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「第十話」


「第十話」


昨日、天見町で殺人事件が起こった。

Tファージ感染者によって四人の人間がその身を喰われ、犠牲となった。

痛ましいその事件の翌日の今日、天見あまみ町には目に見えないながらも大きな恐怖が一夜にして町中に蔓延していた。

当然、その天見町内にある名皇高校のあらゆる教室にもその恐怖は及んでいた。



教室の黒板から離れた隅の席に烏城麗那うじょうれいなは一人座っていた。

ざわめいている周囲のクラスメイト達に視線を向けるとすぐに窓の外へ視線を移した。

「はぁ……」

机の上で頬杖をついて溜息をつく烏城のその姿は深窓しんそうの美少女そのもので、男女問わずあらゆる人間をひきつける。

手入れの行き届いた肩まで伸びた長い黒髪に、陶器のような白い肌。

無駄な肉のついていない、人形のような細身に纏った制服のセーラー服。

頭から足先に至るまで、清純の二文字が相応しい。


教室で大勢のクラスメイト達が六限目終わりの休み時間の今、それぞれの机で思い思いの談笑にふけっているが、烏城の周りには誰もいなかった。

溜息をついた理由というのがそれだ。

烏城がこの名皇高校へ入学してから早二ヵ月。その間、烏城には友人と呼べるような立場の人間が未だに作れずにいた。

というのも、烏城はもともと主体性の強い方ではなく、どちらかといえば引っ込み思案な方だった。

その為この二ヶ月間の間、今まで友人が少なかった烏城は家族に諭され、積極的に周りとの会話に努めたが、その結果、美しい容姿目当てに話しかける人の見え透いた欲望を目の当たりにしたり、多くの同姓の嫉妬を買うだけで、自分を変えてみていい事など一つも無かったということが解っただけだった。

烏城自身は成績優秀、スポーツ万能。そして良家育ちのお嬢様という事もあり、それが入学から暫く立ち、その事は所属している陸上部内、クラス内、ついには学校中の皆に知れ渡った。

烏城は皆が自分のことについて知ってくれて嬉しくなり、これで友達も多く作れると思っていたのだがそれは逆効果で、烏城の人並みはずれた能力や背景は周りの人を隔絶する壁でしかなかった。

入学当初は烏城にはべる様にいた烏城の『友人』達は六月の今ではついに0にまで減っていた。

それでも烏城はそんな烏城に分け隔てなく接してくれる数少ない友達と呼べる烏城の理解者がいるので今ではそれ程、寂しいと感じていなかった。

(皆、何話してるんだろう……)

窓の外の町の景色をぼんやりと眺めながら、烏城は教室のざわめきが普段より大きいのを気にかけて耳を澄ました。

烏城のクラスの男女の声は僅かに上ずって、不平を言う男子達の声が一際大きく聞こえる。


「隣のクラスの奴が言ってたけどやっぱ、昨日のアレで今日は一斉下校だってさ」

「マジかよ、グラウンド使えねえの?」

「当たり前だろ、今日、全部活動停止みたいだし」

「はぁー? ったく……殺人事件とかなんでウチの学校の近くで起こるんだよ、畜生」


(……やっぱり皆、昨日の『事件』の事か。そうだよね……)

烏城は今朝の朝礼を思い出した。

深刻な面持ちで教壇に立った担任の先生は、席について静まった烏城達の前で今朝のニュースで報道され話題になった天見町での殺人事件の全容をニュースを見ていない生徒達の為にも改めて報道された事を話した。

昨夜八時過ぎ、天見町で殺人事件が発生。犠牲者は裏通りを歩いていた帰宅途中の会社員四名。――幸運というべきか、その犠牲者四名の血縁者は校内で一人もいなく、誰かの喪に服すようなことが無く、烏城はそれが解って少し安心した。

言うまでも無く烏城を含む生徒達に、その殺人事件の話が意味する危険性は十分に伝わった。

何しろ烏城たちがこの学校に来る駅からここまでの道のりには所狭しと警備の警察官が立っていて、真剣な面持ちで立っている警官たちがいて、今、烏城達の置かれた状況がどういうものか否応無く理解できた。

烏城は窓の外に見える町並みに青い人影が動いたのを捉えた。町全体の警備はまだ解かれていない。

(ただでさえ事件が起こってみんな気が滅入っているのに、部活までも無くなっちゃうと怒る人もいるよね……でも、しょうがないのかも)

烏城は外にいる制服警官たちに視線を送りながら、また溜息をついた。

「どしたの烏城、また溜息?」

ふと、烏城のすぐ傍。座った机の前に一人の女子生徒がいた。

烏城は自分の名前を呼ばれ、心臓がドキリとするのを感じながら前を見る。

そこに居たのは烏城と同じ陸上部の、烏城が心から親友と呼べる数少ない人物だった。

「――え、宮野さん? どうして……」

「いやね? ウチのクラスはもう終礼も終わったからさ。こっちの担任おっそいねー」

宮野と呼ばれた女子生徒は未だにざわつく辺りを見渡しながら、呆れたように言う。

夕日のような明るいオレンジ色のショートヘア、目元のそばかす、男子のような起伏の乏しい体つき。それらを併せ持つ宮野はざわつく烏城のクラスメイト達の何人かの視線を集めた。

宮野はそんなやっかみ混じりの視線を気にした様子も無く、烏城の僅かに動揺した顔を見る。

「烏城さ、やっぱウチら今日も部活出れないみたいだよ。昨日はグラウンドがぬかるんでてたまたまだったけど、今日は昨日の事件の影響。あーもー、ウチらも今日こそは練習できるって意気込んでたのにね、烏城?」

「う、うん……」

烏城は周囲のクラスメイト達をはばかるように俯きながら返事をする。

すると、宮野はあ、そうそう、と人差し指を上に向け、何かを思いついたような仕草をする。

「今日さ、ウチのクラスの男子で欠席が一人いてさー、知ってる? 屯野とんのって奴」

烏城は屯野の名前を聞いて、無意識に目を見開いていた。

「え――。と、屯野君がどうかしたの?」

「あれ、烏城あいつと接点あったっけ?」

烏城は首をかしげる宮野の前で蚊が鳴くような声で話す。

「うん……その、昨日、帰り道電車で会ってその、色々(・・)と」

「あ、そうなの? ――ま、何でもいいけど」

そう言って宮野は頭の後ろに手を当てたきり、烏城にそれ以上の詮索はしようとしなかった。

烏城自身、この友人の世話を必要以上に焼こうとしない態度がありがたいと思うことが多々あった。

宮野はそれでね、と前置きし途端に声を落とす。

「……ウチの担任には三組だけの話にしておけって言われたんだけどね、どうやら屯野ってば昨日の晩、帰る途中で病院へ運ばれて今入院してるらしいよ」

「え……?」

烏城の表情が途端に固まった。

昨日、帰りの電車の中で烏城が好きな『夢野れむ』の話で屯野と一緒に盛り上がっていて――正確には会話はほぼ烏城の独壇場だったが――あんな元気そうな屯野があの後入院したというのは烏城自身とても信じられないことだった。

「どうして……!? 屯野君は大丈夫なの?」

烏城の声に宮野はその声の内の不安を感じ取った。

宮野は烏城の肩を手でぽんぽん叩いて、落ち着くように促す。

「何も死んだって言ってるわけじゃないしさ。安心しなって。大事じゃなかったから今日にでも退院できるそうだし。事件に巻き込まれたとか言ってるやつもいるけど、単にどっかで転んで打ち所でも悪かったんじゃないの? あはは。あのおデブちゃんだもん。無理ないよー」

「そんな事……言わないで」

机に視線をおろした烏城を見て、宮野はまずい、と心の中で己を叱責した。

「あ……ごめん。烏城、他人の悪口苦手なんだっけ」

頬をぽりぽりとかきながら、宮野は謝ると、烏城は黙ってコクリと頷くだけで何も言わなかった。

そしてそのまま二人の間で十秒ほど沈黙が続いた。

(まずい……ウチってば、またやっちまったか……?)

宮野はどこか引きつった笑顔を浮かべたまま、もじもじと体を動かす。さっきの自分の言葉が烏城を怒らせたのではないかと、宮野は冷や汗が一筋、首を伝うのを感じた。

烏城はおとなしそうな外見に反して怒らせると怖いのを宮野はこれまでの付き合いで経験してきた。

(う、うう……)

針のむしろの上にいるような、地獄のような沈黙の時間に耐え切れず宮野はおずおずと口を開く。

「あ、あー……う、烏城さん?」

「……ごめん、宮野さん」

俯いていた烏城がそう言いながら、宮野を正面から見つめる。烏城の表情には深刻な雰囲気があった。

「え? 烏城、何?」

「私、今日は宮野さんと一緒に帰れそうにない」

烏城の言葉は断言でそこに宮野の意見が入る余地が無い事を宮野は一瞬で悟ったと同時にあああああ、と呻いて頭を抱えた。

「そ、そうですよね。どうせ、ウチなんてしがない一般ピープルでお嬢様の烏城様とは身分が違いすぎましたよね……。陸上部で会って友達と思ってたウチが馬鹿でございましたよ……とほほ――――

「違う! そんな事思ってない!」

普段と全く違う烏城の語気に宮野は驚かされると同時に、宮野は両肩を烏城にがしりと掴まれていた。

宮野の正面に見える烏城の顔は今まで見たことが無く真剣で、何事かと烏城たちへ視線を注ぐ周りのクラスメイト達にも、普段は彼らを気にするはずの烏城が今は全く気にしていない。

確かな意志を持った烏城の二つの眼が宮野に問い詰めていた。

「屯野君が入院している病院を教えて。お願い」

今、烏城は昨日、自身が好きなバーチャルアイドル『夢野れむ』について共に話し、携帯の連絡先を共に交換した共通の趣味を持つ大事な友人の安否のみを考えていた。



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