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始まりは森の中2

タイトルが思いつかない……。

「あのマミヤ、お話があります」


 パチパチと焚火の音がする中、ヘリルが食事を中断して切り出した。

 あの後、偶然出くわした人間大の大きさにしたトカゲに襲われかけ、それを退治して肉に変えた。それは夕飯に変わり、今彼女らの胃の中に収まっている。生きるためなら躊躇いを彼方へ放り投げるのが旅人なのだ。


「これを見てください」


 そう言ってヘリルは紙を広げる。大陸の図面が精巧に描かれており、また国名が実際に正確な位置に書き刻まれている。とてもよく出来た地図だ。


「上物だな」

「それは一度置いてください。これからの予定では、この都市とこの村に行くハズですね」


 女性にしては少しばかり固くなった指が地図に記された点を指す。


「それでこれからの都市―――『神話協会』と『科学連盟』の都市について教えてもらいたいのです。恥ずかしい話、思想の違う街へ行ったことがなかった。マミヤは私よりも旅の経験があるので、事前に注意すべきことを聞いておきたいのです」


「なるほどな。そういやお前『帝国』出身なんだな」


 ヘリルの目がわずかに見開かれる。


「……何故、それを……」

「お前さん見るからに騎士として働いていたナリだ。それも貴族の紋章が刻まれた剣を持つほどのな。未だに騎士を権威にするとこの人間なんざ、『帝国』か『神話協会』に絞られる。『神話協会』の世情を聞くってことは」

「――――『帝国』出身……。あなたの推察、お見事でした」


 そこでずっと口と手を動かしていたクル・クルが相変わらず眠たそうな目つきをしながら話に割り込んできた。


「マミヤ、『帝国』ってどーゆーところ?」

「そういやお前と旅してから『帝国』へ行ったことがなかったな。後でそれも話してやるよ」


 ふ~ん、と適当な合槌を打つとまた食事に戻る。脂身の少ない骨付き肉をガジガジ齧り、肉の部位が無くなったら骨をアガガガ、アグンッと飲み込む。可愛らしい容姿なのに野性味溢れる光景に毎回開いた口が塞がらない。


「……まぁ、慣れろ。まずは『神話協会』だな」


 いや、元を正せば保護者であるマミヤの責任ではないか? と頭の中で呟くが、今は話を聞くことに集中する。


「『神話協会』は魔法や奇蹟など、神話代の出来事を再現しようとする国家や都市の総称だ。読んで字のごとくって奴だ。あいつらは古い技術を掌握するためにひたすら過去を探求している。この世界を作った神とか超人的な力を持った英雄や勇者の伝説、はてにはガキの与太話すらあいつらは世界の根幹に関わりがあると考えている。もしかしたら2000年の歴史を持つ『帝国』よりも歴史深いかもな」

「『帝国』よりも? 初代皇帝の時代よりも『神話協会』という派閥が存在していたのですか?」

「いや、それははっきりと言えない。過去の出来事を基に推測したのかもしれないし、実際に資料があるのかもしれない。あと注意することはシキタリと宗教の法度が厳しいことと、歴史上価値のある物や神聖化されたものは人の命より重いという思想の奴がいることだな」


 話を聞く限り『神話協会』は規律が厳しい派閥である。何も知らずに叩き潰した虫が実は神の使いなのでギロチン送り、というのもありえるのだ。


「んで『科学連盟』なんだが……『神話協会』と正反対だと言ってもいい」

「魔法と科学、相反するからですか」

「そうだ。原点(かこ)を遡ることで力を高める『神話協会』と違い、『科学連盟』は未知(みらい)を求めている。高い産業技術、応用生命科学による無限の食糧の生成、俺たちじゃ理解できない兵器技術などなど。とにかくそういう所が『神話協会』と折り合いが悪い原因だろう。その証拠に」

「えっ」


 マミヤの斬られてない方の、左腕の包帯をはぎ取った。

 北の白い肌と南の黒い肌の中間であるマミヤの肌とは全く違う、いや、人間とは違うどす黒い肌の色に、ヘリルは驚嘆のあまり木に立てかけてあった愛用の細剣に手を掛けかけた。


「っおい!! 両腕使えなくなんのは勘弁! こんなんでも普通の人間だ!!」

「―――すいません……実は魔族というオチでは」

「ねぇよ。義手だ義手」


 寄って見てみろ、とずいっと腕を差し出され恐る恐る観察するヘリル。

 単純に黒といってもこの腕は半透明な黒で、ある程度中が覗き見れる。グロテスクなものが見えそうと思ったヘリルだったが、実際は何かが回っているようなシルエットがマミヤの指の動きに合わせて動いてるだけだった。

「これは『科学連盟』の技術で出来た義手だ。生体機構鎧(バイオ・メイル)っつぅ機械と肉が合わさった義体だとよ。単純な機械の腕とかと違って普通の腕のように柔らかでしなやかに動く」

「これは……スゴイとしか言えません」

「……まぁ、コイツの所為で『神話協会』の街ではコソコソしなくちゃいけないがな。どうもコレは連中にとっちゃ教義に反するらしい」


 『神話協会』の行う儀式は『科学連盟』にとって非合理的で理解できない。

 『科学連盟』の行う技術は『神話協会』にとって規律に反するものである。

 よって、この二つの派閥は余程のことがない限り手を組むなどありえないのだ。


「『神話協会』で『科学連盟』の技術を見せびらかすなってことだ。まぁ、そのことと入国時の手続きが面倒くさいこと以外は快適な都市だよ、『科学連盟』は。話すことはこんぐれぇか。『帝国』についてはヘリル嬢の方が説明出来やすいだろ」


 話し終えたマミヤは火にかけてた肉を取ろうと手を伸ばすが、すでにクル・クルによって食い尽くされていたことに気づいた。

 やっと自分の疑問が主題として話が回ってきたクル・クルはさ迷わせていた目線をマミヤに向ける。


「なんでマミヤじゃ駄目なの?」

「メンドイ。何より『帝国』出身のヘリル嬢に聞いた方が有益な情報を得られる」


 むにー、とクル・クルの頬を引っ張るマミヤが言う。

 一方いきなり説明を丸投げされたヘリルは呆れながらもどう解りやすく説明するか頭の中でまとめていく。


「わかりました。話せることならば話しましょう」


 まとめ終わったヘリルはクル・クルに向き直る。


「帝国』とは『神話協会』や『科学連盟』のような派閥ではなくれっきとした国なのです。というより、国家と言えるのは『帝国』だけなのです(・・・・・・・・)

「? どーゆこと?」

「都市や村、街があると言ってもそこの長は所詮自分の土地を管理する程度でしかないんだ。他の土地と連携したり纏めることはほとんどなく、それぞれ独立して運営している。だから、国家や政府とは言いにくい」

「……わかんない」

「安心しろ。俺もよくわからん」


 情報技術が高度に発達した都市や他国との繋がりを重きに置く商業都市が存在するのにも関わらず、何故纏まって国家を造ろうとしないのか、全くもって謎なのだ。


「とかく『帝国』はこの世界最大の都市であり世界を廻してます。ちょうど大陸のド真ん中に位置してますしね」


 上手いことを言った、という顔をしたがクル・クルには通じなかったようで首を真横に倒して思案顔。マミヤはそんな噛み合わない二人の様子に噴き出した。

 ヘリルは頬を赤くし咳払いをする。


「ん゛んっ! マミヤが言っていたように『帝国』は2000年の歴史があり、また戦いの歴史でもあります。800年続いた魔族との総力戦である初代皇帝の魔族殲戦。4年前の世界大戦では多くの命が失われましたが、『帝国』の調停宣言でどの国も後腐れ無いように戦争を収めたのは今後100年は語り継がれるでしょう。つまり事実上、軍事では『帝国』より勝る国が存在しません。軍事力が大きいということは、同時に生活水準が高いことを表しているんですよ」


 ヘリルは話を切って水筒の中身を一口飲んだ。長く話したためのどが乾いたらしい。

 と、そこへクル・クルがハイ、と手を挙げた。


「せんせー、よくわからないので結局『帝国』はどういうとこですかー?」

「……何処でそういう言い回しを覚えたんですか、ああ、マミヤの入れ知恵ですね」

「うん」

「マミヤの話を参考にすると、『神話協会』と『科学連盟』を足して二つに割った感じ、ですかね。ごめんなさい。わかりにくい説明でしたよね……?」

「前フリ無しに自分の故郷を説明しろっつっても難しいだろうさ」


 フッた俺が言っちゃあ何だけどな、と口端を吊り上げるマミヤ。

 結局のところ『帝国』は様々な国に喧嘩を売り、軍事力を上げた結果どの国よりも発展し続けた。その代わりに『帝国』の従属国以外には排他的で、教育によって『帝国』特有の他国に対して無関心な思想が染みついているため、『帝国』の実態は内外ともに掴みにくいのだ。『帝国』で生まれ育ったヘリルでさえ自分の国が他とどう違うのかよくわかっていないほどに。


「お前らもう寝とけ。見張りは俺がやっとくから」


 そう言われヘリルは暗く広がる夜空を見上げる。なるほど、月の位置が大きくわかっていた。


「先に休ませてもらいます。クルちゃんも寝ましょうね」

「う゛ぃ~」

「いつでも私を呼んでくださいね……って、何やってるんですか?」

「食後の運動だよ。軽く腕立て1万」

「もう一方も使えなくなったらどうするんですか。あなたは完全に役立たずになるつもりですか」

「気合で治す」

「不可能です」


 ぐずるクル・クルを寝かせる準備をしていたヘリルはマミヤの方へ振り向くと、切られてない方の腕で腕立てをしようとする怪我人の光景にただ嘆息した。旅人の身分で体が(なま)るのは致命的だとわかってはいる。だが体調と数の限度をわきまえてほしい。

 添え木代わりに使われている剣がふとヘリルの目に入った。剣を差してる位置がかなりおかしいのを、前に本人に進言したら、


『この剣は結構特殊でな、背中に差すと取る時にロスが起きる。腰の場合……まあ大変なことが起きる。腕に差しといた方が最適なんだよ』


 だそうだ。わけわからん。

 それよりも彼の剣の柄に描かれた文様。ヘリルにとって見慣れた物であり、重要な意味を持つ文様だ。

 マミヤは元々魔法を扱い治療する魔法医師だったという。彼が語る所、辺境の村で小さな診療所を営んでいたのだが治療の失敗で村を追われてしまい、以降根つかずの医者として転々としているそうで、とある都市で孤児になっていたクル・クルを拾い一緒に旅しているらしい。


(そもそも治療系の魔法は普通の魔法より扱いが難しい。自身の魔力を放出して事象を起こすのに対して、治療系の魔法は自身の魔力を他人に流し込む。違う型の血液を混ぜるように拒絶反応を起こすから細心の注意を払う必要がある。魔法医師を名乗る以上、相当の技術を要するはずだ。自分自身にかけてるとは言え、腕をくっつけるなんて)


 マミヤの腕前なら、『帝国』の王宮医師になってもおかしくない。だったら王宮との繋がりがある可能性が高い。

 けれど、あの剣は別物だ。


(あなたがどのような人か、今になっては関係ない。が)


 マミヤはヘリルがジッとこちらを見てるのに気づいていた。マミヤからはヘリルがどんな表情をしているのか暗闇に紛れてわからない。

 だが、


(あなたの存在が、もし『帝国』の威を地に貶めるものだったなら。―――マミヤ。『帝国』の誇りに賭けて、あなたを殺す)


 強い敵意と警戒心、そしてわずかな殺気を含んだ視線。これらからヘリルが考えていることは安易に予測できる。

 結局、ヘリルも『帝国』の人間なのだった。


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