でキャッチした。ギャンッ!と金属がこすれぶつかる音が鳴り響く。
銃と剣。
複数対一。
どちらが不利かは子供でも分かる事だ。
「やっぱ片手じゃ重いよなァ……。どんだけ動けるか」
ニィ……、と口の端を吊り上げる。
彼の今の顔は、一週間共に旅してたヘリルが見たことが無いほど邪悪だった。
直後、無人の通路の奥から凄まじい音が響いた。
これを聞き取った人間は、無論居なかったのだが。
バチバチバチッ、と火花が散った。
四足単眼の機械人形を背景にした包帯男はやはり剣を添え木代わりにしてぐるぐると包帯を巻き直していた。
巻き直した後、そこらに散らばっていた機械の破片を拾ってジッと監視していた丸メガネのような機械人形に投げつけて破壊した。修復不可能な壊れる音が室内に響いてバラバラになった機械片が辺りに散らばった。
ふと、丸メガネの機械人形の一部がマミヤの足元まで転がってきた。それには何かが書いてあった。
「製作日×××年○月■日、製作者アプロ・フェスサー……どっかで聞いたぞ」
拾い上げて書かれた文字を読み上げたマミヤは他の機械人形も分解して製作タグを見つけていく。
どれも製作日は違えど製作者は同じだった。
さらに統括機械部の鉄板をはぎ取って同じように製作タグを確認し、また同じ製作者の名を見つける。
いくらなんでもおかしい、とマミヤは考える。ここは警備機械人形を製造していた工場跡地。入ってみた所、街のように誰も居らず工場長のような責任者も居ない。いくら機械人形が働くからと言って人が一人ぐらい居ないと駄目だろう。
さらに言えばこの工場の名は決してアプロ・フェスサーではない。警備機械人形の工場長であるのにこの警備機械人形の製作者がアプロ・フェスサーなのはおかしい。
「……まさかな」
マミヤに一つの仮説が出来上がった。が、それだけではまだ足りない。やはり会っておく必要があるだろう、その市長に。
真実を確かめるため檻があった場所を中心にクレーターが出来た部屋からまみやは出て行く。
『失礼します。本日付でこの街の住民になられましたヘリル・イスラード様及びクル・クル様をお連れしました』
(勝手なことを)
口に出さずともはた目から見ても今のヘリルから滲み出ている。最も機械人形はそういう機微を感じ取れないが。
ヘリルとクル・クルの正面に扉がある。その扉の上にはこの世界の文字で市長室と書かれてあった。
すーっと足音も立てずに部屋に入った機械人形の後ろをヘリルとクル・クルが追う。部屋はある程度豪奢でそれでいて悪趣味と言わせない雰囲気があった。
だが、
(生活感が無い……?)
埃一つ無いこぎれいな部屋。だがどれもこれも新品の物が置かれている。
目線を前に戻すと機械人形と、机をまたいだ先に大きな椅子と巨大な機械がある。恐らく椅子に座っているのが市長だろうとヘリルは推測した。
『ヘリル・イスラード様及びクル・クル様。こちらが市長のアプロ・フェスサーでございます』
「―――あぁ……」
自分たちのでも機械人形のでもない人間味の無い声に、内臓が下がった感覚に陥った。
ヘリルは見た目の通り、腕に自信がある騎士である。そんな自分が恐怖なんて感情を持つなんてありえない―――。
そう頭によぎった瞬間に剣を手に市長へ一足で詰め寄った。クル・クルが隣に居たヘリルが消えたことに気づいた時にはヘリルは市長の頭の横すれすれを椅子越しに細剣を突き立てていた。その時機械人形がヘリルを止めようともしなかったことに疑問を持つべきだったかもしれない。
「あなたが私たちにどのような思惑を持っているか知りませんが、こちらとしてもただ呆けているわけには」
「あー、はぁ……」
市長の返答に今度こそ背筋が凍りつく。
机の前に居る機械人形が淡々と何かしらの口上を述べているがそんなもの耳には入らなかった。
自然と剣から手が離れ、キィと椅子がヘリル達を向いて―――
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
理解が。
追いつかない。
こんなの
バァン!! という音にヘリルの意識は戻される。
いつの間にか床にへたり込んでいたヘリルの真後ろ、市長室唯一の出入り口から。
「無事かヘリル嬢!?」
「マミヤー」
相当な距離を走っていたのか息が乱れていた。そんなことは知るものかとクル・クルは市長室に入ってきた人物に飛びついている。
こういう時にクル・クルの気の抜ける声が安定剤になる。混乱した頭を切り替えてすぐさま機械人形と市長から距離を取ってマミヤに近寄った。
『ごきげんようマミヤ様。あなたを待っていました』
「聞く耳を立てるな。早く出るぞ。外に警備オートマタが集まって来やがった」
『永住権の獲得料の話ですが、初めはあなた様方の左足の指及び小腸の一部及び肝臓の一部をいただきます。その後は』
機械人形の無機質な声が遠くなった。頭で考えるより先に足が動いてるらしい。完全に無機質な声が聞こえなくなったら、今度はキュィィィンと機械の回転音が近づいてきた。マミヤの言う通り警備機械人形が配置されていたらしい。
「今剣を持ってません。あなたも戦える状態じゃない。どうしますか?」
「当たり前のことを聞くな当然隠れながら逃げる! 荷物は取ってきたぜ」
そう言ってつるつるした感触の袋を手渡した。元々持っていた荷物の大きさより小さいためあまり期待しないことにする。
「……そちらでわかったことは?」
警備機械人形が居ないルートを駆け抜けて、人が一人通り抜けられるような小窓から外へ出る。ようやく心休まった頃にヘリルはマミヤに訊ねた。
「……この都市には人間は片手で数えるだけしか居なかった。アプロはこの街の生産を掌握してた」
ヴィィィィン!!とサイレンの音が聞こえた時に三人は建物の陰に身を潜める。警備機械人形ではない機械人形が赤い光を発しながらヘリル達の前を過ぎて行った。
「恐らく、4年前の戦争で人間はほぼ全滅したんだろう。こっからは推測だが、オートマタ達は人間の減少に街の死を計測した。だから人間を保存するために何かしらのことをしたんだろう。多分文字通りのこととかな」
「……」
そして、ヘリルが見たものを合わせればはっきりとする。
多分、この街に人間はたった一人しか居ないだろう。
――――少なくとも、バラバラになった複数の人間のパーツを機械で繋ぎ止め、無理やり生かしている生命体を、ヘリルは『人間』と呼びたくなかった。