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ぶわ、と水面がせり上がってきた。とっさに目をつむったが、勢いが消えたように感じたから恐る恐る目を開けた。
そこは――水の世界だった。
ちょうど自分の身長よりも30cm程高所に水面が停留している。
何が、起きたのだろうか。
「マチ?」
手を繋いで傍らに立つ小さな可愛い女の子からは、返事がない。
「マチ?」
再度名前を呼んで視線を水面からマチへと移動させる。
マチは水の中になる前と、後と、変わらない姿でそこに立っていた。
静かに瞳を閉じ、幽かに口を開け、ゆるやかに呼吸している。
変わったのは優しく髪を揺らしているのが風から水になったところだけだ。
相変わらずだなぁと思わず笑んで、それからマチの前に回り込んでしゃがんだ。
気配を感じたのか、マチは大きくて可愛らしい瞳を見せてくれた。と、同時に口を閉じる。
見事な交代に、口から笑いが漏れた。マチは、笑わなかった。ただ不思議そうにほんの少し首を傾げた。
「マチ、帰ろうか」
そういうとマチは、――やっぱりほんの少し――うなずいた。
見渡す限り遮るものがほとんどない田園風景。マチと手を繋いだままデコボコする土の道を再び歩き出した。水の世界だからか、いつもより道が柔らかく感じた。
水面の光の反射で道に出来たゆらゆら揺れる模様に気を取られながら歩いていたら、マチの歩みが遅くなっていることに気が付いた。きっと、水だからだろう。
ゆるく結んだだけだったマチの手をきつく握り直した。柔らかくなったと同時に強くなった水の風は、もしかしたら小さく軽いマチを攫っていってしまうかもしれない。
でもそれが幸いした。『幸いした』なんて表現この場合なんだかおかしいような気がするけど、私たちは幸せな気持ちになれたから、やっぱりそれは『幸いした』でいいのかもしれない。
ぶわ、と水面の時と同じようにマチの体が持ち上がった。私は慌ててマチを地面に引き下ろした。手を繋いでいて良かった、とほっとする。
「マチ、大丈夫!?」
周章狼狽する私とは裏腹にマチはほんの少し目を細め、ほんの少し広角を上げ、ほんのりと頬を赤らめ、とても――とても楽しそうだった。
その温度差にさっきの自分の慌てっぷりを恥じるより前に脱力した。
「楽しかった?」
と、ひとつ嘆息してから訊ねてみるとマチは一際楽しそうに笑み、小首をかしげた。
「そ。それなら重畳」
私も満足げに頷き再び歩き始めた。




