第2話 やっぱり奉公
「ロドリゴだ。今日から奉公に入る」
「よろしくお願いします」
あっさりしたものだった。若い店員が店頭で俺を見つけるや否や、「ついてこい」と裏口に連れて行かれ、ちょっと偉そうなオッサンに引き渡された。彼は俺を一瞥し、「ついてこい」と店の奥に連れて行かれ、中庭にいた少年たちに引き渡された。今ここ。
偉そうなオッサンは去って行った。残されたのは、掃除道具を持った少年たちと俺。気まずい。二十秒ほど置いて、最年長と思われる少年が沈黙を破った。
「……お前、掃除はできるか」
「できます」
「じゃ、これ」
彼は自分の持っていた箒とちりとりを渡し、少年たちはそれぞれ持ち場に散って行った。
ヤバかった。掃き掃除は幼児の手に余った。大きな箒が体に合っていないのはもちろん、細かい落ち葉が箒を掻い潜る。そもそも、小さい雑草がちょこちょこ生えていて、箒で掃いたところで綺麗になった感じがしない。いつしか俺は草むしりに転じていた。
中庭はさほど広くない。せいぜい都内で狭小物件が建つほどだ。しかし、六歳児の体力の無さを舐めていた。しばらく根を詰めて草をむしっていると、足元がだんだんフラフラしてくる。しまったな。いつも休日には支店周辺の草むしりをしていたから、ついその調子でやってしまったが、子供には結構な重労働だ。
そういえば朝から乗合馬車に揺られ、口にしたのは知らないおばさんにもらった干し杏だけだ。肩掛けカバンにはパンが入っているが、土だらけの手で食べるのも躊躇われる。ああ、腹減ったな。ちょっと暗くなってきた。てか、これっていつまでやればいいんだ?
「あ、いたいた! 探したよォ! アンタ、いつまでそんなことやってるんだい!」
えっ。
「改めまして、ロドリゴです。隣町ルバルカバのラモン工房で働いております、ラウルの次男です。本日よりこちらでお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
「「「……」」」
挨拶は大事だ。簡潔かつ丁寧、お辞儀の角度も完璧。スマイルも忘れない。しかし、俺の挨拶に応える者はいなかった。
「ちょっとアンタ……一体なにモンだい?」
「と申しますと」
「まぁまぁ、堅ッ苦しいことはいいじゃねェか。俺ぁパウリノ、ここん家の下働きの取りまとめだ」
「アタシゃペトロナ、そこのパウリノの女房さ。アンタらのオカンみたいなモンだ」
どうやら彼らは住み込みで働いているご夫婦らしい。そして俺たち奉公人の上司のようだ。
「それにしてもアンタら。この子は今日が初めてなんだ、ちったぁ気に掛けてやんなよ! まさか夕方までずーっと草むしってるなんてさァ」
「だってペトロナさん……」
「俺たちだって忙しかったし……」
「すみませんペトロナさん。皆さんがお忙しいのは当然ですし、私が指示を仰ぐべきでした」
「「「はっ?」」」
「皆様、このたびはお手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません」
「「「……」」」
俺はぺこりと頭を下げた。周囲はしんと静まり返っている。謝罪は相手の期待を上回ってこそだ。よし。俺、完璧。
しかしその後、俺の歓迎会を兼ねたという食卓で、言葉を発する者はいなかった。
「洗濯物はここ。洗濯当番の日は、そのままここで洗濯。それからみんなで勉強して、昼の鐘が鳴ったら食堂だよ」
「かしこまりました!」
翌朝。俺はペトロナさんに連れられ、一日のルーティンを教わる。初めて奉公に出る子供たちは、しばらく彼女と寝起きして、基本的な生活習慣を身に付けるのだそうだ。
「……それにしてもアンタ、その言葉はどこで覚えたね」
「はいっ、父の務める工房の方を真似しました」
「……そんなかしこまった言葉遣いするような職人なんて、聞いたことないけどねぇ」
しまった。ペトロナさんに訝しがられている。一昨日、日本のリーマンの記憶を取り戻して以来、気がついたらこうなっていた。確かに、ロドリゴは敬語なんて習ったこともないし、周りの大人がちゃんと使っているのも見たことがない。しくじったか。
「まあ、いいさね。そのうち嫌でも覚えなきゃいけないんだから、今から練習していても無駄にはならないさ」
よかった、ペトロナさんが物事を詮索するタイプじゃなくて。俺は着替えを洗濯室に置き、勉強部屋に向かった。




