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「第十一話」


「第十一話」


名皇大学医学部付属病院。

烏城うじょうが見た、病院の正面にある大きな石碑に彫られた金字の明朝体で大きくそう書いてあった。

空はまだ明るく、夕方五時すぎというのに空はまだ青かった。

烏城はそれを見て気持ちを落ち着けようとする。

烏城達生徒は皆、担任よりくれぐれも今日は寄り道をしないように、という注意を受けていて、この病院に来ることに後ろめたさを感じていたがそれでも屯野の安否を気にする気持ちの方が優先していたのだ。

烏城は大きな病院の雰囲気に気おされながら、入り口の自動ドアへとまっすぐ歩いてゆく。

ここに来るまでに頭の中で繰り返した見舞いの言葉を烏城はもう一度頭の中でそれを復唱する。

(三組の宮野さんから屯野君の事を聞いて、あんな事件があったから心配で……うーん、やっぱり、事件の事は言わない方がいいのかな。余計屯野君を不安にさせちゃうかも知れないし……えーと……)

突如、烏城の思考を中断するように目の前から男の声が割り込んだ。

「ん? おい」

烏城は自分が呼ばれたのだと思い、目の前の病院の自動ドアから出てきた医師らしい白衣を着た男の顔に目をやる。

男は三十代くらいで烏城よりも頭一つ分背は大きかった。

烏城が見上げた男の顔は眉をひそめていて烏城に対し怒っているようだった。

「名皇高校の生徒は今日は一斉下校じゃなかったのか。こんなところで何してる」

「え、えと学校の友達のお見舞いに……」

「……はぁ、何をこんな非常時に馬鹿なことを。昨日の事件を聞いただろう? 今日は真っ直ぐ家に帰るんだ。さ、早く」

男は烏城に何の愛想も尽かさず、追い払うように手を動かした。

「え……あ、あの。と、屯野……琢磨君にどうしても会いたいんですけど……」

「知らないな、そんな患者は。どのみち、今日の面会時間はとっくに過ぎてるんだよ。ほらこれ以上手間をかけさせるな」

「いえ……あの……その」

目に涙を溜め、その場を動かない烏城にその男は次第に苛立った様子を見せる。

「まだ解らないのか。全く、いい加減に――――」

男は唐突に言葉を切る。その原因はその肩に後ろから置かれた一人の人物の手だった。

その人物は大柄な男と比べ、飄々とした雰囲気の男で背は百六十五センチの烏城と同じ位だった。白衣を着ているところから恐らくその男もここの医者なのだろう。

「まあまあ、そう邪険にしてはその子がかわいそうだろう」

肩に手を置かれた男の顔色が一気に血の気が引いたように青くなる。

「……!! あ、あの……私は別に邪険にしたわけでは……!!」

「ここは私が彼女の話を聞くから、君はもう自分の職務に戻ってくれてもいい。私は別にこの女の子の前で君を責めたい訳じゃないからね」

「……はい。失礼します」

そう言って、若い方の男は答え、その場を後にした。

後には烏城と突如来たもう一人の男だけが残った。

烏城は目の前で、院内に目を向けているこの男が病院内でかなりの地位についているのだろうかと、ぼんやり考えた。

男は再び烏城の方を見る。

「――さて。君、名前は?」

「烏城麗那です。その、こんな日に訪ねて来てしまって申し訳ありません」

男は頭を下げ謝罪する烏城に向け、気にする事はない、と柔らかい笑みを作る。

「いや、気にする事はないよ。今時、友人のお見舞いに来るとは感心だね。美人さんは心も綺麗というが君はまさにそのようだ」

容姿を賞賛した男の好意の言葉を烏城は素直に受け取ることができなかった。

「いえ……そんな事……ありません」

「おや、すまない。私の居た大学や社会では上手なお世辞の言い方を習わなかったものだからね。――それより屯野君の事だったね。彼は今日の昼ごろ退院して、今頃は家にいると思うよ」

烏城は男の言葉に驚きと同時に安堵が込み上げてきて、溜息をつく。

「そうですか……。よかった……」

「ところで、その……屯野君は君の彼氏なのかい? もしよければ私にだけ、教えてくれないか」

烏城はこれ以上ないくらいの笑顔であっさり答える。

「いえ、昨日、私の友達になってくれた人です。だから、私にとって、とっても大事な人なんです」

「ん……そうか……ふーむ……」

二人の間に短い沈黙が訪れ、やがて男は所在無さげに頬をかいた。

やがて男の方が微笑み、口火を切る。

「……よければ今日でも彼の家に行って、会いに行ってやるといい。きっと喜ぶだろうな」

「え、でも私、その……屯野君の家がどこか解らないし……今日は……」

空は暗くなり始め、そろそろ夜になろうとしている。

考える烏城の顔に影が差す。

警察が町中に溢れる夜間の警戒時になる前には烏城は家に帰りたかった。

それに自分が夜遅くに屯野の家に訪ねても、屯野に迷惑がかかると考えたからだ。

誰でも殺人犯のいるような危険な夜の町をうろつきたくはない。

「……大丈夫です。これ以上遅くなったら私の家族が心配に思うし、今日は屯野君の顔を見るだけのつもりだったので。屯野君が無事に退院した事も解ったし、今日はもう帰ります。ありがとうございました」

烏城は丁寧に一礼して、病院を後にしようとする。すると――、

「こんな事を君に言うのはどうかと思うんだが……彼は昨日の事件に、何らかの形で巻き込まれて、この病院へ運び込まれたらしいんだ」

「え?」

烏城の足が止まって、男のほうを振り返る。

男は深刻な口調を崩さず、続ける。

「彼は傷一つなかったんだが、町で気絶していたようでね。昨日、何かすごく怖い目にあったようで……話を聞きに来た警察の方の質問にも殆ど答えられなかったそうだ」

「……そんな」

「私達もね、そんな彼の力になるよう働きかけたいんだけど。私の専門ではないが、心というのは時に想像出来ない程デリケートになったりもする。そんな時、誰が一番力になってあげられるか……それは家族であり、大事な友達だったりするんだ」

「…………」

男は着ていた白衣の胸ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出して、そこにあるものを書き込んだ。

気付けば烏城に向けて、男のメモ帳から千切られた一枚の紙片が差し出されていた。

「決めるのはあくまでも君次第だ。ここには屯野君の住所が書いてある。――明日、彼は学校で大勢の人に事件の事を問い詰められるだろう。それで彼の心は辛い事を思い出すうちに閉じてしまうかもしれない。しかし、今日・・なら……彼が学校中の皆に話を聞かれるなら、優しく彼のことを励ましてあげる事が出来るかもしれない」

烏城の頭の中であらゆる考えが駆け巡る。


烏城はその住所の書かれたメモ用紙の内容に目を通しながら考えた。

今自分がどういう行動をとるべきか。

警戒時の今、危険を冒してまでして会いに行く事がどういうことか。

男の言葉にもあるとおり決めるのは自分自身だ。烏城は自分に言い聞かせる。


やがて、烏城は結論を導き出した。


烏城は首を横に振って、メモ用紙を取る代わりに軽く頭を下げ、男の方を見ながら言う。

「ごめんなさい。やっぱり今日は私、家にまっすぐ帰ります。私が訪ねて行っても、屯野君のご両親にも迷惑をかけてしまうかもしれませんし。屯野君には今日中にメールか電話でお話しすることにします」

結局男はメモ帳の切れ端を渡さず、手を烏城の前から引っ込めた。

「そうだな。直接慰めに行くにはいかんせん、今は時期が悪い。まだこの辺りにも殺人犯が潜んでるかもしれないし、今日は暗くなる前に早く帰るといいだろう。君が不用意に出歩いて犯人に酷い事をされてしまえば元も子もないからね。ごめんよ。僕が君にこんな話をするべきじゃなかった。適当に聞き流してくれると助かる」

烏城は去り際、男の方を見ながら笑顔で頷いた。

「それじゃ、ありがとうございました」

「ああ、気をつけて」


烏城は急ぎ足で病院を後にした。


烏城の向かう先は決まっていた。――――屯野の家だ。差し出されたあの紙に書かれていた住所を烏城は目を通した時に咄嗟に覚えていたのだ。


烏城は大事な友達の一人である屯野琢磨に会うべく、駅へ向かう。


(あの人の言った事はきっと正しい……。うん、メールや電話じゃ駄目。今、私が直接・・励ましに行ってあげないと、きっとこの先ずっと後悔する……!!)


自分が違反するのならそれは誰にも、住所の書かれたメモ用紙を差し出したあの男にも知られないほうがいい。



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