第5話 ソロバンもどき
経理を手伝うようになって一番驚いたことは、この世界にもソロバンもどきがあったことだ。あっちのソロバンとはちょっと違うけど、細い木の棒に玉が通されていて、動かすことで数字を表すシステムは同じ。これは、二代前の店主が異国で調達したものなんだそうだ。もしかしたら、俺以外にも転生者がいたのかもしれない。
だがこのソロバンもどき、使える人がいない。そもそも買ってきた先々代店主が使いこなせておらず、そのまま商売繁盛のオブジェと化しているそうだ。惜しいな、俺がもし前世でソロバンを習っていたら、ここで一躍スターダムにのし上がったかもしれない。
「スターダムとはなんだ。計算機のことはいい、手を動かしなさい」
「はぁ。でもこの動かし方がわかれば、計算の助けになりそうなんですけども」
ソロバンを習ったことはない。だが、小学校で基礎的な動かし方だけは教わった気がする。右手の親指で一、二、三と足していって……うん、黒板で筆算した方が速いな。
「――待ちなさい。ロドリゴ、お前はこの計算機の使い方がわかるのか」
「いえ、筆算の方が速」
背後からの圧。振り返ると、事務室の面々が迫っていた。
「いいから動かしてみなさい」
「はっ?」
「はって、さっきお前はスラスラと動かしていたじゃないか」
番頭のプロスペロさんに、俺たちの教育係のピオさん。そして、事務室のただならぬ様子に気づいた店員たちが店から集まっている。
「いえそのっ、親指でこうして一、二と足していって、五を超えたらこう……」
パチ、パチと辿々しく球を移動させるたび、ギャラリーから低い唸り声。こえぇよ。
「むう。なるほど、親指と人差し指でな……」
「私はてっきり、数字を表しておくだけのものだと思っておりました」
「こうして動かしているのを見ると、先々代が量産し普及させようとしていた理由がわかりますな」
ええ……。ソロバン名人ならともかく、素人がのろのろと足し算してるだけだぞ。
「よし、お前。これを旦那様に知らせなさい。早速試作品を作らせよう。そしてロドリゴ。この計算機の使い方を、店員全員に教えるように」
「はっ?」
こうして俺は、奉公一週間にしてなぜかソロバンの先生を務めることとなった。だがいいのだろうか。俺が知っているのは球の動かし方だけ、それもノロノロと一桁ずつ足し算するだけのものだ。しかし「使い方さえわかればいい。使う者の技量までお前が考える必要はない」と言われた。そういうもんか。
「お前……底が知れねぇな……」
「俺ァ勘定が苦手だからよう、便利になるのは歓迎なんだが……」
奉公人最年長のプリニオ、そして使用人頭のパウリノさんがこぼす。他の面々も、なんだかエイリアンを見るような目つきだ。プロスペロさんたちは喜んでくれたのに、もうちょっと褒めてくれたって良くね? 解せぬ。
そんな奉公生活がスタートし、二週間経った頃。なんだか同僚の奉公人たちがソワソワしている。
「えー、今日はギルドより魔術師のパスクワラ先生にお越しいただいた」
なんと、半年に一度の魔法の授業だった。そりゃテンションアゲアゲですわ。




