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「第二十五話」


「第二十五話」


深夜の図書館で屯野琢磨とんのたくまが市ヶいちがやわたるを倒した日の朝。

遅くに家に帰った屯野は歳の離れた姉である雪沙せつさが階下から自分を呼ぶ声で目を覚ました。

「……」

壁にかかった時計を見れば朝の九時半。屯野は今、見慣れた自分の部屋のベッドの上で仰向けになっていた。

服装は図書館での戦いが終わり、家に帰った時に寝巻き用のジャージ上下に着替えており、戦いの際に来ていた衣服は自分の衣装箪笥いしょうだんすの奥に押し込んである。付着した血や埃が酷く、二度と着る事はないだろうと屯野は思って、その内捨てるつもりでいた。

開かれた窓から見える外は深夜から降っていた雨が止んでいて、朝の爽やかな陽光が屯野の雑多な部屋の中を照らしている。

屯野はゆっくり体を起こし、その窓の外に広がる朝の町並みを見た。

「平和だな……。この町は。――――さて、起きるか」

ぼんやりとする意識を抱えたまま、屯野はベッドから起き上がり雪沙のいる階下へ向かう。

「おはよ。琢磨。お父さん達はもう出かけて行ったわよ」

向かったリビングのテーブルには案の定、雪沙がテーブル近くに据えられた椅子に座っていた。

やがて、雪沙はいくつかの食器を持ちながら椅子から立ち上がり、屯野に顎でテーブルの上を指し示す。

「ほら。お母さんがご飯作ってってくれたから、それ食べて。私、もう仕事行かなきゃだし」

雪沙は駅の近くにある美容院で美容師として働いている。

いつもこの家で繰り広げられる会話に屯野はぞんざいに頷いた。

「ああ。言われなくても解ってるよ」

そう言いながら既に洗面所へ向かっていた。

やがて、雪沙のいる台所の方から屯野に向けられた声が聞こえてくる。

「あ、そうそうさっき市ヶ谷君のお母さんからウチに電話があったの」

その名を姉の口から聞いて、洗面所に向かっていた屯野の足が止まる。


「……何で?」


「何でって……。市ヶ谷君が昨日のお昼に家を出てからまだ帰ってきてないらしいの。――あ。そういえばアンタ昨日、市ヶ谷君と麗那ちゃんと三人でプールに行ったんだっけ? プール行った後、市ヶ谷君ちゃんと家に帰ったの?」


姉の何気ない言葉が屯野の中で重く反響する。

夜が明けきれていない、今からほんの数時間前の光景が屯野の脳裏で幾つもフラッシュバックする。


図書館で屯野と烏城を待ち構えていた市ヶ谷。

自身を牛頭人身の姿へと変貌させた市ヶ谷。

その市ヶ谷は躊躇い無くライフルを持っていた烏城に飛びかかり頭を砕き、殺す。

そして、屯野は市ヶ谷と争う。

そして、屯野は烏城の落としたライフルを手に市ヶ谷の額に撃つ。一発。二発。三発と。苦しむ友の顔を見ながら屯野はあの時ひたすら引き金を引き続けた。


手にライフルを撃った時の反動がまざまざとよみがえる。

「ご、ぅ…………!」

屯野は突如吐き気に襲われて、手は口元に伸びていた。

「琢磨? どうしたの?」

姿は見られなかったが、返事が無かったので台所にいた雪沙が床に足音を響かせる。屯野の方へ近づいてきているようだ。

(や、やば……)

屯野は襲ってきた吐き気を抑え、慌てて居姿を正し、屯野の方へやってきた姉の前でどうにか平静を装う。

雪沙が心配するように屯野の顔を下から覗き込んでくる。

「アンタ……顔色悪いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫だって……俺、顔洗ってくるから姉ちゃんは早く仕事行けよ」

「そう? ――あ、それより私が聞いた事についてはどうなのよ? 市ヶ谷君は昨日ちゃんと家に帰ったの?」

「……ああ、あの時ちゃんとアイツは一人で帰って行ったよ」

そして、それが「友として見た市ヶ谷渉いちがやわたる」の最後の姿だったという事も、屯野は知っていた。



雪沙が家を出て数分後。洗面を済ませた屯野はリビングで一人、朝食を取っていた。

目の前のテレビには普段家族が見る、朝の番組がそのまま映っていた。

テレビの中の何人かのコメンテーター達と司会がある問題について話している。

屯野はテーブルの上の朝食を機械のように淡々と口に運びながらテレビを眺める。


『ですから私が憂慮すべき点があるとすればそれは、今我が国がある問題に対し、膨大な金をつぎ込み続けているという事なんです』

番組内で辛口コメンテーターで知られる厚化粧の中年の女性――岩村幸恵いわむらゆきえは手振りを交えながら隣にいる司会に対し、その独特の鼻にかかったような声で話しかける。

司会はその女性の方へ身を乗り出す。

『その問題と言うのは先ほどの……』

『そうです。2022年に農水省より打ち出されたプロジェクトです。億兆の費用と何千人の研究者を投じ二年後にそれらを擁する巨大な研究所を作り、更に研究開始から二年以上が経った2026年の今なお、国民には何の成果も知らされていないんですから。とんだ金食い虫ですよ』

『では、プロジェクトは中止されるべき……だと?』

カメラの向こう側にいる世間を憚るようにテレビの中の司会の声が若干小さくなる。

『誰が見てもそれは明らかでしょうね。研究所内で今も行われている遺伝子組み換え研究に対して多くの各国宗教家から今も批難があるといいますから』

『――といいますと?』

『知っての通り、私たちは親から肌の色、髪の色、性格といった様々な情報をもったDNAを受け継いで生まれてきます。そしてそれは生きとし生けるもの皆そうなのです。しかしバイオテクノロジーに関する研究では生物がこれまで歴史の中で営々と受け継いできたDNAを人間の身勝手な意志によって変えられてしまう可能性があるのです。あらゆる生物は神――どの宗教の神かは問いませんが――から生を受けたと考える人たちにとってそれは生の本質を揺らがしてしまう事に繋がるのです』

『プロジェクトが開始された今でも、研究所で何が行われているのかは現在も国家の重要機密として扱われているそうですが』

『ええ。不安よりも呆れますね。多くの人たちの意見をないがしろにして、強引に『家畜工場』という妙な名前だけを掲げたプロジェクトを推し進めて、結果生まれたのは東京湾上に浮かぶ不気味な建物ですからね。孤立したあの研究所の状況がまさしく今の日本政府を表していると思いますよ』


「ちょっと前から、このニュースばっかだな……」

屯野はテレビの中で繰り返されるように続く映像に数週間前から辟易へきえきしていた。

内容の無い話をいつまでも続ける番組に屯野は嫌気がさし、チャンネルを変えようとする。

その時、家の中に来客を告げるチャイムの電子音が調子外れに響き、屯野はリモコンに伸ばした手を止める。

(ん、誰か来たのか)

屯野は寝巻きの格好のまま、扉の方へ向かう。

「はい、誰ですか?」

閉まった扉の向こうへ声をかける。

少しの間の後で返事があった。――若い女の声だ。

「早くドアを開けてくれないかしら? 外は暑いのよ」

聞き慣れない声に屯野は眉をひそめる。

「……誰ですか?」

「あら。思い出さない? ――貴方の為にこんなにいい香りの香水をきかせているのに」

「…………」

瞬間。屯野の頭の中で昨日、烏城と入った喫茶店での出来事が蘇った。――ドアの下の僅かな隙間から女のつけている香水の匂いがここにいても解る。そして今、屯野が発達させた自身の鼻はもう一つの匂いを嗅ぎ取った。

香水に混じっても解るほどのTファージの独特な臭い。――間違いない。

屯野の表情に身の内の嫌悪があらわになる。

鵠沼くげぬまのジジイか。何の用だ」

「……ドアを開けてくれるかしら?」

屯野の言葉に対し、肯定も否定も無い女の答えが返ってきたことで屯野は理解し、既に屯野の手はドアの施錠を解いていた。

ドアを開けたすぐ傍には、既に敷居をまたいで入ってきた三十過ぎの女性がいた。

目鼻立ちの整った顔。肩までのびた長いブルネットの髪に褐色の肌を持ち、ボディーラインを強調させるようなドレスを身にまとう映画女優のような女は喫茶店で屯野達と出会ったときと全く同じいでたちだった。

化粧なのか、光沢を持った瑞々しい女の紅い唇が屯野の前で怪しく動く。

「――全く。ワシだと解ればすぐに戸を開けんか」

若い女の声のまま、年寄りがかった口調を使うその人物は自身の姿をTファージで若い女に変化した鵠沼玄宗くげぬまげんそうだった。

鵠沼はその細い体を滑り込ませるようにドアをくぐり、屯野の家の中へと素早く上がりこむ。

「ホレ、もういいから早く戸を閉めろ。あぁ。今日は暑くてかなわん」

そう言いながら、鵠沼は胸元の生地を摘んで、もう片方の手でぱたぱたと自分をあおいでいた。

屯野はドアを閉めながら、その女性らしからぬ仕草をする女の姿を横目に見ていた。

その汗の滲んだ素晴らしいプロポーションを持つ女性の姿を見れば普通の高校生男子なら興奮する事必死だが、しかし言葉遣いが年老いた爺そのもので台無しだった。

目の前の美しい女が鵠沼玄宗という白衣を着た小汚い老人でもある事を屯野はこの眼で見て知っていた。

「……何でアンタがウチに来るんだよ」

嫌味たっぷりに言うが、鵠沼はそのまま靴を脱ぎ、家の中に上がりこんでいた。

鵠沼は屯野の方を見ず、かつ自分にかけられた言葉を無視して言う。

「この家には年寄りに出す茶もないのか? ワシはさっきまでこのクソ暑い中、お前の家の者がいなくなるまで近くでずっと立っていたんだぞ。冷たい茶でいいからな――早くしてくれんか。喉が渇いてしょうがないんだ」

「はぁ……知らねえよ。爺さんは今、見た目若いから大丈夫だろ? それより気安くウチに上がりこむな」

鵠沼の方へ向き直る。やがて言われた鵠沼はその場で足先だけで器用にクルリと屯野の方へ身を翻して振り向く。

「いいのか? 最後の感染者について教えてやろうと思っていたのだが」

「最後……?」

「四人目――お前が戦う最後のTファージ感染者の事だ。知りたいんじゃないのか?」

あっさりと言われた鵠沼その言葉に屯野は衝撃を受けたが、すぐに昨日までの事を思い直した。

「うるせえ。ジジイは市ヶ谷が感染者だって事をあの時まで俺に知らせなかったのに、今更何が教えてやる、だ」

すると、既にリビングの方へ向かっていた鵠沼がああ、と答える。

「あの牛男――もう隠す必要がないから市ヶ谷と呼ぶが――は感染し、初めて人を殺した後でワシと会った時に自分が感染者である事は誰にも言うなと頼まれていたものでな」

「へえ、そうかよ。その事がどこまでホントなんだろうな」

「――何でもが済んだら自分も死ぬつもりだからそれまでは黙っててくれ、とか言いおってな」

それは屯野にとって初めて聞く言葉だった。鼓動こどうが早まる。

「……は? ど、どういうことだよ」

リビングに入った鵠沼は既に中にあるテーブルに据えられた椅子の一つに腰掛けていた。

鵠沼の目は真剣そのもので屯野の方を見つめている。

「つまり、市ヶ谷は初めから死ぬ気だったということだ。

あいつの言葉ではTファージを使って始めて人間を殺してしまった時、すでに殺人を犯した罪悪感があったのか市ヶ谷は初め、お前にもしたTファージについての説明を聞いた後すぐにワシに自分を殺すようせがみおった。

だがその後、思い直したらしいな。市ヶ谷は言いおったよ。やっぱり残った全員を殺すまでは俺はまだ死ねないとな」

鵠沼は続ける。

「やがて夜遅くになり、お前が病院のベッドで目を覚まし、院長の姿でお前の様子を見に来たワシと出会った。そして、牛の怪人について話す内にワシは人が殺されるのに耐えられないお前の望むとおりに、あの後『これ以上騒ぎを起こすな』と四人を殺していた牛の怪人である市ヶ谷に伝えたぞ。当然、最後の一人をまだ殺しきれていない市ヶ谷は当然、動揺しおったがな」


「な――そ、それは」


「まあ、そう言った所で当然、市ヶ谷は納得するはずも無かったよ。だからワシはこれ以上の殺人をするのなら、屯野を倒してからだという条件を市ヶ谷につけた。そうしないとワシは蜂を使いすぐにでもお前を殺すと――ワシはお前とは違ってあくまでも怪人同士の争いを見たかったしな――。まぁ、そう言おうが言うまいがどの道、市ヶ谷はお前を殺そうとしていたよ。初戦の路地裏での戦いの時も市ヶ谷はお前が同じ感染者だと解った上で尚お前を追い、戦おうとしていたしな」

最後の方の鵠沼の言葉で屯野は図書館での戦いの時、市ヶ谷の言葉を思い出す。

最後に奥の本棚の裏側に隠れた屯野の方へ向かってくるあの時に市ヶ谷が言った言葉――

「…………なぁ爺さん」

「何だ?」


市ヶ谷は言った。

『俺は心が壊れちまってる……屯野、お前も『そう』なんだろ? ――俺らはもう戦うしかねぇんだよ』


「Tファージっていうのは一体、なんだ……!? 体を自由に変化させたり、体を治したり出来たり……――本当はそれだけじゃねぇんだろ」


屯野は椅子に座っている鵠沼に横から詰め寄った。

「Tファージはもしかして、使った人間の心をえてしまうんじゃないのか? 誰かを殺したいほどに凶暴に……」

無表情だった鵠沼の表情にほんの僅か、陰が差す。やがて鵠沼は俯き、言いにくそうに口を開いた。

「――確証はない。だが、屯野、お前のその推測はあながち間違ってないだろう」

鵠沼の言葉に屯野は首をかしげた。

「は? 確証はないって……どういうことだよ? Tファージはお前が作ったんだろ?」

「確かに、Tファージはワシが作ったがそれに付随するあらゆる動物のDNA情報は研究所で飼育していた家畜のものをそのまま流用したに過ぎん。念を押すがワシは生き物が別の生き物へ変身する機能――Tファージ――を作っただけだ。変身した後で性格が凶暴になる事はワシも知らんかったよ。まぁおおよその察しはつくがな」

「じ、じゃあ、何なんだよそれって」

「お前にはなぜ、Tファージと言うウィルスをワシが作ったのかを話してもいいかも知れんな」

「え?」

鵠沼は呆気にとられている屯野を無視して続ける。

「――お前ら感染者にはそれぞれある一種類の動物のDNA情報が入ったTファージを持っている。それらは何れもお前らが日常よく食べる牛、豚、鶏の三種の内一つだ。ほれ、丁度あのテレビでもやっておるだろう?」

そう言って長い付け爪のついた、ひとさし指を延ばした先にはさっきまで屯野が見ていた朝の報道番組が映っていた。

今、映っているのはあるVTRだった。

海に浮かぶある大きな白い建物の空撮の映像を流しており、そこに淀みない口調でナレーターの声が入る。

『2026年に完成した日本第一遺伝子研究所では年々多くの予算……私たち市民の税金の一部が流れており、来たる食糧不足を回避する為にこの研究所ではバイオテクノロジーを利用した多くの牛や豚などの家畜を安定して生産、供給出来るシステムを模索中で――』

「そして」

屯野のすぐ隣にいた鵠沼の声がナレーターの声に割り込むようにして言う。

「そのシステムこそがTファージと言う訳だ。つまり、お前らは『家畜』のDNA情報を持ち、それらに変身しておるんだ」

「家畜だからどうなんだよ……それが俺たちが凶暴になることにどう関係が――」

「想像力の無い奴だな。考えれば解る事だろう。人間は家畜を効率よく管理する為に何匹ものそいつらを一歩も身動き出来ぬほど狭い柵の中に押し込め飼育する。何匹も飼えばケンカをする危険があるし、そうすれば肉としての商品価値が下がるからな。人間側からしてはもっともな理由だ――だが飼われる方、産業動物側の立場はどうだ?」

先ほどまでテレビの方を向いて静かに話していた若い女――変身した鵠沼――の顔がくるりと屯野の方へ振り向く。

「彼らは狭く、臭く、劣悪な環境に放り込まれ、屠殺体重とさつたいじゅうに達するまでの約百六十日の間をそんな環境で育ち続ける。つまりお前らが変身する家畜という生き物はいわばストレスの塊だ。恐らくTファージを使ってしまえば宿主の感情を制御している生態由来のホルモンバランスをほんの僅かに乱してしまう副作用があったのだろう」


「それじゃ、何か。俺らがTファージを沢山使って体の一部を家畜のものに変身させ続けたら、俺らの心まで家畜のものにすげ変わっちまうっていうのかよ?」


「……乱暴な答えだが間違ってはいないな」


否定の無い恐ろしい答えに屯野は思わず耳を塞ぎたくなった。

――自分もTファージを使っていればいずれあのようになってしまうのだろうか? 犯罪者や友達までをも躊躇い無く殺せるようなあの牛頭人身の怪人、市ヶ谷渉のように。

初めてTファージを使ったとき、屯野の中で攻撃的な感情が体の変化と共に突如芽生えた事を思い出す。

あれも今思えばTファージの副作用だったのだろうか。――屯野の体が知らず内に震えている。

「じ、冗談じゃねえ……心まで豚になってたまるかよ……俺は人間だ! 家畜なんかであってたまるか!」

「ああ。お前と同じ感染者であるワシもそうは思いたくないものだ……」

そして、沈黙。

屯野家のリビングで互いに言葉を発しないまま永遠とも思える一言も無い無言の静寂が二人を包んだ。

その中でただ音を出していたのは点いたままのテレビの音と、時折聞こえる蝉時雨せみしぐれの音で、それらが屯野達のいるリビングの音の全てだった。

やがて、鵠沼が椅子の上で座りなおしながら口火を切る。

「そろそろ来る頃だと思うのだが……」

来るって誰が? と屯野が聞く間もなく、突如屯野達のいるリビングに呼び鈴の電子音がまた響きわたる。

「……? は、はーいっ」

屯野は呼び鈴の音がした方へ向かう。

困った事になった。と屯野は思った。今この家には誰にも説明しがたい老人の心を持ち、体は三十歳過ぎの美女――鵠沼玄宗――という奇妙極まりない男(?)がいる。誰であろうと家の中へ入れるわけにはいかなかった。

屯野はドアの前に立ち、

「ごめんなさい。今、父も母も出かけていないんですがー……」

いつもの文句を口にする。

休日の際、屯野がパジャマで寝ていた時に来客があった際はドアの前でこの文句を口にすれば大抵は「そうですか、ではまた時間を改めます」と言って来客は自然に帰り、そのお陰で屯野がわざわざ着替える必要は無くなる――――筈だった。

「あ、あの琢磨君? 私……。烏城麗那うじょうれいなです」

おずおずと話す烏城のその声を聞いて屯野は耳を疑った。

「え、れ、麗那!?」

驚きの言葉と共に、屯野は扉を開ける。

そこには控えめな装飾と白を基調にした清楚風なワンピースに身を包んだ黒髪の少女、烏城麗那の姿があった。

秋物らしい服の長い袖の先から出た手には何も――手提げ鞄ひとつすら――持っていない。

まさしく烏城は家から身一つで来た風だった。

額には汗が滲んでいて、黒髪の先端は筆の毛のようになって乱れていた。

烏城は僅かに息を切らしている。――駅からここまで走ってきたのだろうか。

「ど、どうしたんだよ? そんなに――その……」

屯野は烏城の乱れた姿に驚きの言葉を言おうとするがそれをハッキリと言うにははばかられた。何か事情があるのかもしれない。

「おお、来たか。屯野心配するな烏城はワシが呼んだ」

「え……そうなのか?」

屯野は背後からの鵠沼の言葉を聞き、リビングから出てきた鵠沼と玄関にいる烏城とを交互に見る。

烏城もそうだという風に屯野の前で頷いて見せた。

後ろにいた鵠沼が屯野達にも解るほどワザとらしい安堵の溜息をつき、やがて紅い口紅のついた綺麗な唇を吊り上げて見せ、ニッコリと屯野と烏城を見比べながら笑う。

「よし。役者もそろった事だし、これでようやく本題に入れるな。さぁお前達。最後の怪人について今から話してやろう」

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