第1話 いきなり奉公
よくある話だ。ある日俺は過労で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。そして次に目が覚めた時に見えたのは、知らない天井だった。
薄汚れた木の天井に、粗末なベッド。目をこする手は小さく、袖口は擦り切れてボロボロだ。そして思い出す。俺、ロドリゴ六歳。下町の木工職人の息子。俺は次男で第三子。兄ちゃんは九歳、親父の跡継ぎで職人見習い。姉ちゃんは八歳で奉公に出てる。うちは裕福じゃない。だから俺も明日から奉公に出される予定だ。だって下にはまだ弟が二人いるからな。
前世の記憶を取り戻すのが今日でよかった。昨日までは、母ちゃんが恋しくてずっと泣いていたものだ。まだ六歳だから仕方ない。だが中身が大人だと話は変わってくる。六歳で親元を離れて独り立ちとか、願ってもないチャンスだ。周りが幼児ばかりなら、平凡な俺でも頭角が現せるかもしれない。
しかも嬉しいことに、ここは剣と魔法の世界だ。近所には普通に武器屋もあるし、火を灯すくらいの魔法なら平民でも使える。事と次第によっては、冒険者になって名を馳せるルートもアリかもしれない。いや、ワンチャン宮廷魔導士とか。どうやったらなれるのかはわからないけど。そもそもそういう仕事があるのかどうかもわからないないけど。
そう、下町の幼児には、あまりにも情報が少なすぎる。俺にわかることは、木工職人の仕事と、下町の庶民の暮らしに家事育児。そして、明日から家具店の奉公に出されることくらい。だって仕方ない、両親だってそれしか知らないからだ。しかし、キャリアパスを決めるにはなんといっても情報が不可欠。そして今世こそ、ワークライフバランスの取れた素敵なライフプランを実現してみせる……ッ!
「なに言ってんだオメェ」
「ロド、あんたおかしなモンでも拾って食べたのかい?」
「えっ、いや、はい」
夕食を囲んだ家族から、怪訝な視線が刺さる。今夜は最後の晩餐、テーブルには俺の好物の豆のスープ。しかし俺は、別に豆のスープが好きなわけではない。ただ具が多くて腹が膨れるというだけなのだが。
「はぁ。お前なんかが奉公先でちゃんとやってけるのか? まあ追い出されたって、この家にもうお前の部屋はないけどな」
いつも俺をいじめてくる兄貴が、嫌味を言う。だが彼はまだ九歳、たかだか小学生になにを言われようと、今の俺にはそよ風のようだ。そして俺の部屋がなくなるのは事実だしな。明日から俺の部屋は弟の部屋になり、奉公先をクビになった俺を養う余裕はこの家にはない。
「にいに、いなくなっちゃうの?」
「やだもっとあしょぶぅ!」
しかし、俺に懐いていた上の弟が泣き出したのが地味に効く。下の弟なんか、俺が明日からいなくなることを理解していない。クッ、にいには立派に出世して、お前たちに美味しいお菓子をたんと買ってやるからな!
別れはあっさりしたものだった。翌朝、俺は普通に起床して身支度し、肩掛けカバンになけなしの着替えとパンを数個持たされ、乗合馬車に乗せられた。俺が送られるのは隣町、親父の兄弟子と懇意のペラモス家具店だそうだ。
「あらアンタ、初めての奉公かね」
「あっはい」
「おんやまあ、ペラモスさんかえ? まあ、あっこで務まるならどこでもやってけるじゃろう」
「ペラモスさんと言えばほらアンタ、お姉さん家の娘さんが嫁入りん時に揃えた家具が」
馬車に乗るなり、ご婦人方に囲まれた。おばちゃんが話好きなのは、どこの世界でも同じらしい。干し杏を渡され、身の上話を根掘り葉掘り聞かれ、あれこれ世話を焼かれながら、情報収集に努める。話があっちこっち迷走するのは困ったものだが、しかし彼女らの情報網は侮れない。
ここでわかったことは、まず初めての奉公は近場に出されること。幼児が寝泊まりしながら長旅をするのは難しいからな。そして親のコネを使って送り出された場合、そう無体を強いられることはないだろうということ。劣悪な職場もあるからな。この辺は親の愛情で、俺は恵まれている方らしい。だがしかし、ペラモス家具店は商店としてきっちりしている分、初心者にはハードルが高いかもしれない。このくらいか。
「ほんなら気をつけてね」
「困ったことがあったらいつでもお言いよ、角の青果店だけんね」
「ありがとうございます」
馬車旅とおばさん軍団から解放されたのは、昼下がり。休憩を挟みつつ半日、愛想を振り撒きながら相槌を打ち続けた甲斐があった。MPはごっそり削られたが、まずまずの滑り出しだったと言えよう。彼女らの道案内のおかげで、俺は迷うことなくペラモス家具店に到着。想像よりも立派な店構えだ。
「ごめんください。本日より奉公に参りました」
さあ、今日からここが俺の戦場だ。




