第36話 模索
周囲がレシピ登録で騒がしくしていた頃に並行して。俺はいつもの通り、洗濯をしてはウィンド、掃除をしてはウィンド、青果店でバイトをしながらウィンドを試していた。エアーダスターにカッター、泡立てだけじゃない。ウィンドにはまだまだ可能性がある。宮廷魔法使いが言っていた。これまでは勢いを強めることだけを考えていたが、その他も試してみるべきだろう。
ペラモス商店は家具店だ。庶民に手が届くランクのものから、豪商や貴族向けの高級品まで幅広く取り扱っている。俺たち奉公人は店先に立つことを許されていないが、いずれ奉公が明けてここに就職するのであれば、ゆくゆくは店頭の商品を手入れする場面もあるだろう。そんな時こそウィンドの出番だ。
窓枠の埃を、そっと手のひらに吸い込む。これぞ逆転の発想、ハンディークリーナーだ。
「風で吹き飛ばすのとなにが違うんだよ」
「はたきでやった方が早いだろ」
背後からプリニオとポンシオの素早いツッコミ。だがノンノン、埃を散らかさないことに意味があるんだよ。
「埃を吹き飛ばしたら、隣の商品が埃を被るでしょう。こうやってソフトに吸い込むことで、商品を傷めずに素早い清掃が可能となるのです!」
「いや、店に立つのっていつの話よ。お前まだ六歳だろ……六年後か?」
「うわ、手が埃まみれじゃねぇか。ばっちいな!」
「うるさい。掃除したら手くらい汚れるだろ」
「ふふっ。最近のロドリゴはいいね。猫を被っていない方がしっくりくるよ」
ペピトの言うとおり。もういろいろとボロが出てきたので、奉公人の間では取り繕うのをやめたのだ。間もなく年長のプリニオとペピトが抜けるし、そうすれば俺がポンシオに次ぐナンバーツー。奉公人の中でへりくだる必要もなくなる。
ペラモス商店での奉公人生活も慣れた。幼少期から奉公というと厳しいイメージがあるが、ここは実家よりも食べ物が豊富だし、仕事も雑用が中心でどうってこともない。むしろ前世の記憶を取り戻し、中身が大人になってしまった今、近所の幼児に混じって遊ぶなんて却って苦行だし、かといって一人で暇を持て余すのも耐えられない。掃除、洗濯、読み書きに事務室で計算。こんなヌルい毎日、もはやご褒美だ。このボーナスタイムの間に、なんとかアーリーリタイアへの道筋を見出したい。
ポンシオの言うとおり、俺の手はハンディークリーナーで集めた埃でまみれている。だがしかし、俺は掴んでみせる。埃ではなく不労所得をな!
「あのなぁ。働かないのが目標なんて、ロクな大人になんねぇぞ?」
そして日曜日。俺は相変わらず薬草摘みに同行していた。エルマノスの皆さんは、なんだかんだ俺を仲間に入れてくれる。第三の目()のお陰で、俺の薬草採集のスキルが上がったためだ。薬草に似た雑草や毒草を混入させることなく、薬効の高い部分だけを摘み取ってくるため、俺の納入分は買取価格が上がっている。それをすべて孤児院に寄付するもんだから、俺が同行したいと言えば、彼らも断りづらいのだ。
「だけど、自分の力だけで稼ぐには限りがあるでしょう。体を壊したら元も子もないですし」
「そりゃあそうだけど……」
「それにお金がたくさん集まれば、孤児院にもたくさん寄付ができるでしょう。効率的なお金儲けは正義ですよ!」
「一体その価値観には、どこで染まったかしらね。ロドリゴのお母さんとお姉さんも、神殿で奉仕を学んだんでしょう?」
エルマノスの皆さんは渋い顔をしている。彼らは孤児院育ちで、上の子が下の子供の面倒を見るという習慣が根付いているため、他者のために働かないという考えに抵抗があるようだ。
「いいですか。世の中の富のほとんどは、一握りの人々が握っています。そして彼らは、毎日あくせくと働くわけでもなければ、特別な才能を持っているわけでもありません。持っているのは、自分で働かなくてもお金が集まってくる仕組みなのです!」
「お、おう」
「なんとなく、言ってることはわかるような、わからないような」
心配するな。俺もよくわかってない。なんか前世、自己啓発本で読んだような内容をパクってるだけだ。だが世の中の金持ちは、日銭を稼ぐために右往左往するようなことはしない。それだけはわかる。
「で、その仕組みってのをどうするつもりなのよ?」
「それを今、模索してる最中です!」
「スサ姉、そいつの話にマジで付き合わなくていいんだからな」
「そうそう。手にゴミ集めてるだけだかんな」
「は? 手にゴミ?」
「まあ、小さい子供は空想が好きなものだからな……」
プリニオとポンシオが水を差したせいで、エルマノスの皆さんの好感度が下がっていく。先日失墜した地位は、一向に回復する様子が見えない。
しかし、今回の俺は一味違うぜ!
「いいか。絶対俺たちから離れるんじゃないぞ」
「魔物に気づかれないよう、そっと歩くのよ?」
そう。今回はエルマノスの皆さんに、森に連れて行ってもらうことになったのだ。なんでも俺が薬草採集に加えてもらう前は、ペピトも一緒に森に入っていたんだとか。俺ももう何度目かの森だ、ペピトにお守りしてもらって草むらで薬草を摘む必要はない。今日こそ本当の冒険者見習いデビューだぜ!
「それにしても、薬草すら摘ませられないなんて」
「スライムに指を溶かされるような子、置いて行けるわけないわ」
「孤児院のチビどもより手がかかるぞ」
外野の雑音など気にしてはならない。俺の戦いはこれからだ!




