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ノアークβ  作者: ニセモノノシキ
第一章
9/21

忘却

『話があるから戻って』


 ニケからの連絡を受けて俺は小屋へと向かう。

 なんだよ、改まって…。

 ナンナはあれからずっと黙りこくったまま、俺の肩に座っている。

 空気が重い。

 ニケの話ってやつが明るいものだったら少し救われるんだろうけど、そんなわけない、よな。


「ただいま」

 もどると、ニケが一人で座っていた。

「クレスは?」

「寝かせたわ」

 聞かせたくない話ってわけか。

「なんだよ、話って」

 ニケは傍においてある鍵付きのノートをめくりながらタイミングをはかっているようだった。


「ねぇ、トール。ここへ来て、どれくらい経ったか覚えてる?」

 突然の脈絡のない質問に多少戸惑いつつ、少し考えてから答える。

「3日くらい、だろ」

 ニケはその答えに、「やっぱりね」と息を吐いた。

「10日よ」

「え…?」

「10日。あなたがここに来てから、10日経ってるの」

 そんな、まさか。そんな記憶は…

「これを見て」

 ニケの手に押されて目の前に出された鍵付きのノート。

「私の日記。一日一ページだから、わかりやすいと思う」


 1ページ目

『湖の近くで倒れていた男の子を見つけた。また犠牲者が増えてしまった』


 2ページ目

『忘却が所々で現れている。この人の幸せは私には決められないから、いつかは話さなければ』


 3ページ目

『今日は朝から彼にこの周辺を案内した。今日はずっと忘却のまま』


 そう、だ。

 そうだった。

 だから、俺は、湖の場所を知っていた。

 だから、俺は、この島に、自然が多く残っている事を、知っていたんだ。

 なんの違和感もなく受け入れていた。

 どうして…


「この島では、忘却というデバフがかかるの。ログアウト不可になる前の、記憶に深く刻み込まれた単語がないと忘れてしまうのよ。今までの事」

「で、でも、ログアウト不可になった事は覚えてる」

「そう。でもそれもだんだんとどうでもいい事に感じていくわ。そういう、呪いみたいな力がこの島にはあるの」


 4ページ目

『このままでいいわけなんてないけど、少し楽しい。クレスも楽しそう』


 5ページ目

『彼は湖が気に入ったみたい。今日も昼に湖まで出かけていた』


 これじゃあまるで、NPCだ。


「この島には今100人近いログアウト不可者がいるわ。最初はみんな、どうにかして抜け出そうと足掻くの。でもね、時が経って、ログアウト不可になる前の人達から連絡もなくなって、その名前を目にする事がなくなってしまうと、だんだんと普通に生活し始めるのよ。そうして、このギルドを抜けていく人達が大半よ」

 静まり返った空気が痛い。

 なんて言葉を紡げばいいのかもわからず、ただ、ニケの次の言葉を待った。

「私には、それがいいのか悪いのか、わからないの。現実に帰ることが、みんなにとって幸せだとは思えない。だから、無理に思い出させる事もやめたわ」

「どうしてニケは、忘却にかからないんだ?」

「私にはクレスがいるわ。そしてこの日記も」

 そうか、その為の…。

「私とクレスは元々同じギルドに所属していたの。『ひまわり』っていう中規模ギルド。知ってる?」

「名前くらいは…」

 確か、ディルグリースを拠点に低年齢層をまとめた保育園みたいなギルドだって誰かが揶揄していた。

「『ひまわり』はね、元々現実世界のフリースクールなの。多くはネグレクトで家庭から引き離された子が施設から通ってきてたりしてる。小さい頃から人との関わりを学んで来ていなかったからなのか、うちにいる子の多くは外に出たがらないの。ずっと教室でゲームしてたり。そこに今回のβテストの広告があって。ダメもとで大人数申請を出したのよ。子供でも安心してプレイできるか試せるんじゃないですか?って。申請が通って、みんなと一緒にログインした時のあのキラキラした顔、たぶん私ずっと忘れないと思う。擬似的なものだけど、これでみんな一歩前進できたんじゃないかって」

 懐かしそうに遠い目をしたニケは本当に嬉しそうな顔をしていた。

 βテスターやオンゲ廃人には所謂お仕事勢と呼ばれる、ゲームを本職かのように扱い、遊びでプレイしている人たちを「温い」を一笑するようなプレイヤーが多い。その中には子供を極端に嫌う人もいて。そういう人たちの間で『ひまわり』というギルドがどういう陰口を叩かれているか知っていたので、ひどく複雑な気分になる。

 そんな事情でゲームをしている人がいるだなんて想像すらしていなかった。

「クレスもそう。ノアークの中では本当に活き活きしてるの。家では色々とあるみたいで、思うようにログイン出来ないみたいだけど。だから、ね」

「本当に現実に帰る事が幸せかわからない、って事か」

「そう」

 すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。

「でも、一応トールの気持ちだけは確かめておこうと思って。そんな時にフレからメールが来たって連絡がきたから、今しかないと思って」

 そう言われると、本当に帰りたいのかわからなくなってくる。このままこの世界に永住するのも案外悪くないんじゃないかと。

 ただ、心のどこかでそれを受け入れられない。

「少し、考えさせてくれ…」

「うん。あ、考えがまとまるまでは、日記つけておくといいよ。日記というか日常のメモみたいな感じで。読み返す癖さえつけてしまえば、忘却にも対処できるはずだから」

 頷いて、自室に戻る。

 現実なんて忘れてしまった方が幸せなのか。あんなゴミみたいな日常に帰る必要が本当にあるんだろうか。



 考えても答えなんて見えてこなかった。

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