第4話 びっくり奉公
その日から、俺の待遇は他の奉公人とは違った。
「次はこれだ」
「はい喜んで!」
午後。他の子供たちが掃除や雑務に追われる中、俺は店の奥の事務室のようなところに連れて行かれ、次々と計算をさせられた。最初は簡単な伝票のようなもの、それから帳簿的なもの。まだ難しい文章が読めないので、なんの書類かはわからない。だが数字だけはわかるので、ただ足し算を繰り返すだけの簡単なお仕事です。
「終わりました!」
「――早いな」
「単純作業ならお任せください!」
「単純……」
番頭さんは複雑な顔をしている。昨日、俺を店の奥に連れて行った偉そうな人。実際偉かった。プロスペロさんというらしい。
「まあいいだろう。お前の力は把握した。ならばこれから、こちらの書類を処理してもらおう」
「はい喜んで!」
「――その返事は一体なんなのだ」
プロスペロさんの呆れ声を聞き流し、俺はひたすら足し算に没頭した。
「おいお前、ズルいぞ。お前だけ掃除しなくていいなんて卑怯だ」
三日後。夕飯時に、奉公人たちから絡まれた。まあ予測はしていた。みんな俺を遠巻きにして、ヒソヒソしていたからな。
現在このペラモス商店に奉公している子供は、俺を含めて四人。年の順で、プリニオ、ペピト、ポンシオだ。プリニオは十一歳、ペピトは兄と同じ九歳。ポンシオは俺の一つ上、七歳だ。彼らはここポルセルの街で生まれ育ち、昔から顔見知りでもある。余所者俺がいきなり特別待遇なのが許せないのは、なんとなくわかる。
「おいおやめ。ロドリゴがあっちで仕事してんのは、プロスペロさんの言いつけだよ」
「だってペトロナさん」
「ならお前ら、あの数字だらけの書類に埋もれてみやがれ。ほんの半刻で叫びたくなるぜ」
パウリノさんが太い二の腕をさすっている。どうやら過去に、経理に回されたことがあるっぽい。
「ロドリゴは計算だけじゃない、掃除も洗濯も一通りのことはできる。家で散々仕込まれたんだろうさ」
「お前らもロドリゴのことを羨んでねェで、もっと勉強を頑張るんだな。そうでなきゃ、俺らみたいに下働きのまんまだぜ?」
なるほど。パウリノさんとペトロナさんご夫婦は、営業や会計に向かなかったため、庶務として店に残った感じか。そして残りの三人は、「ぐぬぬ」といった感じで黙っている。
まあ、俺が掃除洗濯ができるのは、長年の一人暮らしで培ったスキルだ。チートといえばチートかもしれない。欲を言えば、異世界転生ボーナスにもうちょっとすごいスキルを授かりたかったが。
しかし、ただ足し算ができれば経理の戦力になる。そういうことなら。
「では皆様、プロスペロさんにお願いして過去の伝票をお借りしてきます。反復すれば、計算は難しいものではありません。毎朝毎晩コツコツと続けることが」
「げっ」
「そうだコイツ変態だった」
「毎日ずーっと書き取りしてるもんな……」
反応は捗々しくなかった。なぜだ。朝の小テストに夕方の課題は、小学生に必須だろう。ところが、俺が力説すればするほど彼らは目を伏せ、ちょっぱやで夕飯を掻き込んで食堂を出てしまった。
「あんた、変わった子だね……」
「ま、出来ることはいいことだが、ほどほどにな」
パウリノさんとペトロナさんが、なんだかお疲れの様子だ。今日は力仕事が多かったんだろうか。
一向にホームシックを発症する気配がなかったため、俺は三日でペトロナさんの部屋から解放され、奉公人部屋に送り込まれることとなった。奉公人部屋は二段ベッドの四人部屋、ここで子供たちだけで寝起きする。
「みなさんおはようございます!」
「「「……」」」
挨拶は大事だ。まだ目をこする子供たちに、溌剌と声をかける。ここに目覚まし時計などという便利なものはない。早く起きた者が、率先して起こしてやらなければならない。早速木の窓を開け、空気を入れ替える。朝の空気が清々しい。
「うう、さぶっ……」
「まだ早いじゃんかよ……」
「お前、なんで朝からそんなに元気なんだよ……」
「早寝早起きは健康の基本ですよね!」
一晩寝たら全回復する、六歳の肉体の素晴らしさよ。この寮には娯楽もなければ光源もない、夕飯を済ませて身支度をすれば、みんなさっさと寝てしまう。早朝に出掛けて終電で帰る、あのへとへとだった毎日を思い返せば、まるで天国だ。しかし、半覚醒のままのろのろと着替える彼らの気持ちもわかる。若い頃っていうのは、いくら寝ても寝られるものだ。
「大丈夫ですよ、ゆっくりで。まだ子供なんですから」
「お前が一番年下だっつの!」
思いのほか元気なツッコミが返ってきた。どうやら換気のおかげでスッキリ目が覚めたようだな。よかったよかった。




