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「第十六話」


「第十六話」


屯野琢磨とんのたくま烏城麗那うじょうれいなが夜の大通りで牛男と戦闘してから一週間後。


あの日以来、毎夜見回りをする屯野を嘲り笑うように怪人騒動はピタリと収まってTファージ感染者による犠牲者はおろか怪我人すら天見町では出なかった。

騒ぎの元の『体をある動物へ感染者の意の侭に変化させる事の出来るウィルス』、Tファージを開発し、町の人間達へ感染させた張本人、鵠沼玄宗くげぬまげんそうも、姿を見せなくなった怪人と同じく屯野や烏城達の前にその姿を全く現さなくなったのだ。


屯野のいる名皇高校一年三組の教室。

平和が戻り、時刻は丁度昼過ぎになったその平穏そのものな天見町を教室の窓から見下ろして、屯野ははぁ、と溜息をついた。

「あーぁ。平和だなー……」

そう言った屯野の瞼は半分ほど下がって、口は力なく、ぽかんと開いていた。

周りの雑踏に耳を傾ければそこはいつもの会話で間違ってもその会話の中で、死、や事件、等の物騒な言葉は無く、いつもの賑やかで楽しげな昼休み中の会話が教室中を満たしていた。

(……あれからもう一週間経つのか)

窓際の自分の机に一人、座った屯野は静かに物思いにふけっていた。

その時、机の上に乗せていた屯野の携帯がブルブルと振動する。

「…………」

屯野は何気ない動作で携帯を持ち、そこに表示された文字を見る。携帯はつい先ほど誰かからのメールを受信したようだった。

一瞬、屯野の頭の中である人物がぎった。がしかし、メールの差出人の欄を見て屯野は再び溜息をついた。

(麗那さん、あれから俺にメールしてこないな……)

屯野の頭に過ぎった人物とは同じ学年の、烏城麗那うじょうれいなの事だ。

一週間前。屯野は、『人を殺しこの町を騒がせていた牛の怪人』と遭遇し戦闘していた最中、烏城は命の危機にあった屯野を救い、結果その牛の怪人を追い払った。

後に現れた鵠沼により烏城は現状の説明を受けた。


この天見町で屯野や烏城と同じ変身する力を持つTファージ感染者は現在、屯野琢磨、烏城麗那を含め四人いるという事、そしてその怪人の内二人はTファージを使用した殺人を犯しているということ。


そして、Tファージの使用上の説明。――これは屯野にも言われた事と同様で、大勢の人前での不用意な使用は避け、万一使用するならばそれは相手が同じTファージの感染者でなければならないという事。


また非感染者の前でTファージを使用し、変身した場合はその場で変身を目撃した悲感染者全てを処理する事。


この二つに反し、Tファージの存在が世に明るみになりそうだと鵠沼が判断した場合はその目撃した非感染者ごと鵠沼の蜂によって速やかに処理されるという事。


つまり、烏城麗那も屯野琢磨と同じくTファージ感染者達の殺し合いのゲームの四つある駒の一つになったという事だった。


これらの事を鵠沼から言われ、烏城は初めこそ、この異常なルールに戸惑いを見せていたが暫くして、ようやく首を縦に振ってそのルールを了承した。成績優秀の烏城だからか、自分の置かれた状況の理解は早かった。

話を聞き終わった後の烏城の顔色は重く、屯野の家に戻るまでの道のりの間、烏城は俯いたままで屯野と会話を交わす事が無かった。

烏城は四人目のTファージ感染者だった。

屯野はそれを知らず、烏城は殺人を犯したTファージ感染者の一人だと思い、その事で屯野は烏城を強く責めてしまっていた。

そして、一週間前のあの日、屯野は烏城がTファージ感染者であった事とは別にもう一つ信じられない事があったのだ。


(何で麗那さんはTファージの使い方を……俺も知らないような使い方を知ってたんだ……?)


それは屯野が牛の怪物に痛手を負わされ、倒れていた時だった。

突如、屯野の前に庇うようにして立った、腕を翼に変えた烏城は後ろにいる屯野に向かってこう言った。

『琢磨君!! 頭の中で傷を治していく様子をイメージして下さい! 早く!』

烏城の有無をいわさぬ言葉の中には、初めからTファージで体の治療(屯野の感覚ではそれは治療と言うより復元に近かった)が出来る事知っていたという響きがあった。

それは人体を改変させるTファージという常識はずれなものの存在を知っていた上で言えることだと屯野は思っていたが、鵠沼の説明を聞いている間は烏城も屯野と同じく顔を蒼白にさせ幾度か驚いていた。

屯野は烏城が一体いつTファージに感染し、そしてどうして鵠沼に会わない内に腕を翼に変えたり、意識するだけで体を治療できる技を知っていたのか。

その事についても屯野は烏城に聞きたかった。


しかし、鵠沼からTファージに関する事を聞き終わった烏城はその日以降、明らかに屯野と会話する事を拒んで、学校では屯野と目すら合わせようとせず、屯野のほうから声をかけようにも烏城の方が屯野を避けるようにどこかへ足早と逃げていく始末だった。当然、烏城の方からのメールも無い。


屯野には自分を避ける烏城の気持ちがよく解って、その度に屯野はこの一週間、烏城を人殺しと責めた時の自分の言葉を思い出し、果て無き自己嫌悪にさいなまれ続けていた。

屯野が烏城に対して責めていた事には誤解があって、烏城もそれを恐らく理解している筈だった。――が、未だに烏城は屯野と話すのを避けていた。

そして、屯野の自身も烏城には出来るだけ会うのを避けて、屯野の方からも烏城へメールを送らなかった。

(当然だよな。俺があれだけ麗那さんに酷い事を言ったんだ。普段どおりに話せるほうが異常ってもんだ――クソ)

屯野には歳の離れた姉である雪沙せつさがいろいろと恋や結婚などで思い悩んできているのを小さい頃から今まで見ていたから、女性の心に対しては過剰なほど気遣ってしまうきらいがあって、屯野は自らそれを承知していた。

それを承知しているから、屯野は相手の事を考えすぎて、気を遣うあまり未だに烏城と言葉を交わせないし、一通のメールすら寄越せないのだ。――話したい事は山ほどあるのに。

「はぁ……」

「おーい屯野、まぁた溜息かぁ?」

屯野の思考に割って入るように、男の呆れたような声が前からかけられ、屯野は声のした方をぼんやり見る。

そこには百八十センチを越すバスケットボールの選手のような体格に日焼けした肌に刈り込まれた黒い短髪。

屯野の学友である市ヶ谷渉いちがやわたるが屯野の机の傍にやって来ていた。

市ヶ谷は手に持っていたそれぞれ種類の違うパンの入った二つのビニール袋を何も乗っていない屯野の机に乗せ、近くから空いていた椅子を取っては屯野の机に近づけその上にどかっと座った。

「おい屯野、メールくらい返してくれよ。さっき送っただろ?」

「え、ああ」

屯野は先ほど自分の携帯が受け取ったメールが烏城の送ったものでは無く市ヶ谷が送ったものだと解った瞬間、画面の電源を切っていて、メールの内容までには目を通していなかった。

「俺が下の購買行くつって、じゃあついでに俺の分も買ってきてくれって言ったのお前だろ? お前の分、何買えばいいかメールで聞いたのによ」

市ヶ谷は文句こそ言いながら、屯野に一方のパンの入ったビニール袋を屯野の前に置いた。

「ああ。ごめん。ちょっと考え事してて。購買まで行ってきてくれて悪いな。……パンの金、一割り増しで渡そうか?」

屯野は言いながら鞄から財布を取り出そうとしていたが、市ヶ谷は、腕を組んで考え込むような顔で屯野の方を見つめていた。

屯野はそんな仏頂面を浮かべる市ヶ谷が珍しく、思わず小さく噴出ふきだした。

「屯野。お前さ……何かおかしいぞ」

「い、いや。ゴメン思わず――」

げーよ」

「え?」

「ここ何日かだよ。何か溜息ばっかでぼーっとして。お前、何か嫌な事でもあったのかよ」

「…………」

目の前の市ヶ谷の態度に、屯野は思わず言葉を失っていた。

市ヶ谷は一週間前からの屯野の心情の変化に気付いていたのだ。

普段一番そういったことに鈍感そうな、豪放磊落ごうほうらいらくそのものの市ヶ谷に気づかれた事に屯野は驚いていた。

「何でもないよ」

「そうか? ギャルゲー買ってもフラグが立たなくて恋人出来ないとかそんな悩みじゃねーのか?」

屯野はその市ヶ谷の推測に呆れて、視線をがくっと下へ落としてしまった。

「そんな訳……」

その時屯野はふと考え、やがて口を開く。

「んー……い、いやそんなモンかもな」

市ヶ谷はやっぱりか、と屯野の顔の前で白い歯を見せ、スポーツマンらしい爽やかな笑顔を見せる。

「ま、昔のギャルゲーの攻略だったら俺に任せろ。男子校時代に友達に借りてさんざ、やり込んだからな。有名どころは勿論、大体のギャルゲーならカバーできるぞ。ま、自慢する事じゃなかったな……うん」

後半の方は力が無くなったように声はしぼんでいた。

屯野はその言葉を聞いて、友の男子校時代での三年間を思わず察した。

「ところで、屯野。パン食わねーの?」

市ヶ谷はいつの間にかパンを食べ終えたらしく、屯野の前にあるパンを指差した。

「何言ってるんだよ……。食うに決まってるだろ。母さん今朝寝坊したみたいで、弁当ねーから今日の俺の生命線はこれしかないの……」

そう言って、屯野は市ヶ谷に買ってきてもらった袋に入ったパンを取り出して自分の前で改めて見る。

「う……」

屯野は口をへの字に歪め、そのパンに不快感を露にする。

「なぁ市ヶ谷。これ、何てパン?」

「しめじグラタンパン。新発売だってよ」

「う、うーん……いくら新発売ってなあ。俺、キノコはあんまり好きじゃないんだよ……しかも今七月だぞ。夏にグラタンって」

「食べない?」

「く、食うに決まってんだろ!! ……どうせ今、購買行ってもパンも弁当も残ってないし、き、今日の昼飯はこれだけなんだから……よ! むぐ――――う、ぐぐ、くくくぅ」

屯野は口の中に広がったグラタンのソースとしめじ達を懸命に舌の上を避け、どうにか味を感じないように咀嚼そしゃくする。

そんな中、全く目の前の屯野を気にかけないようないつもの口調で市ヶ谷が途端に、そういえば、と話を切り出して来た。

「屯野、お前今度の日曜空いてるか?」

「うぐ――くく」

屯野は頭を抱え、襲ってくるしめじとホワイトクリームの味に小刻みに震えながら、首を縦に振りながら、口の中のものをどうにか飲み込む。

「なら良かった。プール行くぞ」

「はぁ……やっと無くなった。――って、え?」

伏せていた頭を起こし、屯野は改めて市ヶ谷の方を見る。市ヶ谷はいつもどおりの笑顔のままだった。

「プールだよ。ちょっと前に俺と屯野で話したろ?」

「……? そんな事言ってたか?」

考えてみたが、屯野には覚えが無かった。

「ほら、丁度あの殺人事件が起こった日に学校で話したじゃん」

「……あー……覚えてない」

屯野は自分が市ヶ谷との学校でのやり取りを覚えてないのも無理もないと思った。

あの時は高嶺の花であった烏城とまさかの会話、アンド、電話番号・メルアド交換であったり、その帰り道を牛の怪人に襲われて半殺しにされたり、自分が豚の怪人になったりと、強く印象に残るような異常な出来事が多すぎた。

やがて、市ヶ谷が口を開く。

「ま、いいや。とりあえず日曜空けれんならプール行こうぜ。まぁー時期は逃しちまったがカワイイ女子がいないわけじゃないからな。これまでの経験で培われた俺の中学三年間の統計上そう断言できる」

「統計上って……。共学に来て尚、そんな事言ってるからお前はモテないんじゃないのか」

「ぁあーん? 何か言ったかぁ?」

ふざけたように言い、ワザとらしく市ヶ谷は耳に手をあてる。――もう彼の中では開き直っているのか。

「何にも。ちょっとトイレ行って来るわ。……おぇ」

思わず屯野は口元に手を当て、よろよろと席を立つ。屯野の体の中ではつい先ほどのしめじグラタンがまだ尾を引いていて、屯野の体の中で尚、拒否反応を起こしていた。ぶっちゃけ吐きそうだった。

教室を出て行く屯野の後ろで市ヶ谷が心配するように声をかける。

「屯野やーい。だいじょーぶかーい」

「おぇう」

屯野が口に出したそれは最早答えになってはいなかった。二分後。屯野はどうにかトイレに辿り着き無事に事なきを得た。



を無事済ませた屯野がトイレから教室へ戻ってくると、真っ先に出てきて屯野を出迎えたのは何があったか喜色満面の笑顔を浮かべた市ヶ谷だった。

「屯野くぅん。お帰りなさーい。大丈夫だったぁ?」

その気持ち悪い顔から放たれたガラガラ気味な猫なで声に屯野の身の毛がよだつ。

「き、気持ち悪りいな。何だよ市ヶ谷その顔は? その態度は? ついにトチ狂ったか」

「へへへぇ。いやー、屯野くんも良きお友達を持ってるようで何よりですよー。へへ」

体の前で重ねた手をすり合わせ、わざとらしいまでに市ヶ谷はトイレから戻ってきたばかりの屯野にこびを売ってくる。

屯野は何故、こんな態度を市ヶ谷がとるのか解らず、思わず窓際の自分の席に戻りながら首をかしげた。続けて市ヶ谷が口を開く。

「へへへ、ほんの心ばかりの気遣いですが不肖、この私がその子も日曜のプールにお誘いのメールを送っておきました」

「………………その、?」

その瞬間。屯野の全身が凍りつく。慌てて屯野はズボンのポケットに手を入れ、携帯を探す。しかし、携帯は無かった。

「――――!!」

突如、屯野は何かに衝き動かされるように傍にいる市ヶ谷を跳ね飛ばす勢いを持って自分の席に急いで戻る。

それは、辺りの生徒達の目を集めたが、今の屯野には辺りを気にする余裕は無かった。心臓が早鐘を打って屯野の中で暴れている。

屯野は息を切らしながら、机に辿り着く。

机の上にはパンの入っていた空のビニール袋二つと、屯野の携帯電話があった。

(ま、まさか)

屯野は机の上に無防備に野ざらしになった携帯を震える手で取り上げ、起動させる。

携帯の画面に表示されたのは屯野が画面の電源を切った時の画面ではなかった。

表示されていたのはメールの送信履歴の画面だった。

送信された時間と日付から見て、どうやら屯野がトイレに行っている間にそのメールが送信されたようだった。

送り先のアドレスを見て、屯野は再び凍りついた。

「う、うじょ……」

屯野は呆然とし、携帯を机の上にそっと戻す。

「そっそーぅ。いやー屯野も隅に置けないよなー? トイレ言ってる間こっそりお前の携帯のアドレス帳見てたら、その烏城麗那うじょうれいなの名前があったからよー。近くにいた烏城の知り合いだって言う女子にこのアドレスが本物か聞いたら本物だって言うし。いやー、マジでビビ――――ぐぁっ!!?」

屯野は目の前が一瞬、真っ白になると同時に背後にいた市ヶ谷の胸倉を掴んで、すぐ傍の壁に叩きつけていた。


「てめぇ!! ふざけた事しやがってぇ!!」


「が――あ、と、とん――の――?」

壁に押し付けられた市ヶ谷の両足は床から離れ浮いて、今や屯野の太い両腕に吊り上げられて、呼吸もほとんど出来ず、その上で苦しそうに喘いでいた。

賑わいでいた教室が途端、屯野の凶行を目の当たりにし動揺に満ち、何人かの女子生徒から悲鳴が上がる。

屯野はそれすら耳に入らなく、ただその血走った目は、自分が吊り上げている市ヶ谷の顔にのみ向けられていた。


自分が烏城の事を思うからこそ、メールをしないでいたのにそれをあっさりと破った無神経な市ヶ谷に屯野は抑えきれない激情のあまりに今や殺意・・すら湧いていた。


「てめぇ……! てめぇぇ!!」

屯野の中で市ヶ谷が烏城に対し遠慮の無い行為をしたということに処理しきれない怒りが際限なく湧き上がり、それに比例し市ヶ谷の首元を押さえつける腕の力も増大する。市ヶ谷は苦しそうに眉間に皺を寄せ目を閉じ、顔を真っ赤にしている。


――――そして、そんな屯野の怒りに呼応して屯野の体内に蔓延したTファージは屯野の腕の形を太く、歪な豚の皮膚をもったものへ変えていた。


「!!?」


思わず、Tファージを発動させていた事に屯野は気付き、慌てて腕を自分のほうへ引き戻し、Tファージを鎮めて人間の腕へと戻す。それによって壁に押し付けられていた市ヶ谷の拘束が解かれ、市ヶ谷は屯野の前で激しく咳き込む。

屯野は咄嗟に後ろを振り返って辺りを見渡すが、幸いな事に喧嘩騒ぎを止めるような男子はおらず、おとなしそうな女子や男子たち数人が遠巻きに見ているだけだった。――あの距離ならば屯野の変化した腕を見られたということは無いだろう。

それを見て、屯野は安堵し、思わず胸をなでおろした。

「はぁっ……! はぁっ……! ――と、屯野。何か俺、やっちゃいけない事しちゃったのか?」

そう、市ヶ谷は苦しそうに言い終わると屯野の顔を後ろからこっそり覗ってくる。

「あ……ああ、そうだよ……! 余計な事しやがって畜生!」

「な、何か……悪かったな。…………ホントにごめん……ごめんよ」

「ぅ…………」

普段の威勢が全く無いしょんぼりした市ヶ谷の謝罪に、逆に屯野はそんな市ヶ谷に申し訳なく思ってしまう。


「……いや、こっちこそ悪かったよ。いきなり掴みかかったりして」


「じゃ、仲直りだな?」


市ヶ谷は言って、笑って見せるが、どこかぎこちないような無理した笑顔だったので屯野は思わず笑ってしまった。

「ははは、何だよ。市ヶ谷、その顔」

「ほ、ほっとけ!」

二人の和解する様子を見たのか、クラス内に元の雑踏が戻ってくる。同時に、昼休み終了の予鈴がなった。

市ヶ谷は教室と各教室とをつなぐ廊下へ繋がる戸の方へ足を向けながら、屯野に言う。

「じゃー、屯野。今から急いで一組の烏城さんに俺が勝手に屯野の携帯使ってメール送ったこと伝えてくるわ。俺がいた種だし、ちょっと行って謝ってくる!」

「律儀だな……。ああ! ありがとな!」

屯野はそんな友人の後姿を戸から出て、見えなくなるまで見送った。

市ヶ谷もおふざけで人のいやな事をするところがあるが、それは相手を見極めて怒らせるようであれば二度とせず、きちんとその人に対して真面目に謝っている。

屯野は市ヶ谷のそんなところを知っていたつもりだが、今改めてそれを目の当たりにし、初めて屯野と市ヶ谷、互いを友達と言うようになった四月の出来事を思い返し、こそばゆい思いを味わっていた。

屯野は自分の席に座って、机の上にあるビニール袋を後で捨てるためにポケットに入れ、そして上に乗っていた携帯電話に手をかけ――直前。携帯電話が震えだした。画面には受話器のマークが表示され、その下には烏城麗那、とあった。烏城麗那からの着信だった。

「麗那さん……!!?」

屯野は驚きを隠せないまま、目はその表示に釘付けになっていた。

今まで、会話もメールも、目を合わせようともしなかった烏城から電話がかかってきて、屯野は自分の目を疑った。

相手からのコールは続いているらしく、携帯の振動音はまだ止まなかった。

やがて、屯野はその電話に出てみる事にした。

「……も、もしもし」

屯野が言うと、電話の向こうの烏城の返事は意外なほどすぐ来た。

『た、たく……いや、その……屯野君。あの……ぷ……っても……』

「あ、あの。ごめん。声が小さくてそ、そのー……」

『……に、日曜に行くプールに私がご一緒してもいいんですか?』

「え?」

『いえ、そ、その、屯野君からその事について、メールを頂いたので……その返事として……えっと、も、もしかして、屯野君、間違って私に送ってしまったんで――

「いや! そうじゃない!」

咄嗟に、屯野はそう言っていた。屯野は電話を離して長く、深呼吸をした。

「そうじゃない……。うん。その……う、烏城さんも誘おうと思ってて。その、大丈夫?」

『はい。その日は……大丈夫、で 


――「烏城さーん!! 三組の市ヶ谷ですー!! ちょっと話があるんスけどぉー!!」 ――

 

ご、ごめんなさい。今、誰か来たみたいです』

聞きなれた声が烏城の方から聞こえ、屯野はまずい、と心の中で焦った。

「いや、切らないで!! そ、その、そいつは誰かに追い返してもらって!!」

数秒して、再び烏城が出た。

『……あ、す、すみません。屯野君、お待たせして。今、清水しみずさんが――あ、その私のクラスの人がそのさっき尋ねてきた人をどこかに連れて行ったみたいで……良かったんですか?』

その言葉を聞いて屯野は烏城を囲む親衛隊のようなものの存在を察し、同時に連れ去られた市ヶ谷の身を案じた。

「あ、た、たぶん大丈夫。それよりも……。烏城さん俺、烏城さんに色々と話したい事が――」

烏城の声が割ってはいる。

『はい。……私も。プールの後、私と屯野君の二人で話せますか?』

「……うん。多分、大丈夫」

『それじゃあ日曜日に』

「うん。日曜に」


電話は切れ、屯野は暫く窓の外を見ながら、呆けていた。

烏城がTファージ感染者だと知って、烏城に命を救われたあの日から一週間後。再び屯野は烏城と会うことになった。



数分後、五時間目開始のチャイムと共に、何があったのか半泣きになりながら親衛隊の魔の手からなんとか逃れてきた市ヶ谷に屯野は目を合わせることが出来なかった。

ただただ、屯野は俯いてその震える友の肩を抱いて言う。

「市ヶ谷、烏城にメールを送ってくれて感謝する。――これはさっきのパン代だ。どうか貰ってくれ」

「ぐす……え、パン代……? ……うおおっ! これ千円札じゃねえかよ!! いいのか!!? やったぜー!! もーらいっ!!」

市ヶ谷は泣き止んでいた。



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