目覚め
水の中にいるように、視界がぼやけている。
体が軽く、浮いているような飛んでいるような気もする。
俺はどうなってしまったんだ。
確かマップ外エリアで……そう、あの後システムからの強制転移があって。
でも転移中に思考の切断なんて現象は起きたことがない。
そもそも仮想空間においてシステムが思考の操作なんてできるはずなんてないのに……
頭がひどく痛む。体のどこかを動かそうとするだけで、逐一激痛が走る。喉がカラカラに渇いていて声も出せない。
ここはどこなんだ。俺は、どうなってしまったんだ。
鳥の囀り。この特徴的な鳴き声はインティか。確か極東の地で朝にしか姿を現さない、とかなんとか聞いた覚えがある。
という事は、システムアナウンスの言っていた「拠点の街へ」というのは嘘だったのか。
霞のかかったような思考がだんだんとはっきりしていくに連れて、現状を認識していく。
視力も復活してきているようだ。木造の、小屋のような内装。嵐が来たら崩れてしまいそうなくらいに脆い印象の天井。建築スキルの未熟なものが建てた小屋か……。
少しずつ体を起こしてみる。体にかけられた薄いガーゼのような布がはらりと落ちていく。
体の節々が痛いが、動けない事はない。こんな事なら回復スキルを習得しておくべきだったか……。
そこでふと気付く。アイテムバッグがない。装備もない。辺りを見渡しても簡素なこのベッド以外には何もなかった。
家主が帰ってくるのを待つしかないのか。
そもそも今この体で動き回るのは恐らく無理だ。ベッドに寝かせてくれているという事はおそらく悪い考えはないだろう。それならもう少し休ませてもらおう。
俺は再び体をベッドに預け、目を閉じた。
「あ、起きてる! おねえちゃーん!」
どうやら寝てしまっていたようだ。子供特有の頭に響く声で目が覚める。
ドタドタと鳴り響く足音は遠ざかり、少しして遠慮がちな足音を連れてくる。
開いたドアから顔を出したのは萌黄色の髪をした女の子だった。
「目覚められましたか?あ、動かないほうがいいです。体がまだ慣れていないはずですから」
起き上がろうとしたところを支えられる。そのままベッドへと押し付けられる形でまた横になる。
「慣れていない? どういうことだ?」
「ええと、それはですね……あ、とりあえずこれ。あなたの近くに落ちていた荷物です。全部拾ってきたと思うのですが、確認をお願いできますか?」
彼女の手には俺のアイテムバッグが握られている。それを受け取るとユーザーメニューを開く。
なくなったものはない。記憶を辿って確認を続けるとリストに見覚えのないアイテムを発見した。
「ナンナの核?」
「ああ、それはたぶん使い魔の卵みたいなものです」
取り出して目の前に掲げてみると、ビー玉とよく似た透明の結晶だった。
向こうの景色が逆さまに映って見える。使い魔の卵…ビーストテイマーの連れているあれか。
「お前、ビーストテイマーなのか?」
結晶の向こう側に語りかける。怒ったような顔が逆さまからこちらを睨んでいる。
「お前って……! わたしはニケといいます。この子はクレス」
「ごめんごめん。俺はトール」
少し怒り顔のままため息をついてベッドの端に腰を下ろす。
「そうよね、何も知らないままだと話も難しいわよね。うん」
「?」
「説明します。少し長くなりますけど」