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ノアークβ  作者: ニセモノノシキ
プロローグ
2/21

生命維持期間

「ん、うーーん」

 横たえた身体を起こしてヘッドギアを外す。

 最新のベッド一体型ハードは長時間プレイを視野にいれた安心設計という触れ込みとはいえ、現実の肉体によいもの、というわけでは勿論ないだろう。まぁ、普通のベッドよりは幾分マシという程度なんだろう。

 長時間身動き一つとらずにいた代償としての体の軋みと重み。そして空腹感。胃の中が真空になっているような錯覚と若干の吐き気が襲ってくる。プレイしているとどうもこちらの体の維持を忘れがちになってしまう。

 生命に危険が出るほどの域に達すると自動的に緊急回避プログラムが作動してログアウトさせられるという噂ではあるけど、どうなんだか。


 20XX年に開発された擬似ダイブ機能。

 全世界から専門家を集めた精鋭開発チームにより研究が進められてきた、プログラムで構築された空間に文字通り擬似的に潜る事が可能となる機能。本来は宇宙飛行士や兵隊の訓練などを行う為に開発されたらしいんだけど、この夏、全世界で初めてこの技術を利用したオンラインゲームのβテストが始まった。

「まさか、こんな時代がくるとはなぁ」

 それは幼少時代からゲームという仮想世界の中を冒険する事にハマり、青春の全てを捧げたといっても過言ではない俺からすると待ちに待った夢のような瞬間だった。

 素足でひんやりとしたフローリングを歩くと現実に戻って来たのだと実感する。向こうの世界で靴を脱ぐ事なんて稀だからな。

 俺以外誰もいない生活感のないワンルーム。数年前にゲームを中心とした俺の生活に呆れ果てた父親が事実上の勘当として俺を実家から追い出してから、過保護な母親の脛をかじってこの生活を維持している。というよりは、口うるさい監視の目がない分だけ拍車がかかっている。勿論父親には内緒で。

 甘えている、と世間は俺を批判するだろう。働きもせずに遊び呆けている理解してくれる程優しい社会ではない事も知っているつもりだ。自分自身こんな生活ばかりしていられないとは思っているけど、未だに腐ったような毎日を過ごしている。


 シャワーを浴びてから簡単な食事をゆっくりしっかりとる。次のログアウトまでこの肉体がもってくれなくては困る。

 バランス栄養食の上位互換のような味気ないけれど栄養の計算が完璧になされた粥のようなインスタント食品。今回のクローズドβに当選した時に大量に買い込んでおいたものだ。

 向こうの世界でも食事を採るには採る。だがそれは実際の肉体に作用するようなものではない。コミュニケーションの一環としてや習慣的な意味しか持たない、所詮データ内部の話。

 だからこうして定期的に現実世界へと帰ってきて、肉体のメンテナンスをしなければならない。なんとも面倒な話だ。

 医療器具が手に入るのであれば栄養点滴をしながらずっと潜っていられるのに。そう考えその手の筋を探したこともあったけど結局手に入れることが出来なかった。また、なくなった点滴を誰が取り替えるのかという別の問題も浮上してきた為に諦めるに至ったのだ。


 BGMがわりにつけたテレビでは今話題のインターネットゲームについての特集が流れている。

 笑顔を絶やさない司会者が少し興奮気味で喋っている。

「本日の特集は先月公開されました、『ノアーク』のβテストですが、なんと! 今日はですねー、1500人という狭き門を見事にくぐり抜けたテストプレイヤーの吉原さん(仮名)にお越しいただきました!」


 始まって一ヶ月近く。最近ではどこの番組でもノアークの話題は引っ張りだこだ。βテスターは情報提供を禁止されているはずだけど、こうやって素性を隠して内情を売り込んでいる輩も少なくない。

 この吉原という奴もその一人で、本人曰く最前組で攻略に励んでいる、と色んな番組で語っていた。

 モザイクと音声変化を除いても少し胡散臭い奴だ。

「いやー、昨日はね、とあるダンジョンの最下層にいるボスモンスターの討伐に行ってきましてねー。強かった、いやー強かったですよ。まぁ、私のレベルでは瞬殺出来るのですがね、まぁね、ですが、いやーやはりパーティで挑むのがMMOの醍醐味ですからねー、まぁ低レベさんの育成も最前の役目ですし、私は指揮官として的確にメンバー達に指示をだし、強大な敵を見事に撃破しましてねーいやーはっはっはっ」

 訂正。

 ものすごく、胡散臭い奴だ。

 呆れながらテレビを消す。

 最前、というのは高レベル帯のプレイヤーの事を指す。細かく言えば攻略最前組やハンター最前組など色々と分かれてくるのだが、大抵はダンジョン攻略の最前線にいるプレイヤーの総称として使われている。

 あのダンジョンの最下層の攻略にはレベル制限がかかっているから、低レベで挑めるわけがない。だいたいその攻略には俺も参加していたが、あんな奴がいた記憶はない。

 うん、やっぱりあいつは胡散臭い。

 無駄な大笑いを随所に挟んでくる30代半ばの男の声に若干の苛立ちを感じ、テレビを消す。

 そしてプレイ用のカプセルベッドに横たわりヘッドギアを装着。

 待ち合わせにはまだ時間があったけど、現実世界での暇つぶしは最早苦痛でしかなかった。

 栄養食品と同じくらい味気のないこんな世界では人は屍同然で生きている。ただ生活の為に働き、金を消費して生活し、その金を得る為にまた働く。なんの目的も目標もなく、ただダラダラとルーチンライフを繰り返す。記憶にも残らないような中身のない日常。吐き気がする。

 目の前のモニタに映るログインボタンを押す。少しのロード時間の後に、色さえも感じさせる清々しい風が吹き抜けて行く。少し遅れて賑やかなBGM。


 そう、この世界、この世界(ノアーク)でこそ、俺はちゃんと『生きている』と感じられるんだ。

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