「第二十八話」
「第二十八話」
三十分後、屯野達は毬川の詐欺を半年間見逃すという提案を受け入れ、話し合っていた喫茶店――『クラム』――を這う這うの体で後にした。
何も口答えできず、終始毬川の手の上で踊らされ続けた屯野達の帰路へ向かう足取りは重い。
今、毬川が無実の人を人質に取るという姑息な手段を講じてきたことで屯野の心の中で毬川に対する怒りや悔しさ、恐怖とがせめぎあい、屯野の頭の中を著しく乱している。
屯野達が不承不承ながら毬川の要求を受け入れた際、毬川が別れ際に言った事が屯野の頭の中で思い出される。
『お金の場所は半年後、私がこの町で詐欺を終えたときにあのお爺さん――鵠沼――の口からアナタ達に直接伝えさせる事にするわ。私のこの言葉が嘘と疑うのなら鵠沼に直接聞いて見なさい。確認を取らせるし、あの人がアナタ達に嘘をつく理由なんて無いからね。それじゃあ、もう帰っていいわよ。――ほら、外にいる変革者の皆さん。この子達との話し合いは終わりました。彼らに道をあけてあげて下さい』
(……あくまで金を俺達に渡すのは自分の詐欺を見逃してくれたお礼……ってか。畜生、あの詐欺師のくせしてふざけやがって)
そして、言葉を失ったように今まで歩いていた二人だったがその中、隣を歩く烏城が俯きがちにふと呟いた。
「琢磨君」
「…………」
「……あの、琢磨君?」
「う……うるせえよ!! 今、話しかけるんじゃねえ!!」
「……!」
屯野の怒りの表情を向けられた烏城は身をこわばらせる。
屯野自身、こんな風に烏城に怒鳴り散らしても何もならないことは知っていた。だが、自分の中に際限なく湧くどうしようもないこの感情は理屈ではすまないのだ。
「なぁ麗那、お前は悔しくないのか!? 今日俺たちはあのクソ婆に騙されて、言いくるめられてよ!! 更に俺のクラスの奴の母親が人質になってるんだぞ!? 畜生ッ……畜生ッ……!!」
「ええ、あの人は私の部活の友達のお母さんですから。よく知ってます」
「え?」
「……私、あの毬川という人の事、絶対に許せません」
そう言った烏城の目には妙な光が宿っていた。屯野はそんな烏城の顔を今まで見た事が無い。
烏城の周りには屯野には窺い知る事ができない雰囲気――――殺気に満ちていた。
屯野は見たことも無い雰囲気を持つ烏城の姿を驚きに目を瞠る。
「れ、麗那……?」
烏城は淡々と自身の胸中の思いを言葉にする。
「今日の一件で決心がつきました。――――私、絶対にあの人を殺します」
「…………!」
だが、その烏城の言葉は間違っていた。烏城が毬川を殺す事は無かった。
そのやり取りから少し後、公民館近くの喫茶店『クラム』のボックス席の一つに腰掛けていた毬川は屯野達の後をつけさせた二人の変革者からの報告を聞いて、彼女は満足げに微笑んだ。
「ありがとうございます。お陰で彼らの家も解ったし、これでいつでも彼らの所に覗えます。今日は本当にご苦労様でした。さぁ、もうお帰りになっても結構ですよ」
そして二人の変革者は会長に御礼を言われた事に小さく歓喜しながら、その場を後にした。
やがて、毬川は変革者たちがドアの向こうに去っていくのをその鋭い目で見届けると、長い溜息をついて背もたれにもたれかかり、煤けた天井を見上げながら毬川は変革者の報告であった烏城が毬川へ言った言葉をうわごとのように繰り返す。
「絶対に殺す――か。あの女の子、カワイイ顔してえらい物言いね」
そして突如、扉を開けカラカラと来客を継げるベルが鳴り、毬川はゆっくり体を起こし、入ってきた人物を見る。
ドアを開け入ってきたのは派手な色で体のラインを出すドレス姿にブルネットの髪をもつ、映画女優のような浮世離れした女だった。
毬川はその人物に見覚えが無く、毬川が誰だと問う前にその人物は口紅を塗った唇を妖しく動かして言葉を紡ぐ。
「随分と嫌われたものじゃないか。ええ?」
顔と口調のおかしさに眉をひそめながら、毬川はその入ってきた女に言う。
「アナタ、誰よ?」
「ワシだよ鵠沼だ。この町ではこの姿で行動しとる」
その言葉にさして驚いた様子も無く、毬川はやがて、入ってきた女に笑顔を作る。
「へえ、蜂になったり、何でもアリねアナタ。じゃ、さっきのやり取りも見てたって訳ね」
そう言われ、鵠沼はああ、そうだなと言い毬川の近くのカウンター席の一つに腰掛ける。
「ところでどうする。屯野達はお前と戦う気だぞ。ひひ――これでお前も戦わざるを得んという訳だ」
「ええ、さっき後をつけさせた信者からそう聞いたところよ。――――今日の夜にでもあの子達を殺しに行くわ」
「ほう、自ら行くとは積極的だな? 洗脳した信者は使わんのか?」
「冗談言わないで。彼女たちを使う事も出来るけど、不慣れな殺人は警察にすぐ見つかってしまうわ。彼女たちが私の会の名前を事情聴取の時に警察の前で出さないとも言い切れないし、それに――――」
「私、人に騙されるのは好きじゃないの」
毬川は信者に屯野達の後をつけさせて良かったと自分の選択を賞賛したかった。
お陰で彼らをいつでも襲う事が出来るし、何より歩いているときの会話で彼らの胸中も把握できた。――あの場では彼らは提案を受け入れた。しかし、その内一人の黒髪の女の子の方は帰り際、提案を受け入れず言葉にしてハッキリと自分に敵意を露にした――
この報告が無ければ毬川は虚を突かれ、奇襲をかけられていただろう。
だが自分は詐欺師だ。虚を突くのはあの女の子達の方ではなく詐欺師である自分の方でなくてはいけない。
(初めに殺す相手はそうね……私が稼いだ金を子供の集めた木の葉のようだと馬鹿にした麗那とかいう、あのクソガキにしようっと)
毬川はにんまりと微笑みながら、明日の朝の献立を決めるくらいの迷いの無い軽い気持ちでそう決めた。
「……それよりアナタ随分香水振ってるわね? ここからでもすごい臭いよ」
烏城いくつか話して別れ、一人家に帰った屯野の頭の中ではさっきの毬川との『クラム』での会話を反芻していたが、しかし、その後の帰り際で烏城が言った言葉にも引っかかるところがあった。
「麗那は……きっと、毬川と戦うつもりなんだろうな」
屯野は家に帰るなり自分の部屋に向かいすぐさまベッドへ向かい、今もこうして仰向けになって寝転がっている。
今、屯野の頭の中では怒りだけで言い表せないさまざまな感情が去来していた。
とにかく考えを落ち着かせる時間が今、屯野には必要だ。
そう、烏城は毬川と戦うことを望んではいるが屯野自身は正直毬川と戦いたくは無かった。
と言うのは相手は一人の人を殺してはいるものの、彼女自身それ以上殺人を犯すつもりは無いと言うことだ。
あくまで毬川は詐欺師であって市ヶ谷のような――屯野自身この形容詞で友の事を言うのは憚られるが――何人も手にかけるような『殺人鬼』ではない。
当然、殺人は数の問題ではないと言う事も屯野には解っていた。しかし――
(俺はもうかなりTファージを使っている。もし、今度Tファージで戦うようなことがあればその時、俺は自分の意識を保っていられるのか……?)
屯野は鵠沼からTファージの副作用について聞いた後、自分はもう二度とTファージを使いたくは無かったのだ。市ヶ谷の心を蝕んでしまった恐ろしいウィルスに屯野は恐怖すら覚えていた。
それは烏城にも言いたい事だったので、屯野は烏城が毬川を絶対に殺したいと言った後、その事を諭した。
「でも麗那、そんな事をすれば俺やお前がTファージを使ってあいつと戦いに行けば、いずれTファージの副作用で市ヶ谷みたいになるかもしれないんだぞ。悔しいけどアイツの要求を呑むしかないだろ!? そうすれば少なくとも誰も死なない!!」
その途端、烏城の冷たい眼が屯野のほうに向く。
「……琢磨君はあのカバンの中のお金に眼が眩んだんですか?」
烏城の見下げるような言い方に屯野は頭が真っ白になり、気がつけば烏城の襟首に掴みかかっていた。
「馬鹿言えっ!! 俺はただお前の事を思って……!!」
「ごめんなさい……琢磨君。……少し言い過ぎました」
それからそれ以上会話は続かず、二人は何も言わないまま別れる事となった。
今、ベッドの上で仰向けになった屯野は自室の天井を仰ぎ見ながら、その時の烏城に思いを馳せていた。
「……後で、麗那の携帯に電話して今日の事をもう一度話してみるか。はぁ……」
そう呟くように言い、そのまま屯野は今朝、十分に取れていなかった睡眠時間を補うべく、家に帰ったときからの眠気に誘われるまま、深い眠りに落ちた。
そして屯野はその烏城に電話をかける事を後回しにした自分の選択を数時間後、死ぬほど後悔する事になる。
その日、午後11時40分。自室のベッドで眠っていた烏城は突如鳴り響く、携帯電話が着信を知らせる音で目を覚ました。
「誰ですか……?」
『あ、烏城さん? ごめん、もう寝てた? 夜遅くにごめんなさい。私、清水よ』
その名前には烏城も覚えがあった。清水は烏城のクラスの学級長だ。入学式の後、電話番号を教えあったものの電話をもらったのは今日が初めてだった。
烏城は時計と、その電話のかかっている携帯電話とを見比べながら首をかしげる。
「……? 清水さん。どうしたんですか?」
同時刻、烏城が受けた電話の向こうの相手――――清水清香はいえ自分の母が自分の目の前に掲げている文面をそのまま読み上げる。
「いや、ちょっとさ……烏城さん私と今から会えないかな?」
『――――今からですか?』
電話の向こうの烏城の声が僅かに訝しげになる。清水は紙を掲げる母親の前で冷や汗をかくのを感じた。
その隣にはつい先ほど来たばかりで、家の中で腕を組んで立っている化粧の濃い宮野の母がいた。
(もうっ……夜中に押しかけといてそんなに睨まないでよ……! 私だってこれでも一生懸命やってるんだから……!)
「そ、そうなのっ。前から私、どうしても烏城さんと二人っきりで話をしたかったの!」
(あー、もう。何やってんのかしらあたしってば。宮野って子のお母さんだけに頼まれたなら断るのに、ウチのお母さんもあたしに頼むなんて……。あーぁ……)
そんな自分の雰囲気を隠すように清水は言葉に過剰なほど明るさを取り繕って、芝居だとバレていない事を祈っている。
『…………』
烏城は沈黙を保っていた。
清水の周りが気まずい空気になる中、清水は我慢できず口を開こうとする。だが、それよりも早く、烏城は清水に明るい声で答えていた。
『はい、いいですよ。私も清水さんと仲良く出来たらなあって考えていました。それじゃ、待ち合わせ場所はどうします?』
「――――!!」
清水は喜びのあまり飛び跳ねたい衝動を懸命に抑えながら、慎重に書かれている言葉を読む。
「あ、そ、その……烏城さんの家は天見町だったよね? じゃあ舞花町へ向かうまでの十字路は解るよね? コンビニとかあるところ。そこのコンビニの前で待ち合わせましょう。――う、うん。それじゃあね……。ね、ねえ。切ったけど……これでいいのよね?」
「ええ、ご苦労様でした」
そう言って、居間の奥から突如出てきたのは清水の見知らぬ三十過ぎの地味な格好をした女性だった。
「ねえ、アナタ清香ちゃんだったかしら、ちょっとこっちへいらっしゃい」
「は、はぁ……?」
そして、清水清香はその地味な風貌の女に玄関口まで呼びつけられるままにそこへ向かった。
やがて、その女が清水にさも申し訳なさそうに丁寧に頭を下げ、言う。
「今日はこんな夜遅くに尋ねて、ごめんなさいね」
「いえ、別に……でも何で私が烏城を呼び出すんです……? 初めにも言いましたけど私はそこに行かないし、もう何もしませんよ」
清水は眠りを邪魔された苛立ちを募らせながら言う。
女は清水とは対照的に、清水の労をねぎらうかの如く優しく明るい表情を清水に向けてみせる。
「ええ。それはもういいの。ほら、これは今日のお礼よ受け取って」
そう言って、女は懐から上等な革の財布を取り出し、札入れに入っていた札束を殆ど全部つかみとり、それを清水に与えた。
それを言われるまま手に取った清水は、自分のもつ何枚もの万札に目を丸くしていた。
「え……えぇ!? こ、こんなお金――――」
女は黙って、清水の口元に人差し指をそっと当てる。やがて声を潜め、わが子を諭すようにゆっくりと言葉を出す。
「しぃっ。……静かに。向こうのお母さんたちに聞こえちゃうわ。――――今日のこの事は私たち二人だけの秘密よ。いい?」
「は、はいっ。ありがとうございます!! こんな、こんなお金もらえるなら私、絶対黙ってますよ!!」
「そう。いい子ね」
言いながらその女――毬川蝶子は別のことに思いを巡らせていた。
――電話の応対を聞いていたが、恐らく麗那は自分の企みに気付いた上であえて誘いにのったのだろう。ガキの癖に少しは頭が回るのね。ま、この時間でのこの申し出は流石に怪しすぎるか――
しかし、同時に毬川は今、清水に話させた内容が戦いの誘いであることが烏城に知られても、烏城はその上で絶対にその誘いを断らないという事も知っていた。
(Tファージの副作用だかなんだか知らないけど、『クラム』での帰り際にしたアナタ達の話の内容から察して、恐らく献身的なアナタは友達を戦いに行かせるくらいなら自分が戦いに行く方を選ぶはずよね。二人の相手と戦う場合、こうした分断作戦は基本だもの)
そして、およそ十分後。
「遅かったですね。詐欺師のオバサン」
待ち合わせていたその交差点では烏城の姿があったのだ。
待ち合わせ場所に毬川はワンボックスカー乗り付け、辿り着いた毬川は先に明かりの消えたコンビニの前で昼前と同じ服装のワンピース姿の烏城の姿がある事に驚きを感じ、同時にハンドルを持った自分の手がきしみ、その車の中で一人、苛立ちを募らせた。
(クソ……仕込みをする前に来るなんて予想外ね。あのガキの家から三十分ほどかかるこの場所をわざわざ指定したのに。……予定が崩れたわね。まぁいいわ)
毬川は烏城の前で苛立ちを隠しながら、車からゆっくりと降りる。
そして、毬川は友達に声をかけるような気さくな態度で烏城に話しかける。
「あら、知ってたの? そうそう。ごめんなさい。私アナタをこの場所に誘う為にアナタと同じクラスの子に頼んで、この場所に来るように嘘をついてもらったのよ」
そう言いながら、素早く烏城の姿を観察する。
騙された事を知っていたのなら、烏城は何か武器のようなものを用意し、この場に持ってきているかもしれない。
しかし、肩から提げるようなテニスラケットのケースのようなものを体の正面で持ち、ぶら下げているくらいでそれ以外武器となるようなものが入っているような異様なふくらみは無かった。
「それより、肩から提げたそれはなにかしら?」
「……これは、あなたに対する私からの警告です」
淀みなく烏城はそう言って、突如、素早く流れるような動きでケースを取り外し、中のものを露にする。それは腕の倍ほどの長さもあるそれはライフルだ。
その銃口はまっすぐ、毬川のほうを向いていた。
「へえ。どういうつもり?」
「今すぐ、あなたが今している詐欺を止めて、騙し取った人たちにあなたが今までの詐欺で稼いだお金の全てを返してください」
「…………本気で言ってるの?」
毬川は自分の方へ向けられている銃口をまじまじと見る。
「そうしなければ私は迷いなくあなたを撃ちます」
「はぁ……アナタ少しは頭が回るかと思ったけどどうやら私の見当違いだったみたいね」
「何を言ってるんですか?」
毬川は口角を吊り上げ、烏城の前で妖しく笑ってみせる。その表情は獲物を駆る前の獣に等しい。
「そんな口径の小さな銃は玩具のピストルだって、この私が冷静さを失って気付かないとでも思った?」
毬川がそう言うが早く、既に毬川の足には目の前の烏城に突進する為のTファージが充填され、人間とは思えぬ加速力を持って毬川は烏城に向かって真っ直ぐに突進する。――先手必勝だ。
「――――!!」
烏城は突進してくる毬川を避けようともせず、ただ、手に持った口径の小さいライフルの引き金を迷いなく引く。
風船が破裂するような音と共に、烏城の持ったエアライフル、ファインベルクバウ150/300の銃口から直径五ミリ程の鉛製弾が秒速何百メートルという加速度を持って、向かってきた毬川の額に容赦なく襲う。
「ぃ――――ぐぁっ!!」
その射撃を何とか首を反らし、かわすもののそれは額の皮膚を深く削っていった。毬川は襲ってきた痛みに、呻き苦しみ、やがて傷を押さえながら糸を失った人形のようにその場でどう、と倒れこんだ。
毬川の倒れている辺り一面に傷口から出た赤い飛沫が散った。
(な――――何、何なんなのよ!! クソが! 滅茶苦茶痛ぇし!! あのガキの銃は玩具じゃねえのかよ!!?)
素早く、毬川は起き上がってその場から逃げるよりも先に体の豚のDNAを持った自身のTファージを作動させ急速に大きな豚の体へと変成させてゆく。
今、信じられない速度で膨張を続ける毬川の体はさながら分厚い皮膚と何層もの筋組織で出来た巨大な肉の鎧だった。毬川の身に着けていた衣服は元から大きめのサイズだったか、かなりの伸縮性があるのか、いずれかの理由によって肉の膨張では破れはしなかったものの、生地は伸びきって内側からはち切れそうだった。
「ブギャァァァァァ!!!!」
毬川は人の衣服を身に纏った豚と人の中間のような奇怪な姿へと変身を終え、静かだった夜の帳を引き裂くような声で毬川は豚に変わった自らの口で涎を撒き散らしながら咆哮し、烏城の姿を探す。
しかし、周りには烏城の姿は見えなかった。
素早く、毬川は自身の今得た豚の持つ能力を発揮するべく、大きな鼻先を鳴らし辺りの臭いを注意深く嗅ぐ。
排気に煙る大気の臭いの中で一つ、明らかに自然のものではない異質な臭いに毬川は気付く。
毬川はそれが烏城の持つTファージの臭いだとは知らなかったが、それでもその臭いをかいだとき、それは烏城のものだと言う妙に確信めいたものがあった。
(見つけたぞ、クソガキ)
毬川は夜の空を満足そうに見上げる。
毬川が見上げたところには月光にさらされながら天使のように毬川の十メートルほど上空で滞空するワンピース姿の長い黒髪の少女、ライフルを背に担ぎ、両腕を白く両翼数メートルもの巨大な鶏の翼へと変え、鉤爪のついた肢を持つ、烏城の姿があった――そして更にその烏城達がいる交差点から少し離れた所の建物の陰から季節はずれなミツバチやスズメバチが彼女たちを見守るように滞空していた。
深夜の交差点で鶏のTファージを持つ怪人と豚のTファージを持つ怪人との命を懸けた戦いの火蓋が今切られた。