Ⅰ 夏休み『昔々の話』
サチばあの家は私の家から歩いて五分位。赤い屋根の家がそうだ。
「サーチ―ばあっ」
昼間はいつも開けっ放しの玄関で大声を出す。奥でパタパタとスリッパの音がした。
「はーい、環奈かい?」
サチばあが台所からひょこっと顔を出す。
「あぁ環奈だ。お入り~」
二週間前に見たときと変わらない、丸眼鏡にいつもの腰エプロン。
「ちょっと待っといてね」
「は~い」
居間に入ると、畳といい香りの線香の匂いがした。小さい頃から嗅いでいる、サチばあの家の匂いだ。少し経ってからサチばあがお盆を持って戻ってきた。
「はい、環奈」
「ありがと」
運んできたのはお茶とサチばあ特製のおはぎだ。私は一口お茶を飲んだ。
「サチばあ、制服着てきたよ」
そう言ってサチばあの前に立ってくるりと回って見せる。
「似合ってるねぇ」
サチばあは嬉しそうに目を細めた。
「ねぇ何で突然着て来てなんてお願いしたの?」
気になっていた事を聞いた。するとサチばあは上の方を眺めて小さく答えた。
「今のうちに見とかないとねぇ・・・」
「サチ・・・ばあ?」
「サチばあの我侭、きいてくれてありがとうね」
少し喉の奥が熱くなった。
・・・死んだり・・・しないよね・・・ねぇ、サチばあ・・・?
心の中でそうサチばあに問いかける。
「どうしたの環奈?」
「ん?ううん、何でもない」
「そう?おはぎ、お食べ環奈」
「うん・・・っ」
小さく笑っておはぎを食べた。 なんだか、寂しい味がした。
* * *
「気を付けて帰り環奈」
「うん、またねサチばあ」
サチばあはゆっくりと頷く。
もう夕方だ。サチばあの家の屋根が、夕日で一層赤く見える。
「あ、環奈」
急にサチばあが思い出したように言った。坂を下ろうとしていた私は振り向く。
「この話、環奈にしたかねぇ」
「どんな話・・・?」
サチばあからはたくさんの話を聞いた。サチばあが小さかった時の話、今はもういないおじいちゃんとの出会いの話、それから普通のおとぎ話も・・・。
「あのねぇ、これは昔々の話でね・・・」
そう言ってサチばあは話し始めた。
サチばあの知ってる昔話とは・・・?