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1 帰国

「この度のご命令、大変光栄なものでありましたが、辞退させて頂きたく思います」

 そう告げると如月燐(きさらぎりん)は畳の上で、深く頭を下げた。

「頭を上げなさい、燐」

「はい」

 頭の上から降ってきた声に、燐はゆっくり頭を上げた。

 目の前にいるのは、燐の生家である如月家が古くから仕えている朱雀院家現当主・朱雀院龍源(すざくいんりゅうげん)である。年齢を重ねたが、真贋を見極める目は衰えを知らず、辣腕をふるい一族を統制している。

「弓月との契約は気がすすまないか?」

古の誓約の下、朱雀院家直系一族には如月家の者が常に付き従うとされている。そのため、朱雀院家直系の者と如月家の者が誓約に基づいて契約を交わすしきたりがある。

 娘がいない龍源にとって、燐は生まれた頃から知っているため、実の娘の様な存在であった。真面目な性格で、如月家の役割もよく理解している娘だ。契約に応じ、長男・弓月(ゆづき)の良いパートナーになると考えていたが、尚早だっただろうか。

 燐は、龍源の問いかけに「いいえ」と首を横に振った。

「弓月様と契約を結びたくないわけではありません。私が契約相手に相応しくないのです」

「どうしてそのように思う?」

「私は女です。父に武芸は鍛えられ、簡単に負けないほどには強くなったかと思います。ですが、技巧だけでは男性に敵わないこともあるでしょう。次期当主となられる弓月様を支えることが出来るとは到底思えないのです」

「燐……」

「如月家本家の血筋ではないですが、傍流には男性の手練れが幾人かいます。私よりも弓月様のお役に立てるでしょう。どうか、ご容赦下さい」

 燐は再び深く頭を下げた。

 彼女は真剣に悩んだのだろう。普通であれば、朱雀院家の人間との契約を持ちかけられると喜び勇んで応じるはずだ。けれど、彼女は真面目であるがゆえに深く悩み、辞退するという結論に至ったのだろう。

 しかし、龍源は燐の答えを受け入れるわけにはいかなかった。いや、出来なかったというべきか。

「すまない、燐」

 突然謝罪を受けた燐は、驚いて顔を上げ、龍源を見た。

「龍源様?何故、そのように……」

「儂では、この契約依頼を撤回できないのだ」

 申し訳なさげに、龍源は告げた。

 朱雀院家の当主は、朱雀院家の人員・財産、並びに如月家の人員・財産の殆どすべてに干渉することが出来る。そのため、燐に弓月と契約を結んでほしいという依頼をしたのが当主より下位の者であれば、当主権限によって龍源が辞退を認めることが出来た。

 しかし、当主が干渉できない特殊事項がいくつか存在した。例えば、次期当主が契約相手を指名した場合や、朱雀院家の者か如月家の者の一方の本家血筋を継ぐ者が最後の一人であった場合である。これらの他にも、事細かい規定が古の誓約をもとに取り決められていた。

 今回の場合、例として挙げた一つ目に該当するのである。つまり、朱雀院弓月は長男であり、れっきとした次期当主であった。

「では、弓月様がおっしゃられたことなのですか!?」

 あまりの驚きに燐は目を瞠る。

 朱雀院弓月は次期当主に相応しい知力と判断力、戦闘能力を併せ持つ非常に優秀な男であった。しかし、七年前に起きたある事件で重傷を負い、その傷を癒すために渡米していたが、この数日中に帰国を予定している。

 事件が起きる前には、よく遊んでもらったものだが、現在の燐と弓月の間には関わりは一切ない。連絡さえ取ったことがなかった。更に言えば、弓月と燐は五歳ほど年齢が離れており、遊んでいてもらった頃の記憶など多くは覚えていないのだ。つまり、何故燐が契約相手にと選ばれたのかよく分からない。何せ、弓月は燐がどれほどの実力を持っているのかを全く知らないと言って良いだろうから。

 契約者とは、基本的に如月家の実力者の中から選ばれる。その理由は、朱雀院本家の当主や次期当主となると命を狙われることや、危険地帯に足を踏み入れることがよくあるからだ。よって契約は当主や次期当主を守る専属の者を選出するためのものであるといっても過言ではない。

「何故弓月様は私などを………」

「燐。自分をあまり卑下するものではない。女でありながらお前は如月家の中でも相当の実力者だ」

「……ですが龍源様…」

 娘のように思ってきた燐の顔や目に浮かぶ戸惑い。それに苦笑しつつ、そっと燐の頭を撫でてやる。

「弓月が戻れば儂からも話しておく。この話はまた改めよう」

「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません、龍源様。どうかお願いいたします」

 燐が軽く頭を下げた。

 その時、障子が乱暴に開かれた。

「日を改めるまでもない。今、この場でけりをつけましょう」

 前触れもなく部屋に入ってきたのは、若い男であった。

「失礼しますよ」

 男は一声かけると、燐の腕を掴み、その体を引き上げて無理矢理立たせた。

「………ッ!」

「弓月!帰って早々、何をするつもりだ」

 龍源が力の籠った目で弓月を睥睨する。

 乱入してきたように思われる男は、朱雀院家弓月。龍源の長男であり、次期当主であり、燐に契約依頼をしてきた張本人である。

 帰国までにあと二日ほどはかかると聞いていたのだが、少し早く帰ってきたのだろうか。

 温厚で、人当たりの良い青年だと評判の男であった。しかし、障子の開け方と言い、燐の扱い方といい、その欠片の優しさも垣間見えない。少しばかり冷静さを失っているのか。

「燐と話を。後ほど報告に来ます」

 それだけ言い放つと、弓月は燐の腕を掴んだまま、早足で歩きだした。

「弓月!!」

 既に龍源の声も聞いていないようだ。

 燐は龍源と目を合わせて、首を横に振った。自分で弓月と話をして、契約についてどうにかする。

 燐の考えを読みとったのか、龍源は困ったように頷いた。そしてすぐに、龍源の顔は見えなくなった。


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