「第三十三話」
「第三十三話」
「味方……!?」
屯野琢磨はついさっき、烏城麗那の体を乗っ取った半鳥半人の姿になった『鳥』を目の前にして鵠沼が言った事に驚いていた。
驚いている屯野の前には変わらず、女の姿に変身している鵠沼が背を向けており、再び屯野に話しかける。
「さあ、琢磨。ぐずぐずするな早く答えろ。今、お前の前におる父を殺したあの化け物をお前は自分の手で殺したいのか? 言え!」
屯野の中では鵠沼の問いに際し、答えは決まっていた。
震えを押さえるように握り締めた掌から血が流れ落ちる。
(ち、畜生……好き勝手言いやがって……――そんなの……決まってるだろ)
自分が躊躇いもなく殺人をしたと言う事実に屯野自身恐怖していたが、しかしその殺人は紛れもない屯野自身の意思でした事だった。
そして、屯野は『鳥』が寄生した烏城の体を喰べたあの時に、『殺人』という恐ろしい行為を覚え、それに恐怖していた。
だが、今、屯野はまだ『殺人』を終えてはいない。『鳥』は肉片にされても、その身を喰われようと、どれだけ、屯野が殺そうとも、屯野の前に変わらぬ姿で立っているのだから。
戦いの始まる前、『鳥』が毬川を殺した直後、『鳥』が平然と父を殺したあの時に確かに感じた屯野の殺意は屯野の心に今も息づいていた。
「……――たい。殺したいさ。殺したいに決まってるだろ。だから俺はこの戦いで既に一度、いや二度もあいつを殺したんだ。 ――……だけど」
そこで屯野の言葉は力を失ったように小さくなり不意に切れる。
やがて鵠沼の声が問う。
「だけど、何だ」
「……だけど、無理なんだよ!! あいつは俺がどれだけ肉を潰そうが、俺に喰われようが死にゃあしねぇんだよ!!」
屯野は自分の感じていた絶望を声の限り、鵠沼へ叫ぶ。
全身を喰われ蘇生した『鳥』を見たとき、その『鳥』に対する殺意の炎は、『鳥』に対してもう為す術がなくなったという絶望と共に殆ど消えてしまっていたのだ。
「だからもう無理なん――――、
「いや無理ではない」
屯野の言葉は強引に鵠沼の言葉によって遮られる。
「琢磨。感電死だ。電線にヤツの体を接触させる、それが出来ればお前の勝ちだ」
「――――あ、あはっ。あははっ!」
そして鵠沼の言葉の後、何の前触れも無く、屯野達の目の前にいた『鳥』が再び笑い出した。しかし、その笑いにはさっきまでのような楽しそうなものは無く、感情は希薄で虚ろな笑いだった。
「な、何? 感電死? そんなのであたしをやっつけられると思うの? ははっ、ばあぁーかっ! ハッタリ言うならもっと上手く言ってよ! 電線に触れたくらいで死ぬのなら、毎日、何百匹という町の電線にとまってる鳥が黒焦げになって道路に落ちてる筈だよ! 今のあたしは烏城麗那の知識を共有してるんだから、そんなハッタリであたしを馬鹿にしないで!!」
しかし、その強気な言葉とは裏腹に、『鳥』の口角は痙攣したように引きつっている。そこには『鳥』自身の死への恐怖が確かに存在していた。
「あはっ、あはははっ。あたしはま、まだ……まだ死にたくなんかっ……!!」
「いや、たとえここの琢磨がしくじろうともお前はワシが処分する。元々一匹の鶏の遺伝子に過ぎなかったお前が開発者の意に逆らって宿主――烏城麗那の体内で自分の意識を得て、その宿主を乗っ取った今、お前はワシの失敗作として処分される」
「……!!」
じり、と『鳥』の足がその場から僅かに後退する。屯野は反射的に体がそれを追うように前へ踏み出していた。
しかし、屯野のすぐ近くにいる鵠沼は動かなかった。
「逃げれると思うか? たかだか、最大数十メートルしか飛べぬお前のような鶏もどきの分際で。確かにワシの蜂は速さではお前に劣るものの、しかし時速四十キロの速度を保ちながら、何十キロでも飛ぶことが出来るのだ。それからお前はこれから何時間、いや何分逃げれる思う?」
鵠沼の言葉に『鳥』はみるみる内に青ざめてゆき、やがて自身の考えを振り払うように俯き、いやいやする子供のように首を左右へ振っていた。
「いや、やめて……やめて、やめてよっ!! 折角、あたしは自由になれたのに……自分であたしを作っておいて、処分なんてそんなの……人間は勝手だよ!!」
しかし、鵠沼は聞く耳を持たなかった。ただ一言。
「琢磨、最後の戦いだ。――終わらせて来い」
「…………解った」
言って屯野の前で背を向けて立っていた鵠沼は屯野に道を譲るように脇へ一歩避け、そして同時に屯野は『鳥』のいる方へと一歩踏み出した。
そして、屯野が鵠沼とすれ違う瞬間、鵠沼は小さく口を開いて、聞こえるか聞こえないほどの言葉を微かに発した。
「……琢磨。――――、――――」
鵠沼が屯野の名前を言った後、数語ある言葉を発した。
そして数秒後、屯野はその言葉を理解し、再び前を歩く。
『鳥』が俯いていた頭を上げ、近づいてきた屯野を見た時、その青ざめていた表情が不意に嘲りの色が混じる。『鳥』は口角を歪に吊り上げ笑う。
「あ、あははっ。さっきも言ったでしょ? 屯野君はあたしを殺せないって……」
「……」
屯野は何も言わなかった。
ただ、『鳥』の方へ一歩一歩と歩きながら自身の体内のTファージを活性化させ、肉体を強化してゆく。
屯野にとって目の前の『鳥』と言う怪物にもう言葉はいらないように思えた。
(こいつはもう、麗那じゃ……人じゃないんだ)
父を殺され、戦うことを決めた屯野に、もう躊躇いは存在しない。あるのは『鳥』を自らの手で殺したいという殺意と、Tファージの全てをこの手で終わらせるという決意だけだった。
「……ねえ何で、何で何も言わないの?」
「……」
屯野はまた、何も言わなかった。――もう、人としての言葉は必要ない。
互いの距離が三メートルほどに達した時、屯野は変身を終えていた。
半鳥半人の『鳥』の前に豚頭人身の屯野が立ちはだかった。
屯野の前の『鳥』の表情が先程までの嘲りから、次第に無表情になり、やがて苛立ち、表情は怒りへと変わる。
「何で、何で……何にも言わないのよおっ!!」
その瞬間だった。『鳥』は自身の人を貫くほど強靭な細い肢の一本を鞭のように巧みにしならせ、その蹴りの一撃を屯野の方へ差し向ける。――だが、
「ブギァアアァアアアアァアアアア――――ッッ!!!」
肢が屯野の体に触れる直前、屯野は既に呼吸を終えて口から轟音と呼ぶべき叫びをあげていた。
そして、それはこれまで以上に大気を大きく震わせた。屯野の殺意と決意のこもった怨嗟の声は『鳥』を容赦なく苦しめた。
「ああああああっ!!」
『鳥』の鼓膜が突如襲ってきた音に耐え切れず、ついに破れ、『鳥』は痛みに叫ぶが、屯野のあげた叫び声にかき消される。
だが叫び声をあげる屯野にとっては、自分の眼下で既に攻撃を止め、破れた鼓膜の痛みに蹲った『鳥』が声をあげたのか解らなかった。
鼓膜の破れた『鳥』の耳の穴からはTファージが蔓延している血が僅かに垂れ始め、それが肌をゆっくりと伝い、地面に落ちようとしていた。
(――させるか)
それを嗅覚で察した屯野は素早く、蹲って動かない烏城の体を強化し蹄のついた腕で脇から抱え上げる。
「――――!?」
同時に、抱えあげられた『鳥』は耳に粘ついたものが左右二度押し当てられるのを感じ、えもいわれぬ感覚に思わず総毛だった。
屯野の舌が『鳥』の耳から垂れだした血を残らず舐めとったのだ。
(い、いや――――き、気持ち悪い……。コイツ、もう人間じゃない。友達の体にこんな、こんな事が出来るなんて、人間の訳がない!!)
今や強靭な二本の腕に脇を抱えあげられ、『鳥』の心は屯野に対する恐怖に震え上がっていた。
そしてそのまま数秒がたった。
(……?)
『鳥』はそこで初めて違和感に気付く。
屯野は何かを探すように辺りを見回し、抱えあげてからと言うものの『鳥』に攻撃を加えてなかったのだ。
やがて『鳥』はその状況を理解し、ほくそ笑む。
(コイツ、これでもうあたしの動きを封じたと思ってる! あははっ、そんな訳無いのに。Tファージで体を腐らせれば、抜け出せるんだから!)
恐ろしい感覚が消え、冷静になった自分を取り戻した『鳥』は体内のTファージに腐食を指示し、体が腐るのを待つ。
これで烏城麗那の体は数秒の後、腐食し、『鳥』は屯野の束縛から抜け出せる。ほんの少し前、爆弾を積んだ毬川の車に挟まれた中で上半身を腐らせ脱出したあの時と同じように。だが、
(――――え?)
『鳥』のTファージが変化しない。『鳥』の体は腐らない。
何秒待とうと烏城麗那の体は腐食する事は無かった。
『鳥』は破れた鼓膜が復元しつつあり、今だ音を失っている中一人、訳も解らず疑問の声をあげた。
(どうして。あたしは頭でイメージしてる。あたしは今、Tファージで腕を翼に変化させてる。あたしのTファージは今もあたし自身で機能出来てるはずなのに、なんで体だけは変化しないの? どうして!?)
屯野の頭はそんな、『鳥』の動揺を知らぬという風に動けない鳥を抱えながら、あちらこちらを見回している。
抱えあげられた『鳥』は完全に動揺し、表情からも余裕は完全に無くなっていた。ただ、なぜ自分のTファージが体を腐らせる事にだけ機能しないのか、その理由が解らず『鳥』は脳から体内のTファージに今も指示を送り続けていた。
やがて『鳥』の破れていた鼓膜が『鳥』のTファージにより復元し、その片方の鼓膜がある音を受け取り『鳥』の耳の奥で震えた。
――――ブゥゥゥン……――――
それは羽音だった。
何の羽音かは考えるまでも無い。咄嗟に厭なものを感じ、『鳥』は反射的にその不快に連続する音の方へ振り向いていた。
そこには三センチほどの大きさの昆虫が薄い羽を振るわせ、『鳥』の顔のすぐ前を羽ばたいていた。
五ミリほどの大きさの小さなオレンジ色の顔で大きな顎。二本の触覚。歪曲したレンズのようなものに挟まれるようにしてあるその昆虫――オオスズメバチの三つの小さな目がじっと『鳥』の青ざめた顔をじっと見つめている。
そして、『鳥』はその飛び続ける小さな昆虫の小さな尾部に針が無い事に気がついた。
(さ、刺したんだ。これはきっと、あのおじいさんの……鵠沼の蜂だ。あたしは鵠沼の蜂に刺されたんだ……!!)
途端、『鳥』の心臓が早鐘を打つが、やがて、『鳥』は烏城の脳と共有した際に得た知識を思い出した。
それは一匹の蜂の毒で、人が死ぬ事は殆ど無いということだ。
今の『鳥』は通常の人間と同様、毒に対し自浄作用が無いが、致死量の毒を打たれてはいないのだ。
『鳥』は更に思考を巡らせる。
蜂に刺された人が死ぬ多くの場合はアナフィラキシーショック(蜂の毒に対し過剰に起こる人間の生理作用)であり、一匹二匹の毒で直接死に至るという事は稀であるのだ。
(そう。だから、今は刺された毒のせいで痛むだけで、あたしが毒で死ぬ心配なんか……え? 痛み?)
『鳥』は違和感に急に目を瞬かせる。
(ちょっと……待って)
『鳥』は針を刺し終えた蜂を目にしたその時から、自分がどこを刺されたのか、すぐに気付けなかったのだ。刺された後、すぐ痛むはずのその針の刺された位置を、『鳥』は今なお特定する事が出来ないのだ。
(痛みなんか……無い。どこも、どこも無い)
『鳥』は未だに自分の送った指示が通じず、腐らずにいる自分の体を見下ろす。
そして訳の解らないまま、『鳥』は相変わらず理解できない状況に苦しむ。
「なんで……!? どうなってるの!!?」
気付けば『鳥』は屯野に抱えあげられながら、声に出していた。
(どうして……? どうして、あたしのTファージは発動しないの!?)
(解らんようなら教えてやろう。その蜂は確かにお前を刺した。だがしかしお前に打ち込んだのは毒ではなく、ワシが持つTファージだ)
不意に、混線した無線のように、しわがれた男の声が『鳥』の脳内に割り込んできた。
(え――な、に)
突然、頭の中で響いたそれは『鳥』の理解を完全に超えていた。『鳥』は夢を見ているのかと思った。
しかし、夢ではなく、『鳥』の頭に確かな感覚を持って『鳥』の頭の中に再び、そのしわがれた男の声が響く。
(お前はワシのTファージに感染したということだ。証拠に今、お前はTファージを自分の思うように動かせまい? 当然だ。お前の脳から送られた信号の一部をワシが妨害し、今もそれを続けておるんだからな。今こうしてお前と話をしておるのも立派な証拠だ)
(感染した……? そんなのありえない!! だって屯野君があたしの体を食べたときには何にもなかった……!!)
屯野は『鳥』のTファージをその肉ごと摂取したが、Tファージを上手く使えていない様子は見られない。現に今も『鳥』は屯野がTファージで肥大させた腕に縛めを受けているのだから。
(ああ、あれは異例なんだよ。本来ウィルスであったお前が自らの意志を得て、宿主を乗っ取ったのと同様にな)
(い、異例……?)
答えとは言いがたい鵠沼の言葉に、『鳥』はいぶかしむ。
(まあ、それをお前に伝える時間は残念ながらもう無い。――お前はもう死ぬ)
(え?)
その瞬間、『鳥』の両脇を抱えたまま屯野の腰がぐい、と白球を打つバッターよろしく捻られる。
『鳥』のすぐ上に見える豚の頭の側面についた屯野の目は、いつの間にか辺りを見渡すのを止め、腰の捻った向きとは反対の方向の上方の空を睨んでいる。その目の先に見えるものに『鳥』は思わず目をやり、追う。
しかし、そこは障害物も何も無い、ただ電線のある夜空だった。
とりあえず、『鳥』は自分が今も炎上を続けるガソリンスタンドに放られるのではないのだ、と安堵した。
体が一度炎上してしまえば、体の復活は厳しい。炎を振り払いながら復元を繰り返せばどうにかなるだろうとは思うものの『鳥』にはその自信は無かった。
やがて『鳥』は思い直す。鵠沼が屯野に言った『鳥』への殺し方を。感電死。鵠沼がそう言ったのを『鳥』は確かに聞いていた。
しかし、『鳥』は頭の中で自分が感電して死ぬはずは無いと理解していた。
それは、感電死で死ぬという事を言われたときに解っていた事だ。
だが、あの自信に満ちた鵠沼の言葉が、まるで死を告げる死神の言葉の如く、『鳥』の頭の中で重く圧し掛かって、感電して死ぬはずが無いと、『鳥』自身の否定を許さないでいた。
(最後に……ワシはナノマシン『Tファージ』であるお前を作った者として言いたい事がある)
『鳥』の考えを無視したその鵠沼の言葉の後、『鳥』は体を掴まれたまま、屯野の捻られた腰がバットを振り切るように反対方向へスイングされる。
『鳥』の視界が急速に真横へ流れ、気がつけば『鳥』の縛めは解かれていた。
今、『鳥』の体は屯野によって空へ投げ飛ばされていて、その体は高射砲で飛ばされた弾丸のように大空を突き進んでいた。
(――お前を作ってすまなかった。お前は本来この世に生まれるべきではなかった命なのだ)
「――――!!」
景色が急速に後ろへ流れる中、飛ばされた『鳥』の正面に電線が見えた瞬間、『鳥』はそこへ体をぶつけてしまい、咄嗟に『鳥』は腕ほどの長さにしていた翼を顔の前で閉じ、目を瞑っていた。
翼で勢いを殺す間もなく、『鳥』は自分の体に電流が流れる事を覚悟した。
向かってきた『鳥』の勢いを受け、『鳥』の近くの電線がゴムのようにしなる。だが、そこからは何の音もしなかった。
(――)
咄嗟にその場から落ちないよう、勢いを失い背中から地面に落ち始めた『鳥』は電線を素早く三又に分かれた鶏の肢で掴み、『鳥』は上下二本の電線うちの下の方に肢で掴まったまま逆さにぶら下がった。
烏城から得た知識どおり電線から直接感電する事は無かった。
(……どうなってるの?)
『鳥』が羽との間から顔を覗かせ顔の前で開き、その羽が傍の電柱に触れた瞬間。――唐突にそれは起こった。
『鳥』の目の前で突如、眩いばかりの熱をもった小さな星が幾つも迸り、溢れ、煌いて『鳥』の体中を覆った。
(――え)
もう、体も思うように動かなかった。
(――――あ、――――、――――)
『鳥』は思考する事もできず、訳のわからぬ衝撃にあえいでいた。
肢は光を迸らせ続ける電線をつかんだまま、『鳥』は吊り下がったまま壊れたロボットのように体を振らせ続けた。
烏城の知識通り、『鳥』は確かに電線に触れても死ぬ事は無かった。
電線は二本の内、『両方』に触れないと感電はしない。だから、一本の電線を掴んでいた『鳥』は感電しなかった。
(あ――――が――――が――――ぐ)
しかし、『鳥』は前日の状況を考慮していなかった。
それは、昨日この町に雷雨を伴う大雨が降ったということだった。
昨日、屯野と市ヶ谷の戦いの際に雨が降ったことで町のあらゆるものが水に濡れてしまい、そしてそれは例外なく『鳥』が先程翼で触れた電柱をも濡らしていた。
雨が降ったことにより、水分を含んだ電柱は変圧器から出る七百ボルトの電気を通り易くしてしまい、その電柱そのものが『鳥』にとって触れてはいけないはずの『片方の電線の働き』をし、結果『鳥』は肢に掴んだ電線と、水を含み電気が通っている電柱の『両方』に触れた瞬間、感電した。
屯野に喰われた後、血溜りから復活を果たした際、『鳥』の全身は血液に濡れていた事で『鳥』自身の電気抵抗は大きく減少していた。
その『鳥』の電気抵抗の無い濡れた体に0.0何秒と言う早さで数百mAの電流が駆け巡り、『鳥』の全身を眩い光と共に、焦がしてゆく。――(人の命に危険がある電流の量は50mAでその量が100mAになると死亡すると言われる)――
烏城麗那の体に蔓延したTファージ『鳥』は変圧器から流れ続ける電流によって、寄生した細胞ごと焼灼され、『鳥』が自身を復元する百分の一秒の間も与えず、『鳥』という存在はその体と共に急速に壊死し跡形も無く消滅してゆく。
やがて『鳥』の電柱に触れていた翼は焼け落ち、『鳥』の――烏城麗那の体がアスファルトの地面へ落下した。
その時、人の姿へと戻った屯野琢磨は電柱の傍で感電した『鳥』が眩い光を放ち、数秒した後に地面に落下したのを見届けた。
「死んだな」
その傍で、確信に満ちた声で鵠沼が落ちた烏城の体を見てぼそりと言った。
「…………」
「ま、死体は一応確認しておこうか」
鵠沼が烏城の落ちた方へ歩き出した。やがて鵠沼が後ろを振り返り言う。
「琢磨……出来ればその、お前も――」
「ああ。解ってるよ」
屯野は鵠沼の方へ歩き出す。
鵠沼は前を振り向き、少しした後で口を開いた。
「……そうか。なら良い」
二人で短い言葉が交わされた後、屯野達は死んだ『鳥』の死体に辿り着いた。
そこには一つの焼死体があった。
黒く焼かれ、完全に体内の血を含む水分が電熱により残らず蒸発し、カラカラになりながらもそれでも頭と四肢のある人としての原型を辛うじて保っていた烏城麗那の体があった。
屯野と同じくそれを見ていた鵠沼は、死体から目を反らし頭の後ろで腕を組んで何事もない風に言う。
「しかし琢磨、お前も下手なヤツだな。ワシはあの時電柱と電線とが触れる場所に投げろと言っただろう。ヤツが自ら電柱に触れてくれたから良かったものの……全く、どこに投げておる」
屯野はその死体を見たまま頷く。
「ああ」
「……まあいい。琢磨。今からワシと一緒にお前が入院しとったあの病院へ行くぞ。理由は後で言う。恐らく烏城の事も大丈夫だ。心配するな」
屯野はやがて死体からガソリンスタンドからの出る火でほの明るい空を見上げ、言った。
「ああ」
そのあっさりとした返答に途端に鵠沼は不審に思い、改めて屯野を見た。
「……? おい琢磨……お前泣いてるのか?」
「ああ」
屯野の口から出た声はいつの間にか震えていた。
父を殺した『鳥』に屯野は自分の意志で無事に仇を討つことが出来、Tファージにまつわる怪人騒動もこれで終結した。そしてそれらを為しえた今、屯野は自分の気持ちが晴れやかになると思っていた。
だが屯野はなぜか目の前の無残に焼け、数秒の内に命を落とした哀れな死体を見た時に、とても悲しくなった。