第33話 圧力
高圧洗浄機。それは甘美な響き。
「しかしどうやって圧を掛ければ」
「ロドリゴ。なにを考え込んでいるのか知らんが、手を動かしなさい」
「あっはい」
いや検算はもう終わってるんだ。俺は書類と黒板をプロスペロさんに渡した。今日の事務室での仕事は、これにて終了。
「それよりロドリゴ、圧ってなんだ?」
「ふえっ? いえ、エアーダスターが進化しないかと、こう」
ピオさんのツッコミ。独り言が漏れていたか。いやしかし、一人で考え込むより知恵を借りた方が、突破口を見出せるかもしれない。
「ふむ。生活魔法に圧力を掛けるなど、また面白いことを思いついたものだな」
「だけどファイアなら火が出るだけ、ウォーターなら水が出るだけ。圧力なんてどうやって掛けるんだ?」
「それなんですよね〜。もっとこう、エアーダスターより勢いがあれば、いろんな使い道が広がるんじゃないかと思うんですが」
「ポルフィリオ。お前は学園でしっかり魔法学を学んできたのだろう。なにかアドバイスはないのか」
「ふん、くだらない。プロスペロさん、せいぜいインクが早く乾くくらいで、それがなんの役に立ちますか?」
「そう言われればそうなんですけどォ」
番頭プロスペロさんの指示よりも、俺憎さの方が勝つポルフィリオ氏。商業ギルドからなかなかヘッドハントが掛からないのって、そういうとこだと思う。そして彼が冷や水を浴びせたせいで、ピオさんの好奇心がしおしおと萎んでいく。まあ、もとより俺一人で始めたプロジェクトだ。協力が得られずとも構わない。
「まあ、今日の仕事は終わりだ。残った時間は好きに遊んで、工夫してみるといい」
「てかロドリゴ。使い道が広がるって、お前は一体なにがやりたいわけ?」
「あー、庭石を高圧洗浄したりとかですかね?」
「ッハッ、庭石!」
そう。勢いさえあればなんでもできる(なんでもできるとは言っていない)。例えばブロワーにして枯葉を集めたり、もしくは逆に弱めて埃を吹き払ったり。おっと、汚れを吹き飛ばせるなら、野菜の汚れを落とせるかもしれない。調理の下ごしらえが捗るな。
「あっ、そしたら風魔法でメレンゲの泡立てもいけるんじゃ」
「なんだと!!」
「ヒッ」
「こうしてはおれん! ロドリゴ、厨房へ行くぞ!」
思考の海に沈んでいたところ、プロスペロさんの大声で一気に引き上げられた。そして腕をガッシと掴まれると、そのまま寮のキッチンまで連行された。
「圧だ! ポルフィリオ、魔法に圧力を掛けるにはどうすればいいのだ!」
「プ、プロスペロさん。それは魔法省で研究するレベルの命題では……」
「ならばロドリゴ、さっさと学園に入学するのだ!」
「そりゃ無理ですよ、もう来季の申し込みは締め切りが終わってますもん」
「ぬう……学園時代に魔法学を取らなかったことが悔やまれる!」
ヤバい。メレンゲの一言で、プロスペロさんが暴走している。てか、今サクッと学園に入れられるとこじゃなかったか? そんで今から俺が最短で学園を目指したとして、魔法省で研究成果が出せるのって何年後よ。
「イメージの問題だと思うんですよ。細くするのはできたんですから、こう、方向さえわかれば」
「いっそ皮袋でも用意すればいいんじゃないですかね? パンパンにすれば、ブワーッと」
「うむ、それでは息で膨らませたのと変わらん。圧力の掛かった風を継続的に送り込まねば、メレンゲとはならぬ」
事務室から押しかけた四人が、玉子の白身が入ったボウルの前でああだこうだと議論する。それに困惑するのは、夕飯の下ごしらえに取り掛かっていたパウリノさんだ。
「えっと番頭、玉子なら俺が泡立てますし……」
「いいやパウリノ。それではお前の手が空いていなければ、菓子作りが進まぬではないか!」
「ええ……」
「ワシは進まねばならぬ。カスタード蒸しパンのその先へ!」
ヤバい。こないだの蒸しパンが、プロスペロさんを狂わせてしまった。あれからレーズン蒸しパンやリンゴ蒸しパンなど、次々と新作を繰り出したのが不味かったか。
「まあ、泡立てるのは大変だからなァ……俺がやんなくていいなら助かるがよォ……」
調理台の一つを占拠され、パウリノさんが遠い目をしていた。




