ゼンマイ仕掛けの都市
《科学の街》
その街に着いたのは予想通り昼頃だった。
予想外の食糧が手に入ったのでクル・クルは腹持ち良く関所を通り抜けた。まさに滑り込みセーフだった。
当初の予定は街に入った後、ヘリル一行は宿を探してその日の疲れを癒した後に街を散策しようとしていた。が、彼女らはしばらく目の前の光景に足踏みするしかなかった。
『Welcome! Everyone!』
無機質ながらも何処か愛嬌のあるセリフ。街へ入ってきたヘリル達を案内するかのような身振り。その際何かが高速で回転する音が耳に障る。
『科学連盟』の都市に初めて訪れたヘリルはもちろん、旅慣れしてるマミヤとクル・クルもその光景に目を見開く。
彼女らに対応しているものは、機械仕掛けの人間だった。
『Ladys and Gentleman? ……言葉が通じますか?』
「え、ええ通じてます。『科学連盟』の人ってこう……鉄っぽいのですね?」
『No,私は人間ではありません』
ウィンウィンと音を立て人の手に当たる部位が左右に振れる。
『私は自立機械人形です。ですから全身がメタリックなのです。渋いでしょう』
「オートマタ!!」
冗談交じりの機械人形を他所にヘリルの驚嘆の声だけが街の入り口で響く。ちなみに傍で機械人形を眺めていたクル・クルはヘリルの声にビクリとして、マミヤはへぇ……と感心したように声を漏らす。
「『帝国』でも機械人形の開発は進められてますが、せいぜい手動機械止まり。『科学連盟』の科学力は『帝国』の理解を遥かに超えてます……!」
「たしかにこれほど精巧なオートマタは他でも見たことがねぇ。どこの都市に行っても見劣りしちまうぐれぇの技術力だな」
「まだ心音が止まりませんよもう。歯車の一つ一つが正確に組み込まれて止まることなく動き続けてるの耳で感じます動作も滑らかですし一体どのような仕組みになっているのか一度調べてみたいですね燃料は石油でしょうか?けど排気口も見当たりませんし電気ですか燃費効率が良いように造られているんですね……もしかして命令通りじゃなくて完全に自立して動いてるのですか!?」
「……実は機械好きかお前?」
断じて無いであります!! と真っ赤な顔で否定されても説得力が無く、この都市に居る間このネタでからかい倒してくれる、とマミヤは内心ほくそ笑んだ。
ちなみに二人の話に加わらなかったクル・クルは案内役の機械人形にしがみついて機械人形を大いに慌てさせていた。
夕暮れまで都市を巡り廻り、ホテルで棒になった足を休めていた時のこと。
「明日にゃ発つぞ」
右腕に巻かれた包帯を取り替えながらマミヤはそう告げた。
あまりにも突然だったためヘリルは目を丸くしてマミヤに噛みつく。
「旅疲れの上に半日街巡りに付き合って体力なんて底ついてるのに突然過ぎません!?」
「根性で乗りきろうぜ」
「どうしてなんでも精神論で解決しようとする姿勢を崩さないんですか?! まず説明を要求します!」
「ヘリル嬢の言動がおかしい。何処か具合が悪いようだ」
「黙れ怪我人!」
さすがにからかい過ぎたのかフー!! と暴れにゃんこ的な息を漏らしながら剣に手をかけようとするヘリル。その様子に今の今までテーブルに盛られたフルーツを食い漁っていたクル・クルもきょとんとした表情でヘリルの方を向いた。
しかし怒りの矛先を向けられてるマミヤは平然としており、
「まあ落ち着こうかヘリル。この街はきな臭い」
「きな臭い?何処がですか」
「お前さん、街を見て回ったのに違和感とかなかったのか?」
小馬鹿にした言い方に若干イラッときたが今はマミヤの言ったことをよく考える。
街巡り自体とても良かったとヘリルは思う。
アスファルトという石のような地面で覆われた街は通行に不便を感じさせず、立ち寄る店や名所はヘリルの見たことの無いものでまみれていた。
案内役の機械人形によれば、この街は4年前の戦争の物資補給都市だったらしい。その所為で他国から襲撃され多くの人々や住む場所を失ったが、機械人形たちの活躍により今やビルというコンクリートで出来た山を見下ろす建物が所狭しと立ち並ぶ都市へと変貌させたのだ。
違和感なんて何処にも――――
「銀色の人間以外見たことあるか?」
「あっ……」
そうだ。この街で一度も生身の人間を見ていない。
「とにかくこの街から離れた方が良い。ゴーストタウンに用は無いからな」
「この街が終わってる? 人は見ませんでしたけど、活気がありましたよね?」
「そりゃ機械だけ動いて活気も何もないだろ。『科学同盟』の終焉の共通点が、人の堕落だ。人間は部屋に籠もりっきり。だから外で一人も見なかった」
マミヤが真剣な表情で子供に勉強を教えるようにヘリルに語る。
彼曰く、『科学連盟』は発展に伴い機械に頼りきりの生活になってしまうそうだ。
部屋から一歩も外へ出てこなくても一生を過ごせる夢のような人生が、何故終焉へ向かうのか?
「どんな都市も必ず終わりが来る。理由は色々だが、『科学連盟』の場合、発展しすぎて破滅に陥るんだ。……どっかの学者が発展しすぎると人と人との繋がりが薄くなるって唱えていた。そうなるとどうなるか? 答えは人間としての闘う本能が薄くなる。競争本能とか対抗意識が無くなってしまうんだ。競う相手が居ないのなら経済は停滞、働く気力なんて儚く消える。ただ何もせず生きるためにメシを食らうだけの存在に成り下がっちまう。そうして緩やかに破滅していく」
「……眉唾ものです。本当に学者が言っていたとしてもこじつけめいてるし、この街が当てはまるとは限らない。仮に滅ぶことが運命付けられているとしても、今すぐ街が無くなるわけではないのでしょう? しばらく滞在するには余裕があるのでは」
「確かにそうなんだが……どうもな」
「……いつものあなたなら『しゃらくせぇ』『めんどくせぇ』『なんとかなるだろ』で済ませてしまうでしょう? 何をそこまで恐れているのですか?」
ヘリルにそう言われマミヤはぐっと言葉を詰まらせる。らしくない。言われてみればそういう事だ。
はぁ、とマミヤは嘆息する。今回はヘリルの方に軍配が下ったようだ。
「俺はそんなこと言ったことねぇぞ」
そう言い残し個別に用意された部屋を帰るマミヤの背中を見て、ヘリルは人知れずガッツポーズをしていた。